第13話 死線の初体験
誰にでもミスはあると言う。
特に何か初めての事を成すなら、失敗することを前提として行動した方が良いほどだ。
そこを挽回してからが本番、なんて経験者たちは言う。
これも、そんな小さなミスではあるのだろう。熟練の者でも、うっかり、なんてことがあるほどのものなのだから。
――しかし、そのミスを挽回するには、俺はあまりにも無知で、あまりにも未熟過ぎた……。
………………
…………
……
旅に出て次の朝。
朦朧とした半覚醒の状態から目を覚まし、水魔法を使って顔を洗い、きっちりうがいまでして出発の準備を始める。
まだ朝は早く、ようやく朝焼けが見られ始めたぐらいで、寒くなってきた季節も相まってひんやりとした肌寒さを感じる。
身支度そこらに終え、昨日狩った兎の肉を焼き、硬い肉を食べ終わると移動を開始した。
ほとんど変化がなく周りを見渡しやすい平原、そのため警戒は最小限で済むから今後のことを軽く思考する。
まずは食料に関してだ。昨日も考えたことだが、栄養状態は戦闘におけるコンディションにも密接に関わるから、気を使わなければならない。
肉は基本自分で狩る方向でいいだろう。野菜は食べられる野草を採取する方向性で行く。
だが、どちらも少し荷物が増えてしまうのが問題か……。
何かに唐突に襲われたとき、荷物が多ければ邪魔になり動きが阻害されてしまう。
荷物を下ろす暇がない時もあるだろう。
故に出来るだけ少なくするのが正解だ。
かといって、いつも食料が取れ続けるとは限らないのが野生というものだ。荷物を少なくしすぎて飢えてしまい、動きが鈍れば元も子もない。
ならば、肉に関しては水魔法を使って肉内部の水分を強制的に抜いて擬似的な干し肉にすればいいだろう。
本来俺が知っている方法は塩で水抜きをし長期保存をするのだが、肝心の塩がない。
今の冷凍保存もいいのだが、すぐに溶けてしまうため常時魔法をかけ続けなければならないし、溶けないように周りを氷で覆えばその分重くなってしまう。
肉の水分も抜ければ軽くなるから、携帯食として便利な干し肉にすることにする。塩がないからさらにまずくなりそうなのが心配だが……。
野菜に関しては植物の種を木属性魔法で急成長させるのはどうだろう。
そうすれば少ない荷物で多くの食料を持つことが出来る。種だから長持ちするのが多いはずだし、悪くない案ではないだろうか。
さて、唐突だが、この世界の魔法は大きく分けて二つタイプがある。
魔造型と干渉型だ。どちらも文字通りであり、
魔力で様々なモノを創造する魔造型と、
既にあるモノに魔力で干渉し効果を及ぼす干渉型だ。
魔造型のメリットは、一部例外的な場所を除きどこでも使えることにあるだろう。威力も一定で、使いやすいなどの特徴を持ち、ほとんどの魔法使いはこちらを使う。
デメリットとして魔造型魔法で創ったモノは、どんなものであれ長く放置すればいずれ魔法を構成している魔力が霧散し消えてしまうという特徴を持つことだ。
つまり、魔造型魔法で水を創り飲んでも、それで水分の摂取が出来ないという事だ。
水の性質を持っているから一時的に体内に水として取り込まれるが、やがてその水は消えてしまいその影響で最悪脱水症状が起きてしまう。
魔造型は魔力による一種の【擬態】と例えると分りやすいかもしれない。
干渉型のメリットは、環境によっては少ない魔力で大きな効果を及ぼすことが出来る点だといえる。
もう一つは、魔造型とは違い効果が永続するものがあるという事だ。
するものがある、という言い方なのはしないものもあるからで、自然の理に逆らうようなものは効果は永続しない。簡単に言ってしまえば、空気中の水分を魔法で集めることで水分摂取は可能であるが、水を魔力で無理やり増幅させて量を増やしたものは元に戻ってしまう。
土に例えれば、土を圧縮し結合させレンガのようなものは作れるが、無理やり質量を増加させたりすればその分は戻ってしまう、という感じだ。
物質に干渉してはいるが、そこは魔造型の領分であるからである。
