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フィンネルの紅剣  作者: 楠楊つばき
Episode 6 精霊
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46.最終決戦へ

 紅葉が戦闘を終える頃には、エミルも勝利したのか腕を組んでのんびりとしていた。エミルの視線には試すような険しいものがあり、紅葉は応援もできないのかと一息つく。エミルにとって傷を舐めあうような関係を仲間とは呼ばない。下僕と言われ続けているが、対等な関係になれるのはいつだろうか。颯瑪とラグリはまだ続けている。前者は敵を追いかけるのに精一杯であり、後者は水の盾を破れず持久戦が続いている。


「やあっ」


 ラグリの一突きはカノルの鎧を貫けなかった。水の鎧は渦巻きながらも術者を守る。カノルは成熟しきっていない少女の外見をしているというのにやけに落ち着き払い、的確に水を動かしてラグリの攻撃を防ぐ。水を従えるその姿は王様や王女になっているようだ。聖女と謳われたのも頷ける。それほど神々しく誰も近付けない。

 このままでは勝てないとラグリは槍を放棄し、身一つでカノルの前に躍り出る。丸腰といっても水に守られているため、そうそう簡単には敵の攻撃を通さない。カノルの扇による舞をラグリは防ぎ、大きな波を起こしてカノルを飲み込もうとする。


「嘘っ」


 ラグリが驚きの声を上げた。ラグリが起こした波はカノルによって全て氷へと変化していったからだ。波は氷漬けにされ、カノルの数メートル前で停止する。どうすれば敵よりも力で上回れるかとラグリは頭を回転させる。水の魔法は包み冷却することを得意とする魔法であり、どうしても他属性と比べ攻撃力が落ちる。氷を扱えれれば特定の形にさせられるため殺傷度が上がるけれども。


「水は母性を意味する。テオ=ラグリ=ハーデンス。汝はどうありや」

「……私は」


 リンネの言葉は的を射ている、とラグリは行動を起こす。母のように他を包み安らげる精霊。それが目の前にいる聖女カノルなのである。カノルの攻撃は包み込むようにして圧迫してくるものが多かった。今のラグリが欲しているのは戦争をなくすための力であり、それは凶暴なものではなく人の愛によって生まれるものだ。誰も傷つけたくない。同時に傷つけられたくないという自愛が含まれていながらも、誰かを守りたいという心は常にある。


「私は!」


 声を絞り出し、ラグリはカノルと見つめ合う。カノルの眼差しは幼子を見守っているかのように優しくて、戦意を忘れてしまいそうになった。戦いを嫌う性格は水属性に共通しているものなのだろうか。そう考えてしまっても、己の心は己だけのもの。ラグリは静かに呪文を唱える。それは恩恵の呪文ブレッシング・スペルではなかったが、カノルの体全体を包み込む。盾に阻まれるなら、盾ごと攻撃してしまえばいい。ラグリは似合わない雄叫びを上げ、敵を水圧で押しつぶした。


「ラグリ!」


 力を使い倒れそうになったラグリを紅剣が受け止める。ラグリは争いを好まず、水のように穏やかに流れていく気性の持ち主だ。戦うという緊張感に押されて普段よりも力みすぎていたのかもしれない。


「……紅葉さん?」

「しばらく眠っておけ」

「……お言葉に甘えさせていただきます」


 ラグリが眠りについた一方で、颯瑪とエンドは追いかけっこを続けていた。すでにどちらも目では捉えられない速度で動いている。エンドを攻撃したら颯瑪も巻き込む可能性があるため、誰も横槍を入れられず、決着がつくのを静かに待たなければならない。


「速い」


 好敵手に出会えたことを喜び、颯瑪は空を駆ける。里の誰よりも速い敵。人間の想像を超えた速さで逃げる風(敵)は、風と親しみ言葉を交わしていた幼い頃を刺激する。楽しい。ああ風はこんなにも自分を受け止めてくれるのか。自分を守護してくれている風も敵が生み出す風も颯瑪にとっては気持ちの良いものであった。この、風に身を任せる感覚が心を高ぶらせる。


「はははっ」


 胸のときめきは風が知っている。誰よりも速く、なんてことを颯瑪は求めていなかった。風は友達。風がなければ今の自分はいなかった。隣に立つ親友(風)はいつもそばにいてくれる。

 速く、速く。鳥と一緒に飛びたいから――。

 羽音が聞こえる。もちろんそれは空耳で、この空間には精霊しかいない。

 振り返って人懐っこい笑みを浮かべるとエンドは加速した。まだ速くなれるのかと颯瑪も追尾いする。


「万籟、遊びじゃないんだぞ!」


 紅葉の怒号に応える余裕はない。楽しくて楽しくて周りが見えなくなり、颯瑪の黒い目の奥に緑色の光が灯る。その光は彼自身の内奥から発せられたものであるかもしれないし、エンドという少年の姿が映っただけなのかもしれない。

 風属性の操り手はまるで己が風自体であるかのように空中で踊る。風がない場所でも自分で生み出せる力を持っているため、どの場所だって飛んでいけるだろう。


「あ……」


 ふと我に返った颯瑪はここに来た目的を思い出し、間もなく決着をつけようと気合を入れ直す。握っている剣にあたる風の抵抗は極限にまで抑えたので減速しない。剣に風を纏わせる。風に包まれた剣は風と一体化して質量をほぼゼロにさせた。力を集める媒体として剣は颯瑪と相性がいい。ということを知っているから尚更颯瑪は剣に惹きつけられる。

