第14話 オークとの死闘
まるで丸太のように太い足から、極小規模の地震を起こすほどの大きなエネルギーが生じる。ドンドンと地面を揺らしながら、オークが高速で突進してくる。
工夫の無いとても単純な攻撃ではあるが、威力という一点において樹木を容易に破壊出来るほどのものであり、掠るだけでも骨を折られながら吹っ飛んでしまうだろう。
だが、あまり知能の高くないオークが、先と同じような攻撃を仕掛けてくるのは予測できていたため、冷静にギリギリまで引き付けてからサッと避ける。
さらに、ただ避けるだけでは済まさない。
ギリギリに避けたのは、動きを読ませないためだけではない。
事前に自分の後ろの地面に土魔法によって落とし穴を作って、そこにオークを落とすためにギリギリで避けたのだ。
固めた土で軽く蓋をして穴をカモフラージュし、魔法行使の過程で出る魔法陣はバレないように小さくオークからは見えない位置で展開した。
そして狙い通り、興奮しているオークはあっさりと深さ三メートルほどの穴に落ち、間抜けな叫び声をあげた。
「グオッ?!?! ブォオオオオオオオオオ!!!!」
混乱しているオークに対し、間髪入れずに魔法で作った石を頭上から落とすが…………当たった石にイラつきはするものの、ダメージはまったく通っていない。
俺が今作れる石では、長時間かけないと硬さ、大きさが足りずダメージにはならない様だ。それでも漬物石程度の大きさと硬さがあるのだが、魔物であるオークの石頭には効かないらしい。
しかし、攻撃魔法にあまり長い時間はかけられない。
万が一を考えて作った落とし穴は少し広く、横幅は一メートル強はあるため、いつ這い上がってくるかわからないからだ。
思考加速を一瞬だけ三倍から五倍にし、作戦を考える。
土……逃げられないよう少しでも塞ぐか。ならばそれと相性のいい水魔法と木魔法を使って……。
「グガァアアアアアアアアア!!!!!」
オークは石の攻撃を馬鹿にされたとでも思ったのか、大きく怒ってよじ登ろうと手をかける。
俺はそこに水魔法を使い、壁を泥状にする。
手が滑り足をかけ辛くなったオークは、勢い余って尻餅をついた。すかさず水と土の混合魔法を使い湿った重い土を大量にオークの上に発生させる。
初級程度にしか使えないにもかかわらず、無理矢理に高速かつ大量に土を作るのは体に負荷が大きくかかるが、今は弱音など言ってられない。
オークは降ってくる土に対して顔を庇うように頭を振っているだけで何かしらの対策は出来ず、完全にパニックになっているようだ。
そして十数秒程度過ぎた頃、とうとうオークはほぼ埋まってしまった。
重ねて出来るだけ土を魔法で固めた後、その上に木魔法で木を高速に生やし、根っこを深くまで行き渡らせ天然の檻のような状態にする。
文字通り息もつかせぬような高速魔法に、オークは大した抵抗も出来ず生き埋めにされたのだ。
魔造型魔法故に、いずれ穴を残しすべて消えてしまうだろうが、その間には確実に窒息死するであろう。魔物とはいえオークは呼吸が必要な生物であり、長く空気を吸わなければ死んでしまうのだ。
安堵を覚え軽く息を吐いたのは仕方がないこと、だったのだろう。
だが…………それは失敗であった。
ゴゴゴゴ……ブチブチブチブチ……ズズッ!!
揺れと地響き、さらに何かが千切れるような音が聞こえてくる。
俺が気を抜いている間に、オークが居る筈の木の下は不自然にへこみ、そこからボコボコと自分の方へと土が膨らんできたのだ。
嫌な予感がしてバックステップでその場から退避した瞬間に、地面がはじけオークが飛び出してきた!
