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フィンネルの紅剣  作者: 楠楊つばき
Episode 6 精霊
51/55

47.名前は

「……!?」


 戦いを意識した途端、体に重みを感じて紅葉は膝を折った。精神攻撃? いやそんなものを受けた感覚はない。いうならば自分という存在が削られて淡くなっていくような気分。

 気のせいだろうと首を振って紅葉は立ち上がる。大将を目の前にして血の気が増えたのか、エミルが容赦なく土属性魔法で奮闘している。この空間には元素なんていう常識は通用しない。火を生み出すにも大地を揺り動かすにも己の魔力を消費して現象を起こさなくてはならないのだ。ゆえに気力が削られる。立ち続け人型を維持するのにも精神力を消費している。


「そんなものかよォ、大精霊って奴はさ!」


 上機嫌にエミルは攻撃を繰り出す。地に足をつけているラグリは補助魔法でエミルを支援し、颯瑪も攻撃の切れ目に加勢している。稚拙な連携であるが、今のところ敵を押しているように見えた。リンネは感情のこもっていない理性的な目で戦場を捉えている。自然とパーティとしての統率は紅葉に託された。


『ちょこまかと……』


 大精霊の魔法は大仕掛けなものが多かった。そのため対象一体を集中的に攻撃できていない。エミルは降り注ぐ光球を掻い潜り、大精霊へと肉薄する。拳は障壁によって弾かれた。しかし攻撃の手はやめず、エミルは物理的に殴り蹴る。一つ一つの動作にも魔力を込めているため、どれも重く威力が爆増されている。大精霊の防御を崩せないのは自分一人で攻めているからだとエミルは後方へと視線を送った。直後緑色の鳥が飛び立つ。鳥は大精霊の死角を狙い背後から襲撃した。


『ぬうっ』


 これはいくらかダメージを与えられたようで、大精霊の影が揺れた。


「この程度で終わらせないよな!?」


 目を大きくさせ、エミルが啖呵を切る。茶色の瞳は散大し、興奮状態になっているのか冷静さを欠いている。念願の敵と対峙しているのだ、多少興奮するのも無理はない。そう考えて紅葉は前衛の援助に向かう。エミルを振り払おうとして生み出された衝撃波を紅葉が無効化させた。大精霊といっても力は他の精霊と変わりないのか、多勢である紅葉らに軍配ぐんばいが上がろうとしていた。


「勝敗はまだついてないっ!」


 颯瑪が跳躍して大精霊を切ろうとするが、瞬間的に移動され空を切った。テレポートできるのかとエミルは舌打ちして対象へと直進する。真っ直ぐな軌道であるため敵から言わせれば格好の的であるのだが、防御面も高いエミルにとって多少の攻撃など痛くも痒くもない。

 魔法も存分に放っていいぞ。魔力が枯渇したあたりで息の根を止めてやる――。

 四対一という利もあり、エミルは攻めの姿勢を崩さない。新たな人形を召喚し、敵に向かって砲撃する。


「紅葉さん!」

「……っ!?」


 紅葉がいた場所に天を穿つ黄金の槍が突き刺さる。横に跳び、間一髪で回避した紅葉の額には汗が伝わっていた。


「考え事ですか? 紅葉さん」

「考え事というか……変な感じがするんだ。自分の力が漏れているような……」

「それってもしかして、存在を維持できなくなっているのではないでしょうか……?」


 ラグリに言われ、紅葉は顔を青ざめた。存在を維持できないということは、この空間に飲まれていることを意味している。要するに自我が弱いと断言されたようなものだ。鼻をくじかれ、紅葉は青から赤へと顔色を変えていく。


「あたしは弱くない!」


 小さな違和感が徐々に大きくなっていく。紅葉は自分の異変に気付きながらも、攻撃の手をやめない。紅葉を動かすのはプライドであり、己の矜持であった。

 戦え、と気炎を奮う。勝たなくてはいけないのだ。負けは許されない。


『がはははは! どうした火の精霊! 足元がふらついておるぞ!』


 ふらつく紅葉を見て大精霊は嘲笑う。


「ふん、痴れ言を。あたしは戦える!」


 そう思っているはずなのに、こぼれていく何かを止めることができない。力の流出。存在の希薄化。歯を食いしばってこらえても、大きな流れに飲み込まれようとしている。


「どうしたんだ、紅葉」


 颯瑪が空中から降りてきて、紅葉の顔を伺い目を見開く。紅葉は半透明となり、人型から火へと戻ろうとしているのだ。足はすでに火と戻っており、体がぼんやりと発光している。


「あたしは、こんなところで……!」


 大精霊による魔術が紅葉と颯瑪を襲う。後者はなんとか対処できたが、前者は反応が遅れ火によってプスプスと焼かれていた。立てずに地べたに這いつくばっている自分が醜くて仕方ない。立ち上がろうとしているのに体は言うことを聞いてはくれなかった。紅葉の顔が自責で歪む。


