第20話 獣人家族との別れ?
「――さて、改めて自己紹介としよう。俺の名前はゲヴィッセンという。この二人の父親であり、横にいるショイシーの夫だ。ショイシーは少し口下手でな。自己紹介は勘弁してやってくれ」
父親獣人、――ゲヴィッセンに目で促され、二人も自己紹介をする。名前などはステータス鑑定で知っているのだが、相手の警戒心を高めるだけなのに言う必要もないだろう。
「さっきも聞いたかもしれないが、もう一度しっかり名乗っておく。俺の名前はイデアール。長男だ」
「ぼくはゼーンズフティ! 次男だよ!」
元気な声と共に自己紹介がなされる。
今更だが、獣人家族の容姿は全員茶髪で茶色の目、肌は少し赤みがある白だ。獣人と言っても、人と獣の比率は猫耳と猫の尻尾が生えている程度だ。それ以外は人間族とあまり変わらない。
父親の髭が少し濃いがそれが種族ゆえかは分からない程度だ。
角刈りの髪で、髭の濃い渋い顔つきの父、ゲヴィッセン。
すこし癖っ毛が目立つセミロングに若干垂れ目の母、ショイシー。
父より若い顔立ちの、同じく角刈りの髪形をしている兄、イデアール。
まだ幼く、活発的な印象を持たせるショートカットの弟、ゼーンズフティ。
「俺の名前は……テラスだ」
一瞬、あのクズからの追手の事が頭によぎり、偽名を名乗るべきかと考える。だが、人間側とほとんど接点の無いであろうこの家族に隠しても意味はないと考え直した。
追手の規模や、そもそも本当に指名手配されているかどうかをまだ知らないために、どこまで対策したらいいか分からない。とはいえ、敵対関係の獣人達に聞くまではしないだろうと思ったのだ。
現在、俺たちは遅めの朝食を食べ終わり、少し休んでから獣人の里へと出発しようという段階になっていた。
その際にゲヴィッセンが、短い間とはいえ一緒に行動するのだからしっかりと自己紹介をしようと提案してきたのだ。
自己紹介の後、全員で少しの間談笑をしていた時のこと。
獣人の大人組は、テラスに対して深く踏み込まないようにしていた。
六歳という子供が一人でいることや、子供にしては逸脱した戦闘力、若干の拒絶の意志が垣間見える変に大人びた会話など。例を上げればこんなに不審な点がある。こんなおかしな子供なら、どんな地雷があるのか分かったものではない。
正しい対応と言えるだろう。
だが、そんなことなど、好奇心旺盛な子供には関係なかった。
「ねぇねぇ! テラス君が使ってた、えいしょうのない魔法って、ぼくにも使える?」
俺に対して遠慮なく話しかけてきたゼーンに対し、苦笑いをしながらも答える。
「簡単に使える魔法ではないから、難しいだろう。魔法を使うにしても、呪文詠唱式にした方がいい」
「じゅもんえいしょうしき?」
「ん? ……ああ、難しい事じゃなく、ただ一般的に使われている魔法を俺がそう呼んでいるだけだ。気にしなくていい」
そういえば、あの呪文詠唱式と直接展開式という名称は、古代文明時代に使われていたものらしい。そもそも魔法は基本的に呪文詠唱式しか存在しないのだから、名称分けは一般的にされてなくて当たり前だ。
「その、じゅもんえいしょうしき? だったら使えるの?」
「それは分からない。見たところ、魔力はある程度はあるようだが、使えるかどうかの肝心なところは結局才能次第な所がある。努力で何とか出来たという話もあるが、極少数の話だ」
「ほう、君は魔力が分かるのか。その年で魔力感知系のスキルまで持っているとは…………末おそろしいな」
しまった。
ゼーンの無邪気に当てられて、素で答えていた。まったく、少し気が緩み過ぎているようだ。
いや……急激な環境変化の反動、なのだろうか。とにかく、この先の事も考え、気をつけなければ。
ここは適当に誤魔化しておこう。
「ああ、ぼんやりとしか分からないが、少し分かる。……さて、そろそろ出発しないか?」
「……そうだな。あまり遅くなって日が暮れてしまっては危険だ。準備をしよう」
まだゼーンは話し足りないようだったが、こんな草原のど真ん中に居ればいつモンスターが襲ってくるか分からない。
ゲヴィッセンも賛同し、食後の休憩は終了となった。
その後、馬車の整備及び馬の世話、馬の簡単な動かし方などの概要を教えてもらった後、馬車で移動を開始した。
馬は、普通より一回り大きなストロングホースという種類の様で、一匹で二連結の荷台を引いている。
魔獣ではないらしいが、最下級の魔獣ぐらいなら追い払えるぐらいの強さと迫力をもつ馬らしい。
食事の量が多いのが難点だが、休憩や水分補給等の回数が少なくて済む、茶猫人族にも愛用される馬種だそうだ。
御者台には俺とゲヴィッセン、手下たちが乗っていた馬車には他の三人がいる。御者のある荷台の檻は、固定されて取り外せないため放置している。