デメリットは、同じ話ではあるが干渉する物質に効果や魔力消費量が依存することだろう。
さらに難しさも状況次第では桁違いに跳ね上がってしまう。
空気中の水分を集め水球を作り攻撃するより、魔力で水球を作り攻撃をする方が圧倒的に効率が良く、池や湖などの特定条件下のみそれが逆転する仕様になっているようだ。
もちろん例外はあるが、それをこの世界で言い出せばキリが無さそうなので割愛する。
さて、食料の話に戻るが、野草に関しては干渉型木属性魔法の急成長を使うことによってどうにかなるだろう。
だが、体に必要な調味料は岩塩でも見つけなければならないわけで…………海の近くにあるだろうという事は何となく察しが付くが、ここから海までは少々遠い上、波の荒い場所が多く断崖絶壁ばかりだと本に書いてあった。
断崖絶壁を下っているところを魔物に襲われたら、と思うと肝が冷えるので行きたいとは思わない。
さらに多少波が緩やかな所には港町があるという。それなら最初から町に行き、塩を購入した方がいいように思える。
出来れば町には行きたく無かったんだが背に腹は代えられない。
道中買い物をするため町によって行こうと思う。
今後の活動方針がある程度決まったところで、目的地までの通り道にある森の中に入っていく。
馬車が通れるように木が伐採されて、ある程度は土が固められた街道もあるが、鬱蒼とした木々が乱立している方にわざと入っていく。食料、つまり野草を採取するためだ。
森と平原の境が見えなくなる所まで進み、生えている草やキノコを片っ端から鑑定してその詳細を確かめていく。
【叡智の選定者】はあらゆるものを詳細に知ることが出来るため、こういう時も便利である。
そういう意味では、今使っている能力の一部も鑑定というよりは解析と言った方がいいのかもしれない。
包丁葉っぱを大きくしたような草を鑑定するとこう出る。
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シェイクウェイクレイク草
渋みの強く、大量に食べると酩酊の効果が表れる弱い毒草。
繁殖力が強いが、木々の多い森にしか生えない。
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得ようと思えばこれに加えてさらに情報を得ることも出来るが、今必要のない情報はシャットアウトしている。
他にも同種のものを比較して数値にして出すことも可能ではあるが、時間と共に変動し続けるためあまり使っていない。
それに、入ってくる情報量が多いのか、半強制的に情報を叩きこまれるその性質ゆえか、使いすぎると頭痛や眩暈、吐き気すらも覚える。
使いどころの調節は必要な処置だ。
食べれるか食べられないか分別して、その種や苗をいくつか集めたところで…………俺が今、とんでもなく無防備な状態であったことが思い知らされた。
――――ある魔物と、遭遇してしまった。
二メートルはあるだろう巨体に、どこから取ってきたのか汚い布を腰に巻き付けて、手には錆びきった斧を持っている。
顔は豚のそれで、赤い目を光らせるようにこちらを睨んでくるバケモノ。
手足の太さは子供の俺の胴体と同じくらいで、そこから生み出されるだろう力は想像に難くない。
俺という獲物を見つけて上機嫌に口元を歪ませるそれは、前世でも有名であった魔物。
オークだ。
腰に紐で巻き付けていた石剣を抜いて、油断せずゆっくりと構える。そんな俺に対してオークはまったく警戒せず、獰猛で残虐的な笑みを浮かべるだけだ。
それは確かに当たり前と言える。
オークはここの森に出てくる一番強いモンスターだ。
この国の一般兵なら一匹を倒すだけでも複数人いる。その複数人でもオークを倒すことが出来れば、訓練された兵として一人前だと認められるほど、オークは強い。
しかもこいつは錆びているとはいえ武器を持っており、もし一人で倒すなら適正レベルは二十以上といったところである。
それは今の俺のレベルの十倍であり、その差は絶望的と言えた。
くそ! うっかりで済む問題じゃない、しくじった!