「もしや――己の名を忘却しているのか」


 リンネが紅葉の傍にやってきて、そう囁いた。途端に開かれた紅葉の紅の目は驚愕の色に染まり、頷くこともできずに唇を噛み締めた。


「……お前の想像の通りだ。あたしは自分の名前がわからない。色々あって、自分がエグスであることまでは思い出せたが――」

「そうか。名前はコルグレスからの贈り物だ。名前の有無は魔力に大きく関わる。むしろ良くここまで頑張った」


 橙色の瞳は、紅葉を射抜く。


「引け」

「は……?」

「戦力外だ。汝の動揺が皆に伝わる」


 戦力外通告を受け、数秒間紅葉は口を開けたまま唖然とする。戦力外だと? そんなはずがない。現に自分はここまでやってきたんだ、と紅葉は批難の眼差しを向けるものも、リンネは発言を撤回しようとはしなかった。


『どうしたどうした? 仲間割れか?』


 下卑た笑みを浮かべ、大精霊が紅葉を見下ろしている。


「断じて違うッ!」


 大砲のように紅葉は地面を蹴り、大精霊へと突撃する。しかし途中で火の力を失い、弱々しい拳を大精霊に突きつける結果となった。ほぼ無防備である紅葉を大精霊は横薙ぎに払い、ドン、と墜落した紅葉はうつぶせに倒れた。


「紅葉さん!」


 ラグリが回復を施したおかげで紅葉の傷は消えていく。ただし消せるのは物理的なものだけであり、心の傷は癒せない。


『堕ちたものだな、紅の戦女神いくさめがみ! 前回の戦いの後、圧倒的な力を封じるために名やその他を忘却させて良かったわ! 力を出せない気分はどうだ? 余に語ってみよ』

「ボクのことは忘れないでほしいな」


 土埃を上げてエミルは突進する。手にした土のほこは大精霊に深く突き刺さり、勝利へと一歩近付ける。


「お前が……あたしの名を奪ったのか? "フィンネルの紅剣"として広められたのも、お前があたしの名を奪ったからなのか……?」


 フィンネルの紅剣、そして紅葉もみじ。剣という扱いをされていた一人の精霊は人間のような心を持ち始め、死を受け入れた少女から紅の葉をつける植物の名前を受け取った。紅葉。フィンネルからはクレハと呼ばれていたが、今の名の方を紅葉は気に入っていた。


『余が憎ましいか? どうだ? どうなのだ?』


 煽られている、と紅葉は頭を急激に冷やす。違う。名前なんてどうでもいい。自分はどうありたいのか。名前ならあるじゃないか。大切な人からもらった名前が。


「あたしは! あたしは! 紅葉もみじだ!」


 ボッと紅葉の周りに小さな火が生み出され始めた。その小さな火は謂わば闘志の火。紅葉は戦おうとしている。

 火を剣の形にしようと集中するが、上手く火が紅葉の命令に従おうとしない。眉間にシワを寄せ更なる力を手のひらに込めるも、火は剣と変化しない。


「……足らん。意志だけではどうにもならん。名はコルグレスからの贈り物だと言っただろう」


 リンネが吐き捨てたのとほぼ同時に、紅葉は意識を失って倒れそうになる。エミルは敵だけを見据えているが、颯瑪とラグリが紅葉に近寄ろうとした。紅葉という中枢の不在で即席チームはバラバラになろうとしている。その隙を狙い大精霊が特大な魔法を紡ごうとしたその時。


「――名前があれば、紅葉さんは力を取り戻すんですよね?」


 澄んだ声でラグリはリンネに向かって言い放った。瞳の水色は深くどこまでも続いていそうだ。戦いのない世の中ならば、また別の形で活躍できたかもしれない。ラグリの水が紅葉の火を抱く。赤ん坊を抱き抱えるように、優しく。


「ラグリさん、紅葉の本当の名前を知っているんですか?」

「はい。紅葉さんがエグスであることを知り、思い出しました」


 颯瑪の問いにラグリは強く答えた。


「私は前回の戦いで紅葉さんと一緒に戦いました。紅葉さんは私の一族名まで覚えてくれたみたいですが、ご本人は自分の名前を忘れてしまっていました。……ごめんなさい、あなたが自力で思い出すのを待ってしまったから、こんな事態を招いてしまいました」


 謝罪の言葉を述べ、ラグリは紅葉の体をより強く抱きしめる。


「ラティア。エグス=ラティア=グランドール。これが紅葉さんの名前です」

「ラ、ティア……?」


 赤色の瞳は震え、幼子のように紅葉はラグリの言葉を繰り返す。


「思い出しましたか? ラティアさん」

「テオ……?」


 遠き日を映すラグリを見て安心したのか、紅葉は――ラティアは目を閉じた。








プロローグを掲載してから一年半は経過しているので、ちょっと設定があやふやになっていたり……。紅葉がラグリを「テオ」と呼んでいる部分は物語の最初の方にあったと思います。そのときにラグリが「名前を知らない」って言ってるって? え、まあ、途中で思い出したんだよ……多分。

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