第12話 旅の門出
足の不快な痛みによって目を覚ます。
目の前に広がる光景は、荷物のない倉庫のような部屋で辺りには少し血が散らばっていた。
その血を見たことによって今までの記憶が呼び起され、濁ったような意識が半強制的に覚醒される。
もう一度ドス黒い感情に飲まれそうになるが、俺はそれを強烈な意志によりねじ伏せる。
嘆いても呻いても祈っても現状は何も変わりなどしない。冷静になれ、そして何をすべきか考えろ。
まず体の治療を開始した。
相変わらず初級相当の回復魔法だが人並み外れた魔力量を誇るため、時間をかければ治るはずだ。
以前より少しだけ成長したこともあり、数時間かければほぼ完全回復するだろう。
俺は折れた足や、潰れたり膨れたりで血まみれの顔を治療しながら、考える。
まず、俺は何をしたいのか。
そう、母さんを虐げた父親を、母さんを殺したバンディットを、母さんの形見を奪った大男を、殺したい。
あいつらがのうのうと生きている世界で幸せに生きるなど不可能だ。
生まれてきたことすら後悔するような方法で徹底的に殺す。殴って叩いて潰して切って刺して千切って剥いで毟って捻じって抉って削って焼いて溶かしてありとあらゆる痛みを与え完全に精神を壊し尽くして殺す。
ダメだ冷静になれ。冷静でない状態でこなせるようなことじゃない。
あいつらを殺すためには相当な障害がある。
クラップには絶大な権力がある。
この国での権力は絶対だ。権力の前ではあらゆる論理が意味を無くし、あらゆる悪徳が正義となる。
この国にも一応法はあるが、国の中枢にまで関わる者の前では意味をなさない。
つまり、あいつを殺すという事は、最悪国ごと相手にしなければならない可能性が高いという事だ。
それほどまでに、あいつの権力は高い。
まあそれはいい。
もともと、母さんが住んでた村を壊して奴隷になる元凶を作った連中も殺すつもりだった。そうなればこの国の人間を大量に殺すことになっていただろうから、変わりはない。
しかし、それを成すだけの力は必要である。
そしてそれはバンディットも同じだ。
あいつは桁違いに強い。
あいつと戦うぐらいなら、国の軍隊をすべて相手にとったほうがマシだと思わせるほどの威圧感を持っている。
威圧感だけでなく、実力もその通りなのであろう。
母さんは全力で戦っていたにもかかわらず、あいつは完全に遊んでいた事からそれがわかる。
だからと言って諦めるなんてありえない。
どんな方法を使ってでも絶対に殺す。
そして最後のラバークルフだ。
率直に言ってこいつを殺すのが、おそらく一番難しい。
見つけることが出来れば殺すことは可能であろうが、まずその見つける事がかなり難しいのだ。
あいつの言っていた事を信じるなら、あいつは別の大陸まで行くことになっている筈だ。
しかもいくつかあるうちの、どの大陸に行くことになっているかもわからない為、この果てしない世界を手掛かり無しで探すようなことをしなければならないのだ。
少しだけでも身体的な特徴と、名前やステータスを知れているだけマシかもしれない。
だけど、ラバークルフを探し出すことが広大な砂漠から小さな砂粒を探すような行為と何ら変わらないように思えて、億劫になってくる。
だからと言って諦めるなんてことはない。こちらもどんな手段を使ってでも、探し出し殺すつもりである。
それに奪われたアクセサリー、ペンダントも取り返さなければならない。
売ると言っていたから、誰の手に渡っているかもわからないため、不可能と思えてしまうほどに難しいが、何十年かけても探し出そう。
そして、そういう目的の為だけでなく、力が欲しい。
もう二度と、こんな惨めな思いをしなくていいように。
そのためには、今出来る限りの最適行動をすべきだ。
まともな方法でバンディットのレベルまで強くなれるなどという甘い考えは捨てたほうがいい。
とにかく今はまず何をすべきか考えよう。
それから少し時間が経って、俺は今後の計画をさらに詳細に練りながら体の治療を終わらせた。
よし、もう体の異常はほぼない。
若干引き攣ったような感覚はあるが動きに異常はなく、若さゆえすぐにそれも無くなるだろう。
