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フィンネルの紅剣  作者: 楠楊つばき
Episode 6 精霊
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45.王へと至る道

「下僕ども動け。進軍再開だ」

 

 休憩を終え、エミルが立ち上がる。エミルの茶色の髪と茶色の瞳には潤いがあり、かさかさで水分を失っている土人形とは一線を画している。土人形、土で作られた木偶の坊。エミルの配下にはオメガやクライムといった幹部がいたが、二人とも先程戦った人形とは違い知性を持っていた。エミルがどういった思惑で己の配下を動かしているのかは、エミル本人しか知らないだろう。


「誰が下僕だ」


 唯一の突っ込み役である紅葉が手をついてのそりと立ち上がりながら言葉を放った。紅の髪が動きに合わせて滑らかに揺れる。


「ラグリ、動けるか」

「はい。心配をおかけして申し訳ございません。紅葉さんはもういいんですか?」

「……ああ」


 ラグリも紅葉の心の揺れを察していたようだ。水色の瞳に波が立っている。心配をかけていたのは自分であったか、と紅葉は足で地面を蹴った。


「敵の大玉はまだかなー? 僕の剣、刃こぼれしちゃいそうだよ」

「万籟、武器に頼るな。お前の力の本領は武器によるものではないぞ」

「はーい」


 紅葉が各々の状態を確認する。一行を率いているのはリンネであるが、心の結束は紅葉を中心として生まれようとしていた。


「…………」


 リンネが突然ある方向を凝視した。指を差し、四大精霊へと目配せする。こっちだと言っているようだ。全員警戒しながらリンネの後をついていく。

 やや歩いて開けた広間に出た。おびき出されたということは全員が理解しており、これを突破しなければ奥にたどり着けないと覚悟を決める。ぼわあと上空から四つの光が降ってきた。赤・緑・青・茶。その光は弾け、中から人型の精霊が顔を出した。


「フレイ?」


 紅葉が尋ねると赤い精霊は微笑んだ。赤い精霊はフレイと瓜二つの容姿だった。輝く赤い髪に憂いを帯びた赤い瞳。やんわりとした好青年さも本人と同じで、紅葉は一瞬だけ手を止めた。


「属性消滅時のエレメンタル。大精霊は第二世代の恐慌を経験した精霊か。火属性はフレイ、風属性はエンド、水属性はカノル、土属性はトウドだ。皆手練だ。油断は死に繋がる」


 忠告を促したリンネは少しだけ寂しそうに言った。エレメンタル。第二世代。その言葉が何を示すかわからないが、あのリンネが強敵だと称するならば気を引き締めなくてはならない。

 フレイは微笑み、エンドと呼ばれた少年は無邪気に笑い、カノルという少女は優雅に服の袖で口元を隠し、トウドらしき青年は眉一つ動かさず紅葉達を見下ろしていた。

 紅葉をはじめとした四大精霊と、フレイを筆頭とした第二世代エレメンタルが睨み合う。後者は作り物であるからか言葉を発さず気配も薄い。息遣いもないため余計に気配を感じにくい。

 先制を仕掛けてきたのはエンドという小柄な少年だった。十歳前後であろう小さめな体が空気を切り裂き颯瑪へと直進する。リンネの忠告で警戒を強めていた颯瑪はエンドの一閃を剣で両断し、反撃しようと肉薄した。しかし敏速性はエンドの方が上であり、空中で踊るかのように颯瑪の剣から逃げる。声を出していなくても、エンドはこのお遊戯を楽しんでいるようだった。二つの風は追いつき追い越すようにして戦場から離脱する。

 その光景を見て、エミルは感嘆の声を漏らした。


「へぇ……これは自属性と対決する流れなのか。エレメンタル。名前では聞いているさ。精霊世界コルグレスにおける属性の象徴。属性との調和率が高い精霊や人間が選ばれ、悠久の時を縛られる。最後の冠ファイナルエグスがエレメンタルになっていたって何もおかしくない。さぁ……ボクを楽しませてくれよ、オニイサン」


 ニヤついてエミルはトウドの懐に潜り込む。特定の武器を使用しないエミルにとって、体全部が武器になりうる。纏うのは土の鎧。その鎧を相手にぶつけるだけでも衝撃を食らわせられる。


「アーススピアッ」


 衝撃波でよろけたトウドにエミルは大きな槍をぶつける。体躯を貫く勢いで投げ出された槍は同じ土製の斧によって落とされた。エミルが攻撃を仕掛けるも幾度も斧によって防がれる。舌打ちをしてエミルは土人形を召喚する。急ピッチで製作したため高度な知性を持たないものの、数で攻めればどうにかなると考えたのだ。

 土属性同士が火花を散らす様子を横目で見て、ラグリは己の敵と向き合った。


「カノル……カノル・ライブレーグ。私も名前を存じております。水の聖女。ハーデンス一族も聖女を崇め奉っていました。まさかこんなところでお会いできるなんて……」


 感激で胸をいっぱいにしながらラグリは水の槍を手の中に生み出した。先攻をとったのはカノルだ。扇を手にし、舞うように水流を生み出す。一連の動きは見とれるほど美しい。しかし見とれてしまったら死が訪れる。魔法と魔法のぶつかり合いに死の香りが漂うなんて精霊であれば誰もが知っている。

