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フィンネルの紅剣  作者: 楠楊つばき
Episode 1 紅の剣
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03.信仰された存在

元々入れる予定ではなかった話なので更新が遅くなりました。

これからもたまに出てきます。


 王都がヴェインに決まる前のこと。

 王や宰相が新しい国の基盤を作っているさなか、周囲と遮断された村があった。

 村には名前がなかった。地図にも載っていない。

 住民は生まれてからの一生をその村で過ごす。

 彼らの大半は生まれた地での死を願い、周りの世界に興味を持たなかった。

 自給自足の生活をし、地図にさえも載っていないためか、旅人や商人も滅多に訪れなかった。


 村を囲んでいたのは深い森林。

 だからこそ村は秘匿ひとくされている。


 いつものように子どもが森の中で遊んでいた。

 かくれんぼをしたり、木登りをしたり。

 性別関係なく、素足を真っ黒にし、日が暮れるまで遊びほうけていた。


 村は狭い世界だった。

 全てが変わらない。

 生活も。人も。環境も。

 人が生まれ死にゆくというサイクルを何度繰り返しても、この世界に変化は訪れない。


 ある日珍しく外部から旅人が来た。

 旅人は物書きらしい。世界を回り、本を書いているという。


 村人はその旅人を追い返そうとした。

 旅人は異国の知識をもつ。

 血気盛んな若者が旅に憧れないよう、村人は必死だった。あの手この手で旅人を追い返す。

 だが旅人は粘り強く何度も来訪してきた。


 森林の中には薬草や花の群生地がある。

 そこで茶髪の子どもが薬草を摘んでいた。

 短く切りそろえられた髪には葉っぱがついていた。

 竹で作られたかごをいっぱいにしようと子どもはせっせと薬草を摘む。

 小さな白い花は子どもによってむしり取られていた。花びらが散っているものや根が土の中に残っているものもあった。


 長所をあげるとすれば、子どもはとても耳が良かった。

 鳥の鳴き声を聞くだけでその鳥の居場所を的確に知ることができた。


「……誰?」

 

 足音に気付き、子どもは手を止めて顔を上げた。


「い、いやあ……どうも」


 子どもの髪と同じ色の帽子を被った男がそこにいた。身にまとうコートは所々り切れている。長い間同じものを着ているようだ。

 男は照れくさそうに笑う。

 一方、子どもは男と目を合わせると、何事もなかったかのように薬草を摘み始めた。


 沈黙が二人の間を流れる。

 何か言わなくては、と男は口火を切った。


「……なあ、実は俺道を間違えてしまったんだ。村に帰るまでの道のりを教えてくれないか?」


 男――旅人の願いを無視し、子どもは黙々と薬草を摘んだ。

 何度声をかけても無視される旅人はやれやれと肩を落とした。


「……なあ、この草はなんていうんだい?」

「………………エミル」


 場をつなごうとした旅人の質問に子どもは答えた。


「エミル……というのか、この草。今までいろんなところを見てきたけれど、初めて見る種だ」

「当たり前。エミルはエミル様の命の欠片。ここにしか群生していない」

「……へぇ、ここにしかないものなんだね。一つ持っていこうかな」


 旅人が片膝をついてエミルに触れると、その草はみるみる枯れていった。散った花びらが旅人の足元に落ちる。


「花が散った……?」

「……ふーん、あんたがじじいが言っていた旅人か。早くおうちに帰った方がいいよ」

「そう言われてもな。俺には見たい世界がある。知りたいものもある。その世界と出会うまで帰れない」

「わがままな奴。帰れと言われた時に帰った方がいいと思うよ」

「帰れと言われて帰る旅人はいるか? この好奇心は誰にも留められやしないっ」

  