「ッック!! 死んどけよ!!!」
念には念を入れた生き埋めであったというのに簡単に破られてしまい、思わず口汚く悪態をついてしまう。
出てきたオークは荒く息を吐きながら、目を血走らせ、憤怒に憎悪が加わったような表情をしている。
怒りに任せてまた突っ込んで来たなら同じように落とし穴にでも嵌めてやるんだが、流石に学習したのかこちらの様子をうかがってきている。
その間にオークを観察してみれば、荒い呼吸をしてはいるもののこれといった外傷はなく、体力を奪っただけの結果に終わってしまったことが分かってしまった
。
しかも穴を掘ってきたにもかかわらず未だに右手には錆びた斧が握られており、怒りながらも少し慎重になったことも含めて完全にピンチであった。
どうするか…………加速された思考の中で考えるがどれも決定打に欠け、オークの硬い皮を破れるようには思えない。
そうこうしているうちに、オークはあと三歩で手の届く間合いにまで入ってきていた。
もう落とし穴はないと確信したのか、手に持った斧で、上段から怒りの一撃を振るってくる。決して遅い速度ではないが、動きがわかりやすい為なんとか躱すことはできる。
そこから懐に入り、横薙ぎに腹を切り付けて、そのまま止まらずオークの後ろへと走り抜けた。
決して弱い一撃ではなく、相手の動きも利用した絶妙な攻撃ではあったのだが…………結果は薄く皮膚が切れただけで筋肉には届いていないようだ。気にした様子もなくまたこちらに近づいてくる。
レベル差、体格差、種族差、武器の鈍さ…………様々な要素により、俺の体ではダメージと呼べるものは与えられないようだった。
それから何度となく同じような攻防を繰り返したが、千日手のような状況に陥っているだけで、体力の劣る俺が不利になっていくばかりであった。
たとえ攻撃的な火や雷や爆発の魔法を与えても多少怯むだけで大きなダメージにはならない。さらにその魔法行使によって、魔力は大丈夫だとしても使う際に体力が削られてしまう。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ…………!」
こちらは一撃でも喰らえば即死、斧を振るう余波だけでも体勢を崩されそうになり、精神的、身体的にも疲労がたまっていく。
このままでは最終的に負けてしまうのは目に見えていた。
体感では数十分、実際には五分に満たないであろう攻防は、オークの斧が太めの木に刺さって抜けなくなるというわかりやすい隙によって崩された。
スキルだけではなく極度の集中によっても引き伸ばされた思考の中で、オークを倒す術を考えていた俺は、その大きな隙を見逃すことなく心臓へと鋭い突きを放つ。
ズシュッ!!!
俺はやった! と思い勝ちを確信した、が…………。
「――――――――っがぁぁ!!!!! ぐふっ!!」
目の前の景色が一瞬で吹き飛ぶ。
手から剣の感触がなくなって、背中に何かがぶつかり、肺の空気がすべて抜けたところで、やっと景色ではなく自分が吹っ飛んでいたことに気づいた。
吹っ飛んだ瞬間に思考加速と並列思考のスキルは切れ、急激な周囲の加速に頭が付いていけなかったのだ。
喉から何かがこみ上げてきてたまらず吐き出すと、それは胃に入っていた筈の朝食だった。しかも内臓の何かがやられたのか血まで混じっていた。
止めとばかりに、まるで体が本当に悲鳴を上げているんじゃないか、という錯覚すら起きそうな痛みがやってきた。車に轢かれたような、痛いのに痺れてるような理解不能の痛みだ。
ぶっ飛ばされ意識が揺らいでいるが、オークがすぐに来ないとは限らないため、ギリッと歯を食いしばり相手を睨みつける。
腕を振り切ったポーズから、どうやら取れなくなった斧を放棄し、俺を素手で殴り飛ばしたらしい。
オークは頭が切れてしまっているのか、剣が胸に刺さっているにもかかわらず歓喜の嬌声をあげ、こちらを見てご機嫌そうに笑っていた。
そんなに攻撃が当たらなかったことが悔しかったのか。
そんなことを、痛みからの現実逃避気味に考えているうちに、オークは胸の剣を抜いてそれを手に持ち、ゆっくり、ゆっくりと近づいてきた。
少ない血の吹き出具合、傷の浅さ。そうやら心臓には届かず肋骨程度で止まってしまっていたらしい……。自分の力が足りなかったことを悟る。
俺の恐怖を煽りたいのか時々声を荒げつつ歩いているオークは、戦いではなく蹂躙を楽しむ捕食者そのもので、俺は絶望にも似た心境を持ってしまった。
ボディーブローを一発喰らっただけなのにもかかわらず、体はボロボロ。オークの動きは速く、怪我を負った今では逃げることは不可能に等しいほど厳しいだろう。
今すぐにでも背中を向けて逃げ出したい心を抑えて、震える自分の体も抑えようとする。
そんな間にもオークは迫ってきていて……俺が生まれたての小鹿のように足をプルプルとさせつつも立った時には、もう目前にまで迫っていた。
そしてゆっくりと……まるでギロチンを思わせるかのように剣を高く上げ、その死刑執行者は死を振り下ろそうとしている。
ああ、もう、ダメか………………そんな諦観の念が少し生まれた。
だが、それは別の大きな感情で塗りつぶされる。
復讐を誓ったというのに、こんなところで終わってしまうというのか……。まだ旅を出たばかりだというのに、死んでしまうというのか………………!