いきなりの強敵との遭遇に、思わず苦虫を噛み潰したかのような表情になる。
野草の種集めに熱中していたのもあるが、おそらく俺が逃げないように気配を消して近づいてきたのだろう。
こんな奴と出会わないように、索敵能力を手に入れる必要を強く感じた。
今更後悔しても仕方がないので、相手に鑑定をかけ戦力を確かめる。
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オーク ♂ 一才
MLv1
[魔力] 12/12
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MLv…………?
魔獣と魔物ではなく魔物だという事は、魔物専用のレベル、という事なのだろうか。
魔獣であるイエローホーンラビットにはこんな表記はなかった。
魔物特有の成長があるという事か…………?
「グガァァァァァアアアアアア!!!!!!!」
っと! 考え事している暇じゃない。
無様に逃げ出したりしない俺に痺れを切らせたのか、オークは斧を上段に構え突っ込んでくる。それに対して出来るだけ冷静にサイドステップで大きく躱す。
ドンっ!
斧を振り落しただけだと言うのに土が抉れて小さな地割れが起きている。今の俺の力じゃ、正面から受け止めてもそのまま強引に潰され挽肉にされるのがオチだ。
受け流しは失敗すればその時点でアウトなのだし、攻撃はすべて躱すしかない。
土が跳ねあがってオークの視線を塞いでいる内に距離を取って、自身に様々な強化をかけていく。
【並列思考Lv2】…………Lv1のときは二つまでしか出来なかったが、鍛錬のおかげでLv2まであがり五つまで並列思考ができるようになった。
ただ意志は分けられないのか、管理が非常に難しい。使ったとしても五つのうち三つはコンピューターのように演算したり、魔法を構築するようにしている。
短時間ならすべて使いこなすことが出来るのだが、戦闘に集中したい場合はあまり使えない。
一つを戦闘用、もう一つを司令塔、他三つを演算機として使うことでバランスを取っている。
これにより、冷静な判断をしながら難しい魔法を使いつつ近接攻撃を仕掛けるという人外技が出来るのだ。
【思考加速Lv2】…………これは名前そのまま、思考を加速するのだが、これも扱いが難しく、うまく扱わないと加速量が変動してしまう。
今は並列思考と同じく五倍が最高で、通常時は三倍速にしている。
三倍速にしている訳は、最大加速は負担が大きすぎてすぐにバテテしまうためだ。
ちなみに思考加速を並列思考に適用させることは可能で、五つの思考すべて加速できる。
しかし、二つ同時にスキルを使えばその分負担が増す。短期決戦にならざる負えないだろう。
スキルの発動を行った後、自分の体に身体強化魔法を使う。タイプとしては速度を重視したものを体に負担がかかるギリギリまでかける。
そこまでして、今まで避けられると思っていなかったのか、俺を見失っていたオークに再び目が合った。
準備は終わった、あとは尋常に勝負なのだが…………。
「ガアアアアアアアアッッ!!!!!!!!」
一撃で終わると思っていたのに思い通りにいかなかったからか、激昂したオークが突進してくる。
見た目から鈍重だと思っていたが、予想を遥かに上回る速度の突進だ。辛うじて避けることしか出来ない。
俺は倒れるように大きく横に跳び、何とか躱すことに成功した。
敵から目を離すまいと直進していったオークを見ていると……なんとそのまま止まらず、直径四十センチはあろうかという木々を何本も薙ぎ倒していった。
「ちっっ…………!」
さすがにただの突進がここまでとは思わず、舌打ちをしてしまう。
言うなればあの突進は、工事用の重機が時速六十キロで突っ込んでくるようなものだ。
既に前世の大人の身体能力を凌駕したと自負できる俺の特殊な体でも、あれを受けて無事でいられるとは思えない。
俺がそんな脅威を感じていたというのに、オークはまた避けられたことで頭にさらに血が上っていく。憤慨してやることと言えば、何度も地団駄を踏み斧を振り回すという子供じみた行為だ。
だがその子供じみた行為の余波で地面が揺れ、斧を振り回したことにより木々が破壊され倒れていく。
オークが持っている斧頑丈だな、いい品を使っている。と、現実逃避をしてしまうほど、その力は圧倒的と言えた。
オークの軽く振るうような一撃でさえも、俺にとっては死を伴う。
俺は自分が生まれて初めて経験する、直接的な死線との対面だった。