 誇った顔の旅人はすぐさま荷物から筆記用具とスケッチブックをとりだし、写生し始めた。エミルが枯れると子どもに注意され、立ったまま手を動かす。

 写生した絵は枯れない。


「……エミル様、我らに幸福を与えてくださり感謝を尽くせません。天が荒れようとも、あなたは温かく我らを包んでくださる」


 子供が小さく呟いた。


「どうか我らの哀しみを受け止めてください」


 その瞬間、地面が微かな光に包まれた。

 光に包まれた大地からまた白い花の薬草――エミルが伸びる。

 発芽してから花をつけるまでの時間は短かった。


 伸びてきたエミルを子どもは容赦なく摘む。

 謝って茎から抜いてしまうと、子どもは集中力が切れたのか旅人へと目を向けた。


「忠告だよ。早く帰れ」

「君みたいな子どもも帰れっていうのか。俺は帰らない。エミルがどういう効用をするのかも知っていない。まだ帰れない」

「好奇心は猫をも殺す。……あんたはエミルに触れようとした。それは罪なんだ。エミル様はあんたのような下等生物が触れていいものではない。ほら――」


 地震が発生し、木々にとまっていた鳥が驚いて空へと飛び立つ。

 立っていた旅人はたたらを踏む。危うく尻餅をつきそうになった。

 籠が倒れ、せっかくつんだエミルがぶちまけられた。


「地面がうなっているよ」

「ここでも地震が起こるのか。ということはつまり、近くに火山でもあるのかい」

「さすが旅人ってことか。地震を経験したことがあるんだね。でもね――」


 手を止めた子どもは旅人の足元に視線を移し、そして目をギラギラと輝かせる。

 まるで獣のような目に、旅人は後ずさった。


「――逃がさない」


 木々がざわめき、先程よりも大きく地面が揺れる。

 旅人が慌てふためく間、子どもは口を動かす。それは旅人の知らない言語だった。


 旅人が何か動いていると察した刹那、太くて動くものが彼の足に巻きついた。


「ヒッ……何だこれ!?」


 根だった。森林に豊富にある木の根が旅人の動きを奪う。


「だから早く帰れと言ったのに」


 根が動くたびに旅人は悲鳴を上げた。

 潰れたような声やかすれた声をあげる旅人を見て、子どもはほくそ笑んだ。。


「あの村の人間もあんたのためを思って返そうとしていたのに。恩をあだで返すなんてひどいよ」


 子どもの瞳は決してあわれみを込めてはいない。

 憐憫れんびんよりも、あーあやっちゃったという悪戯いたずらっ子のような目をしていた。


 木の根が旅人の四肢ししに巻きつく。時には強く締めるように。またある時は解放する。

 それは拷問ごうもん以外の何でもない。


「旅人のくせに魔法を使えないんだ。よく旅を続けられたね。今まで追われたこととかなかったんだね。……アハハハハハ! 許せないな、あんたのことを。よくも聖域をけがしたな」


 エミル――エミル様の命の欠片。

 その生息地にどこぞの馬の骨が侵入した。

 旅人はそこで気付くべきだった。"様"という敬称で、ここがいかなる場所か知るべきだった。


「……消えろよ」

 

 子どもの手には一本の槍。その槍の先端は鋭利な刃物ではなく、石だった。狩りの時代に使われていた、現代よりも殺傷能力が低いものを子どもは握っていた。

 旅人はその槍を目にして震えた。歯をガチガチと鳴らし、手からペンが落ちた。足や腕が震えると、根の締める力が強まった。

 

 子どもは助走をつけ、旅人に肉薄にくはくする。

 先端につけられた石が旅人の肉をえぐった。

 それから追い打ちをかけるように、根が旅人の胸を貫いた。




「ここ最近は誰も侵入してこなかったのに。物好きなやからもいたものだ」


 槍と木の根が消失し、新たに土でできたひつぎがエミル畑の上に出現する。

 そして遺体は棺に食われた。


 旅人であったものはエミルの栄養にかわる。

 

 翌日、子どもは独りでエミルを摘む。

 茶色の髪と茶色の瞳。

 あの村では禁忌きんきとされた色だった。


 なぜならエミル様と同じ特徴であったから。

 

 


 人の世は移り変わる。

 村の半数は死んでいったが、その分は補充された。

 代替わりをしても伝説はきちんと受け継がれていた。

 エミル畑にいる子ども。

 その子どもは独りでエミルを摘んでいく。

 


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