春の訪れ
「人は花を咲かせることが出来るのよ」
そういって目の前で彼女は花を咲かせた。
手品でも、魔法でも、超能力でも、奇跡でもなく。
ただ、みんなが持ってる力で。
そして彼女はみんなに咲かせた花を配った。一人一人の前に赴き、明るい色、弾ける色、落ち着いた色。様々な花を配った。
それを見て彼は思う。何故彼女はみんなに花を配るのか。
彼女は少年の心を読んでいるかのごとく振り向いて、答える。
「花はいっぱいあったほうが綺麗なの」
これが彼女のワガママなのかはわからない。でも、とても嬉しそうに配っていた。配ることそのものを楽しんでいるようだ。
周りの人に一通り花を配り終えた彼女が上を向き、目を思い切り閉じて雲ひとつない青空に瞬間叫ぶ。
「みんな!一緒に!」
彼女の叫びは、みんなに理解されない。なにせ、急に叫びだしたのだ。少年も驚いた。みんなの花がしおれかけているように見える。
彼女もみんなの花をみて、すこし照れたように笑った。彼女にも悪意はなかった。ただ少し、喜びから興奮してしまっただけなのだ。
「えへへ、ごめんなさい。みんなにはいつでも花を持っていて欲しかっただけなの」
「この花を?」
みんなを代表して少年は問う。
「ええ、今はその花でいいわ」
えくぼをつくり、彼女が答える。
少年には含みのある言い方に聞こえたが、当の彼女を見るに素直な言葉なのだと思える。
彼はなんとなく気になって、聞かなくてもいいとも思ったが彼は好奇心を優先させた。
「今って?」
再び彼女は大きな花を咲かして少年に駆け足で近づく。
「こういうことっ」
彼女は語尾を切ると同時に跳ねるように少年めがけて跳躍した。いい跳躍だった。
足と腰が入った跳躍を果たした彼女は宙を2,3秒舞い、少年の胸の中へ吸い込まれていく。
重くはなかったがよろける。
抱いた。
女の子を抱くのは少年にとってはじめての経験だった。
自然に少年の花が気持ちと同調し赤くなっていくように感じる。
照れなのか、動揺なのか、緊張なのか、とにかく少年はみるみるうちに赤くなり、体は固まり小刻みに震えだした。
でも悪い気はしなかった。
腕がガチガチになってても、体が火照るように熱くても、少年はずっとこうしていたいとさえ思った。
少年は花を咲かせた。
彼女に貰った花ではなく、彼女と同じように自分で花を咲かせることが出来た。
周りの人は抱きつく彼らを見て多少気まずい思いをしながらも、少年同様悪い気は起こさなかった。周りの人の花は輝く。
周りの人の中にも何人か自分で花を咲かせることが出来る人も現れてきた。
まるで、一つの水滴が湖面に波紋を広げるような。
彼女は心底嬉しそうな表情だ。
「みんなに花をあげることが出来てよかったわ。あたし、とっても嬉しいもの。これで、みんな一緒だね」
抱かれたまま、彼女は言う。みんなに向けている言葉にしては声が小さい。
やがて、彼女は離れる。彼女は花を咲かせ続けていたが、一筋の軌跡が少年の目に映った。
それを見て少年は花を咲かせる。そして、彼女に向けて言う。
「ありがとう、僕に本当の花を教えてくれて」
真っ赤な太陽を浴びて僕たちは花を咲かせ続ける。
自分たちのそれぞれの花を。