ゲヴィッセンは、なかなか丁寧に御者の仕方を教えてくる。教え方もわかりやすく、すぐに基本的な事を習得できた。
細かい応用や、緊急時の注意点なども聞きつつ、雑談もする。
内容は、南に行くことを彼に伝え、どのルートで行くのが安全か、盗賊の出現位置、人間の町がある場所などの話だ。
特に盗賊関連の情報はまったく知らなかったためにかなり助かった。
街についても名前と大体の位置しか知らなかったりしたため、思わぬ収穫となったのだ。御者のやり方を教えるという対価以外の事もしてくれて、ありがたい限りである。……イデアの事を含めた迷惑料的なものかもしれないが。
「…………その、なんだ」
唐突にまじめな顔をして、ゲヴィッセンが話しかけてくる。俺はその雰囲気の変化に少し緊張しながらも続きを促した。
「君は、確かに人間を殺してしまったかもしれないが、あれは決して悪行ではなかったぞ?」
「…………急にどうしたんだ?」
深くかかわる気がないという気を籠めて、敬語を使ってすらないというのに、まるで心に入り込むような説教をしようというのだろうか。
「そう怖い声を出さないでくれ。ただ……血を浴びて、あの人さらい共を殺した顔が、少し気にかかっただけだ」
「……」
「例えば君が無節操に人を殺すような狂人なら、関わらないようにしただろう。あの縄は獣人の力で解けない特別製だったが、塞がれてない口で手の骨を砕いたり指を噛み千切れば抜けることは不可能じゃなかった。もちろん自身の手は後ろ手で噛めないから、イデアに俺の手を破壊させないといけない。それをさせるのは流石に酷だから、交渉を持ち掛けようかと思ったんだ。
そして、君の眼には確かな理性の光があった。だからこそ、馬車で送ってくれとまで頼んだんだ。
……できれば、そのような歳で殺しなど何度も体験してほしくないが、この厳しい世界ではそれは許されないだろう。何か目的もあるようだし、止めるような無責任なこともする気は無い」
「……」
「敵を殺すな、なんて甘いことを言うつもりもない。いくら若すぎると言っても、俺は君を一人の戦士だと思っている。だが、その剣を振るう相手を間違えないよう、見極めてくれ。振るった後では、取り返せないこともあるからな。……少し、お節介すぎるかもしれないな」
「………………一応、覚えておくとする」
母さんを除いてこの世界に生まれて初めて、心配という感情を向けられて戸惑ってしまう。悪意ばかりにさらされた俺にとって、それはとても尊いもので、……俺は、ただ頷くことしか出来なかった…………。
……………………
………………
…………
「これで、お別れだな」
あれから数時間たって、俺たちは茶猫人族の里があるらしい森の前に来ていた。
今までの道中はモンスターと出会う事もなく落ち着いたものだった。ここから先は茶猫人族の縄張りの為、人間である(という事になっている)俺は入ることが出来ない。
入ったら茶猫人族達と即戦闘の可能性もあるため、わざわざ自分から入ろうとも思わない。
「テラス君…………お別れ、なんだね…………」
俺の別れの言葉に真っ先に反応したのは、最年少であるゼーンだった。結果的に助けただけなのだが、そんな俺をヒーローのように思っていたのか、ゼーンは酷く残念そうにしている。
俺が御者台に居てゼーンが二つ目の荷台に居たことからあまり話せなかったのだが、それでも彼にとっては貴重な体験だったらしい。
そして、ゲヴィッセン達も別れの言葉をつづける。
「今回の事は本当に感謝している。何かあったらぜひ頼ってくれ。出来る限りのことをさせてもらおう。それでは、武運を祈る」
「…………改めて、酷い罵倒をして悪かった。次に会えたら、飯ぐらいは用意する」
ゲヴィッセンとイデアが別れを言い、そのままくるりと背を向け森へと歩いていく。ショイシーはただこちらにぺこりと頭を下げて、父へとついていった。
そして、ゼーンは…………想いを、告げる。
「あのね……。ぼく、これからつよくなる! テラス君みたいに、みんなを守れるように! テラス君も守れるくらいにつよくなれるようにたっくさん鍛えるから…………」
「……ああ」
「だから……………………」
今回の事。当然、精神的に子供であるゼーンには辛い現実だっただろう。それでも、怯えるだけでなく、ゼーンはしっかりと前を見据えていた。
これから本当に強くなっていくだろう。この経験を糧にするその少年の言葉に、耳と心を向けた。
「おおきくなったらぼくのおよめさんになってください!!」
「……………………………………………………は?」
その時、俺は石化魔法を受けたと錯覚するほどの口撃を受けた。