 攻撃は最大の防御なり。普段守りに徹しているラグリが攻勢に転じた。守っているだけではカノルを守護する水の盾を壊すことなんてできない。水属性同士の相性が悪いのか、どんな攻撃も弾かれてしまう。


「……届かないなんて」


 焦りながらも攻撃の姿勢は崩さない。攻めて攻めて攻めるだけ。目の前の敵を倒さなければ理想の世界に手を伸ばせない。精霊は人間の隷属れいぞくではないんだ。無駄な戦いをしなければならない世界なんて間違っている。ラグリは己を信じ、呪文を唱えた。

 水の魔法が完成した頃、紅葉は深く頷いた。


「フレイであって、フレイでないものか」


 眼前に立つフレイはこの空間にいる精霊の魔力で作られた偶像である。だとすればその精霊はフレイについて知っているということになるのではないだろうか。最後工房で会ったフレイと目の前にいるフレイは雰囲気までも似ている。どこかおどおどした感じ。嫌世的な雰囲気。戦いを好まないところまで再現されていて、敵のうち最後に動いたのがフレイだというのも嫌味に聞こえてくる。

 柔らかく表情を崩しながらフレイは動く。咄嗟に紅葉は反応し、フレイの拳を受け止めた。


「……熱っ」


 同属性だというのに紅葉はフレイの火にあてられた。フレイの力が紅葉よりも優っているのか、フレイを動かしている精霊の能力が高いのかはわからない。劣等感。それはフレイと言葉を交わすたびに感じていた。自分がエグスであるならば、フレイが最後の冠ファイナルエグスであることもわかっている。いや本人から直接聞いたじゃないか。風の里でフレイと相対した時に。


エグス――」


 人のために祀られていたというのに、忘れ去られてしまった哀れな聖火。聖火が消えたら火の一族は息絶える。そのため最後の冠ファイナルエグスは永遠の時を生きなければならない。破滅や消滅は許されず、最後の聖火として精霊世界で息をする。

 全ての精霊はエグスの運命を知っているのだろうか。知っていたら、フレイを――彼を具現化することに罪悪感を覚えたはずだ。エグスは他の精霊が関与できるようなことではない。なぜならもう最後という称号を与えられた存在――フレイがいるのだから。

 力量の差は称号の差か。最後と謳われているだけあり、一挙一挙が鋭く重い。全力で戦わなければ敵の炎に身を焼かれてしまいそうだ。


「フレイ。どちらが先に生まれたかなんて関係ない。勝つのはあたしだ!」


 全身が炎に包まれる。自らが紅の剣となり、紅葉は敵へと接近する。生み出した火球はフレイにとっては玩具でしかない。それでも勝つのは自分だ。


『思いは強いほど……力を増すんだよ。忘れないで、"フィンネルの紅剣"。僕とリンネは、君とともにいるよ……』


 フレイの言葉が脳裏に蘇る。思いが強いほど力も増すならば、自分は勝利を望む。相手は自我をもたない作りもの。作りものに思いの差で負けるわけにはいかない。

 左足の蹴りは外れた。すぐに体勢を持ち直し遠心力を活かしながら右足の蹴りを畳み掛ける。この連撃は予想していなかったのか、フレイの体が大きく傾いた。チャンスだと左腕を前に出すが、その腕をフレイにつかまれた。


「……っ」


 フレイにつかまれた部分がヒリヒリと焼かれていく。皮膚が焼かれていく感覚を味わうのは初めてかも知れない。自由の利く足でフレイの腹を蹴り、距離をとる。解放されたというのに腕がジュワジュワと音を立てている。だけどまだ戦える。流星火を降り散らし少しでも敵の体力を削る。気力だっていい、どんな小賢しい攻撃だって無にはならない。


「あたしに勝てると思うな」


 紅の火が紅葉の盾となり剣となる。勝てると自分を鼓舞しなければ負けてしまうんだ。フレイの魔術を避け、炎弾を放つ。火と火がぶつかりあって更に大きな火と変わる。同属性でなければ表せない戦い。ギロリと目に闘志をあらわにする。紅の剣クリムゾン・ソードを発動するには気力が要る。放つたびに心が削られた気分になる。けれどこの技は唯一の恩恵の呪文ブレッシング・スペル


「来い、フレイッ」


 両手に炎を宿したフレイが一直線に向かってくる。一か八か、紅葉は迎撃を放棄して相打ち覚悟で攻勢にうってでる。


「食らえ、紅の剣クリムゾン・ソード!」


 ひと振りの剣がフレイの体を串刺しにした。

 

 

 



精霊世界コルグレスシリーズとして一部のキャラが特別出演。

フレイもリンネも第二世代・第三世代を生き抜いています。

「フィンネルの紅剣」は精霊世界コルグレスでいうと第三世代~第四世代の物語にあたります。全て第四世代への伏線です。第四世代の作品を書くにはまだ時間がいりそうですが……。

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