母さんは、もっと強大な敵が現れても、もっと絶望的な状況であったにもかかわらず、俺を助けるために戦ったというのに!
母さんの息子である俺が、絶望の中をあがき幸せを手に入れようとした強き母の息子が!
何一つ成していないにもかかわらず死んでたまるか!!!!
「うぅぁぁああああああアアアア゛ア゛!!!!!!!」
僅かに残った体力を絞り出すように使って死の斬撃を避け、オークの斧が刺さっている木へと走る。
息を吸うたび肺に痛みが走り、地面を踏みしめるたびに億劫になるほどの激痛が駆け抜ける。それでもなお、走る。
俺が急に避けたことによって、オークは剣を木に刺してしまったらしい。それを横目に見ながら、俺は息を切らしてオークの斧の所までたどり着く。
木魔法で木をうねらせる様に動かし斧を吐き出させ、それを手に持つ。
うぐっ――重い……!!!
軽々とオークが振るっていた斧は、まるで人一人抱えているのでは? と思わせるほど重く、振るうだけでも怪我をした体ではダメージを受けてしまう。
もう一度、既に使用できる限界時間を超えて使い果たしていた【思考加速】と【並列思考】を、頭の負担を無視して全開まで使い、五つ、そして五倍速にする。
そして俺は賭けに出るために、ある魔法を使う。
さらにもう一つ自身、いや、この錆びた斧に強化を。
ぶっつけ本番だがやるしかない。
かなり練習したが結局できなかった技、【闘気】。
体の中にある【気】を高め練り上げ、実体を持つレベルまで収縮し、それを体外に出して運用する技…………出来る者は少なく、習得するのに普通は武術を初めて十年はかかると言われる奥義。
「すぅぅ……はぁぁぁぁぁ…………ふっ!!」
気力が集まりやすい心臓にて一気に【気】を増幅し、それを瞬時に練り上げながら圧縮する。
そして……出来た塊を手からゆっくりと放出する。
「……できた…………!!!!」
手からゆらゆらと揺れる赤い蜃気楼のような【闘気】。初めての成功に緩みそうになった気を引き締めて、さらに強化を続ける。極限状態が故に成功したのか、失敗せずに済んだのは確かなようだ。
気を抜かず、手から斧を覆うように【闘気】を広げる。
そうするだけで、今俺が持っているのは金属なのか? と、思わせるほどに斧が軽く感じた。
さらに斧の刃の部分の【闘気】を鋭くするイメージで、錆びている斧の切れ味を大きく増加させる。
準備が整い、今までさっきの場所から動いてなかったオークに対し斧を構える。
そこまでの時間を俺に与えて、オークはようやくこちらに向き、先が折れている剣をこちらへ向けた。
どうやら、オークは乱暴に木から抜こうとして折ってしまったようだ。剣にかけていた補助の魔法が切れて頑丈さが弱まったという理由もあるかもしれない。
半ば折れているにもかかわらずオークはそれを握りしめて、今度は逃がさないぞ、とばかりに駆け寄ってきた。
状況は、オークと相対してから、最後の攻防へと進んでいくのであった。