 エンドの真横まで追いついたとき、目が合った。エンドは「殺すの?」と笑みを絶やさずに無言で問いかけてくる。「覚悟はある?」幼い少年が戦いを選んだ理由なんてわからない。抜群の戦闘センスは風を従える統治者エレメンタルにふさわしく、街中を駆けずり回る少年から属性を掌握する少年へと変貌した。己が変わらなくても、周囲は変わりゆく。颯瑪は自分が人間であるかなんてどうでもよく振舞っていたが、皆が皆それほど達観しているわけでもない。自分の立場の変化。思春期真っ只中の少年にはきついものがあったに違いない。


「僕は戦う。戦うしか取り柄がないし、何よりも……風が好きだから。風が一緒なら僕はどこまでも行ける。君だってそう信じていたんだよね?」


 答えは返ってこないが、エンドは二カッと歯を見せた。颯瑪も柔らかく笑み、剣でエンドの体を切断した。






 時間の差はあれど、大精霊の刺客に全員打ち勝った。寸刻休憩し、最終決戦へと続くであろう道の前に立つ。目の前に歩ける道はないが、膨大な力が脈動しており全員がそれを感じ取っていた。紅葉はただ静かに真正面を見て、颯瑪は剣を握る力を強め、ラグリは少しだけ背中を震わせ、エミルは待っていたと口の端を持ち上げた。

 ここは異次元。どのような世界の理があっても驚く必要はない。たとえ地と天がひっくり返ったとしても、それが理であるならば起きる可能性がある。

 世界の管理者が白と言えば白く、黒と言えば黒くなる。ここは敵の領域。油断をしたら排除されるという危険が迫ってきている。


『よう来たな。選ばれし精霊達』


 頭上から声が降ってくる。姿はまだ見えていない。


『戦神と戦女神いくさめがみ。ふむ……素晴らしい顔ぶれであるぞ。余の邪魔をしなければ、こちら側に引き抜いてやってもいい』


 きらめく閃光の中に人の姿が浮かぶ。人と呼ぶにはやや大きいそれは、濁った目で上空から紅葉達を見下ろしていた。透明な衣に守られた精霊。それがこの世界の管理者を名乗る大精霊であった。当人は己を精霊王と呼んでいたようだが、その称号は別の誰かが持っていたような気がしてしまうため拒否された。


「寝言は寝てから言ってよ。コルグレスに負けて名前を奪われた小物のくせに」

『サツバ=セルヴァント=コルグレス。余に逆らうことの意味をわかっているのか?』

「さあね。君は僕を殺すの? 人間を潰したように」


 颯瑪が葉っぱをかけると、大精霊は眉間に皺を寄せる。これぐらいの挑発に乗ってしまうなんて人間みたいだと思いつつも颯瑪は剣を構えた。


『ゆけ、我が手下ども!』


 大精霊が呼びかけても精霊一つ現れてこない。


『……ふんんん! コルグレスの手下が余の駒を唆したのか! 許さんぞ、許さんぞ……!』


 大精霊がリンネめがけて光球を大砲のように打つ。成人の身長ほどある光球は対象を跡形もなく消そうと勇んで放たれたが、リンネは眉一つ動かさず目だけで光球を消滅させた。


『くたばってしまえええええ!』


 空から降り注ぐ流星群を無言でリンネは一人で防ぎきってみせた。その事実が火に油を注ぐ。


小童こわっぱどもが余を倒すというのか。どいつもこいつも脆弱で余の足元にも及ばんというのに……!』

「貴様の配下は全て我が排除した。投降するならば必要以上には傷つけん」

『コルグレスの手下が一人で余の配下どもを倒したというのか! ふはははは、法螺を吹くにも程度があるぞっ』

「一人で大多数の精霊をくだすなんて、噂の通りだね。流石"太陽のリンネ"」

『太陽のリンネ、だと……!』


 エミルの言葉を真に受け、それは真実であるのだが、大精霊は焦りを声に表した。そして空間が激しく揺れた。


「どう思っても構わん。だが今回我は協力者であり付き添いだ。矛を向けるべき相手は我ではない」


 リンネが毅然と言い放つと、揺れが収まった。リンネはあくまでも協力者という立場を貫くようであり、数歩下がった。その行動には逃げ場を確保する意味合いもあり、険しい表情でこれから戦いゆく精霊達の背中を見つめた。


「そうだ、これはあたしらの戦いだ。大精霊。あたしらが来た意味をわかっているだろう? 今すぐ世界を解放しろ。あたしらはお前の駒じゃない」

『駒が人格を持ったか。ふははは、下剋上か。いいぞいいぞっ。かかってこい、四大精霊ぃ!』


 管理された箱庭では賭博が行われいた。賭博といっても賭けられたのは金銭ではなく、領土や勢力だ。人間を争わせ、どちらが勝つのか天上で見守る。人間同士の戦いを彩り活発化させる原動力となるのが地水火風の選ばれしアセスノフィア。今期選ばれたのはエミル・ラグリ・紅葉・颯瑪。四者それぞれの思いの色に彩られ、最終決戦の始まりが告げられた。

 







表記揺れとかキャラぶれとか最初と書き方が違うとか、連載型小説ゆえの葛藤に悩まされながらも次話を執筆します。

精霊王と呼ばれる存在は精霊世界コルグレスにいるため、それ以外の精霊は頑張っても王にはなれない。天使→大天使のノリで大精霊はわりと数があると思う。

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