最後に主な目的を再確認する。
1、母さんを虐げた者たちへの復讐。
2、ペンダントの回収。
3、強くなる。
1と2は今はまだ無理だ。
だから、今は強くなる。そのためにもまずは情報だが……。
倉庫のような廃屋を出て、人が話している方へ向かってみる。
外はスラム街で、相変わらず異臭がしている。一部からは怒声と嬌声と悲鳴が聞こえているがそれらを無視する。最優先はそいつらを助けることではない。
この国の不幸な人間を助け始めれば、それは際限などないだろう。虐げられている人は数えきれないほどいるのだから。
俺はこれから先強くなったからといって正義になる気など一切ない。
あいつらを殺すためなら悪でいいとすら思っている。
余計な考えは切り捨てる。
無駄な考えは切り捨てる。
強くなるためには、なんだってする。
しばらく人の声がする方に近づいていると、ようやく人を見つける。
男の二人組で、何か話をしているようだ。
もちろんその話に参加するなんてことはなく、建物の陰に潜み出来る限り気配を消して盗み聞きをする。
「あそこの爺さん昨日のたれ死んだみたいだぜ」
「おお、そりゃあいい。あの爺さんもと騎士だったとかで無駄に強かったからな」
「変な考え振りかざして迷惑だったんだ。いい気味だ」
「腹の足しにもならない正義感もってたからなぁ。まあこんな所にいたってことは、その正義感でもって上司にでも反抗したんだろうよ。家族も罰にあうっていうのに馬鹿な奴だよな」
「そういえばそいつの孫、いつの間にか居なくなってたみたいだぜ?」
「別にどうでもいいだろ。女なら飼って使ってやるのもいいが男なんていらね。人間族じゃ奴隷商に売る当てすらないしな」
「ま、そうだな。それより聞いたかよ。昨日のパレードで各地で暴動が起きたらしいぜ? それが原因とかで城や関所の警戒が強くなるらしい」
「おいおい勘弁してくれよ。城壁外なんだから、こんな所まで衛兵は来たりしないよな……?」
運よく聞きたいことを喋ってくれた。会話自体はクズだが、役に立ったことを感謝しておこう。
それにしても昨日、か……。
昨日気絶したのは昼で、起きたのも昼。今は治療に時間がかかり、夕方に差し掛かっている。
いくら俺の種族柄か、生命力が普通の人間より高い。しかしあの怪我と疲労では、一日寝らざる負えなかったようだ。
そして関所の警戒が強化されるとのこと。通行手形がない今では、突破することはもはや不可能であろう。
だからと言ってこの国に留まるのは愚策だ。
逃げだした俺を探してる兵もいるだろうし、ここで強くなって下手に目立ってしまうのは避けたい。
短期間ならばどうにかなるだろうが、長期間となると危険だろう。
何よりこんな国を出て行きたいというのもあるが。
しかし、さっきも考えたが関所は無理。
ならば他を当たるしかない。
選択肢は三つ。
《暴流海》
《血竜山脈》
《不帰の森》
《暴流海》は、対策が思いつかない。
船の開発など、目立たずにするのは至難の技だ。
誰かに頼めば見つかる危険が伴うし、俺に造船の知識などない。
よって却下。
《血竜山脈》は、モンスターが強すぎる。
母さんの話では、ワイバーン種は相当強いらしく母さんでも一匹に対して刺し違えればいい方だという。
そんなのが数百体。
さすがにこの山を超えようとは思えない。
となると《不帰の森》だが……。
はっきり言って情報が無さすぎる。だが、ここに行くしかないだろう。
消去法になってしまうが致し方ない。
そんなわけで、俺は《不帰の森》に向かうことにした……。
………………
…………
……
「ハアッ!!!」
黄色い角のあるウサギのような魔獣イエローホーンラビットを、俺が土魔法で作った剣を振り一撃のもとに叩き切る。
母さんとの修行の成果もあって、俊敏に動くイエローホーンラビットの突進を的確に捉え、石の剣で首を切り落とす。
そして脳内に情報が浮かび上がってくる。
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レベルがアップしました!
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事務的な情報を感じながら、初めて自分の意志で大きな生き物を殺した感触に浸る。
思ったより殺した衝撃はなかった。最初は少し緊張したが、殺意を自分の中で増幅させると感覚が鋭敏化し、余計な感情が排除されたようだ。
思った事と言えば、ああ、こんなにも簡単に死ぬのか、という事だけだ。
体だけで50センチ、長く発達した足を伸ばせば1メートルにもなるであろうイエローホーンラビット。魔獣としては弱いの部類だが、非戦闘員の一般人であれば複数いないと勝てない程度の強さを持つ。
出来うる限界まで剣を鋭くし全力で切ったが、完全に切れたのは暁幸だった。
これで血抜きが楽にできる。
母さんから座学で習った解体処理を一通り行う。
本来なら時間のかかるそれを、習った通りに魔法を使うことによって短時間で行える。
いくつか皮に穴が空いたり、肉の断面図が綺麗じゃなかったりしたが最初にしてはいい方だろう。
血に釣られたモンスターが寄ってくることを危惧し少し先に進む。その後、周りを見渡しやすい少し盛り上がった平原で、周囲を警戒しながら野営の準備を始める。
俺はあれからスラム街を抜け、南へ約500キロメートル先にあるという《不帰の森》。その最寄りの街へと目指している。
周りはもう薄暗くなっており、今日はこのぐらいが潮時だろう。
水は魔法で何とかできるが、食料はどうにもできないため、獲物が見つかってよかった。
事前にここにイエローホーンラビットなどの獲物がいることは知っていたが、完全に運次第だから最悪何日か絶食を覚悟していたぐらいで、とてもありがたい。
手元に何も残っていなかった俺には、こういう方法しか食べる方法がないのだから。
いくつか拾っていた枯れ木を中央に置き、火をつける。そこに処理をした肉を小さく切り分け、それを木に刺したものを近づけ焼いていく。
周りを囲むように地面に刺して焼いているから鮎の塩焼きを思い出すのだが、それは俺だけだろうか。
ちなみに今日食べる以外の肉は無属性魔法で高速熟成させ、氷魔法で氷漬けにして保存している。
それを入れているのは、穴を頑丈な草で補修したイエローホーンラビットの皮製の簡易な鞄だ。
いい感じに焼けてきた肉をパクリと食べる。
うむ、まずい。
一応これも魔法で高速熟成させているから噛み切れないほどではないんだが、それでも硬い。
何か柔らかくするコツでもあるのだろうか。
それに塩も付けてないから味も微妙だ。
元々食肉としても出回る魔獣だから、吐くような臭みはないが、それでも独特の臭いがありあまりよろしくない。
だが、生きるためには仕方ない。
すべてを根性で完食する。
一刻も早く目的地に着きたいが、途中で力尽きては元も子もない。
魔法で多少は何とかなるが、俺の魔法では栄養をとれないのだから、栄養には少し気を使うか。
栄養失調は回復魔法では治らないからな。
明日は食べられる野草を探して、肉と一緒に茹でてみよう。
その後は座ったまま、仮眠をしたり起きたりを小刻みにして、周囲を警戒しつつも火を絶やさないように枯れ木を入れ続けた。浅く寝る訓練は母さんにしてもらった。
ここの辺りには火を怖がるような弱いモンスターしか出ないが、火なんて怖がらない盗賊はいる。
俺のようなガキを襲っても得は少ないと考えると思うが、現実は何が起こるかわからないから警戒はいるだろう。
あまり体力が回復しないのが難点だが、致し方ない。
これから先も必要なことだから慣れるまで頑張るしかないだろう。
そうして、旅を初めて一日が終わった……。
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テラス 混沌魔人 ♂ 6歳
Lv2
[クラス] 混じる者
[クラススキル] スキル合成
[魔力] 1368/3625
[魔法] 全属性
火2 水2 風2 土2 無2 爆2 氷2 雷2 木2 回復2
[スキル]
[ユニークスキル]
根源を喰らう者Lv2・叡智の選定者Lv1・超越する魂Lv1
[種族固有スキル]
適応Lv1・思考加速Lv2・並列思考Lv2
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