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フィンネルの紅剣  作者: 楠楊つばき
Episode 6 精霊
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44.自己犠牲

 空間のねじれが侵入者を排除しようとしている。この空間で存在していくには己を強く持たなければならない。この選択が良いものであったのかわからないが、停滞している世界はいつか破滅する。戦争を繰り返す世界にだって終焉しかない。戦いで失われた命も、戦いのために投資された資源も戻っては来ないのだから。

 先頭にいるリンネが度々振り返って紅葉達の様子を確認する。襲撃されても目の前の道がなくなってもリンネは一秒も迷うことなく突き進んだ。その果断さ、決断力。これまでに多くの修羅場を超えてきたことを背中が物語ものがたっている。まるで勇者のような立ち住まいに紅葉は言葉を呑み込んだ。


「疲れましたね……」


 ラグリがぼそっと呟いた。体内時計で換算するとすでに二、三時間はこの空間に閉じ込められているのではないだろうか。どこまで続いているのか考えると無意識に動きが遅くなった。


「休憩するか?」


 リンネが提案するも皆首を振った。安全を確保できる場所までは進まなければならないと気が急く。小物の襲撃は何度か来た。まだ大きな襲撃は来ていない。向こうはこちらに気付いているはずなのに接近してこないためもどかしい。――大精霊。あんな存在は一体いくつあるのだろう。控える精霊だって一や二ではないはずだ。伏兵として道中に潜んでいることも多いにありうる。だからこそ止まれない。この緊張感を続けさせるためにも休んではいけない。


「……へぇ」


 鼻を鳴らしてエミルが立ち止まる。続いてリンネや紅葉も足を止めた。

 うなる地面から土色の柱が生えてくる。土属性の魔法だ。己の領分を使用されたのが腹立たしいのかエミルが率先して魔法を防ぐ。厚く固い土壁は敵の攻撃を通さない。盾として作ったそれに隠れていると、柱だけでなく人型のようなものも生えてきている光景を目にした。ぶちゃりと溶けた土沼から這い出てくる人とおぼしきもの。二本の足で体をささえ、土人形は一気に襲いかかってくる。


「離れていろ」


 太陽の名を冠するリンネが目を焼くような強い光線を手のひらから発した。それもまた"太陽"の魔法であり、一体一体を狙うのではなく周辺を焼き焦がす勢いを誇っている。そんな広域魔法について「馬鹿げている」と颯瑪以外の三精霊は評価していた。魔力量と質の違いが隣に立っているだけでひたひたと伝わってくるのだ。これが精霊の格。アセスノフィアでも凡庸な精霊でもたどり着けない頂きにリンネはいる。これが同族嫌悪かと嫉妬心を胸元に閉じ込めた。今すべきことは空間に存在できている間に最奥へとたどり着き大精霊を叩くことなのだ。大精霊を倒し世界の主権を譲り受けられれば正式にコルグレス直下となれる。

 紅葉は雑念を排除し目の前の敵を睥睨へいげいする。狭い空間にいるため一匹も残らず狩らなくてはならない。背後への不安は極力減らしておくべきなのだ。前に突き進む以上、どうしても背後への注意が疎かになってしまうため、危険要素は容赦なく根絶やしにする。

 炎を纏い敵陣に躍り出る。リンネが大抵の人形を瞬殺してくれるため、生き残った残党を確実に対処していけばいい。遠距離では炎弾や流星火で襲い、近距離では肉弾戦に持ち込む。属性を纏わせたひと蹴りであっけなく人形は崩れ去る。そのことについて何も思わない。心は揺れ動かない。誰かに作られた気分はどうなのか聞きたいと思っても、実際に聞こうとはしない。

 サヤカ。

 作られたなりの人生を全うした少女。

 馬鹿で自分の頭で考えることができなくて、頭の中はいつもお花畑だった。

 嫌いになれなかったのはどこか自分に似ていたからだろうか。

 精霊に作られたということと、結局は誰かの意図により存在しているということ。

 己の名はまだ思い出せていない。エグス=×××=グランドール。真ん中の名前は一体どのような響きを持ち合わせているのか。


「サヤカ」


 知らず知らずのうちに言葉として口に出してしまった。あんな別れは辛すぎた。思い出さないようにしていたというのに、人形と戦うことになってしまうなんて。


「も……み……じ?」


 仮の名を呼ばれ一瞬だけ体が固まる。声の発生源を探り当てると、そこには茶色の少女が立っていた。


「サヤカ……?」


 何度目を瞬いてもその少女はサヤカと瓜二つであった。澄んだソプラノも丁寧に再現されており、体が茶色のボテボテではなく服を着ていたら間違えていたかもしれない。


「紅葉だあっ!」


 サヤカが笑みを浮かべ、紅葉へと手を伸ばす。


「紅葉!」


 颯瑪の鋭い声が耳を打つ。サヤカに似ている人形はドリルのように先端を尖らせた腕を持ち、足は機動性と軽さを重視された棒のようだ。


「サヤカ」


 もう一度紅葉は名前を呼ぶ。自分のために命を散らした友人。アホな面はあったが己の心に素直で命を捧げる決意をした仲間。


「サヤカを汚すな……」


 紅の剣(クリムゾンソード)でサヤカもどきの体の中央を貫いた。魔法武器が魔法体を貫いたので何も散らばらせずに人形はただの土塊に戻っていく。パラパラと乾燥した土になっていくのを紅葉は呆然と見つめていた。


「大丈夫、紅葉!?」


 近くで戦っていた颯瑪が飛んできた。彼は紅葉の動揺を読み取り、安心させようと紅葉の肩に触れる。


「……大丈夫だ。なんでもない」


 サヤカに似た敵がいたなんて言っても不安を煽るだけだ。今言うべきできことではない、と紅葉は平然を装った。敵はまだ湧いてきている。全員が奮闘しているけれども、敵出現の速さの方が優っている。すぐに紅葉と颯瑪は無言になり敵の駆逐にかかる。紅の炎が焼き尽くし、緑の風が戦場を吹き抜けた。






 土人形を全滅させるには数十分ほどかかった。消費した魔力を取り戻すために小休憩をとり、少しでも多くの力を体内に蓄える。疲れたとこぼしていたラグリは水の薄膜の中で眠りについている。休憩の仕方はそれぞれであるため、誰も邪魔しようとはしない。


「リンネ。聞きたいことがある」


 紅葉がささやくと、リンネは目をつむった。言え、ということらしい。


「敵の中に知人と似た顔つきの奴がいた。それにあたしの名を知っていた。向こうがこちらの記憶を読み取っている可能性はあるか?」

「ある。世界の管理者には、己の領域内を把握する義務がある。故に記憶を再現することも可能」

「……わかった。あれは本当にサヤカだったのかもしれないな……」

「否だ。紅の剣。記憶だけでは人物をかたどれない。言いたくても言えなかったことや心の機敏。記憶が再現できるのは外側のみ。内側は虚無なり」

「リンネは強いな。あたしにも……強くなりたいと思った日があって、その理想形にお前は似ている」

「我は弱き者なりや。我よりも強き者は優しすぎて人身御供を選び消滅した」


 リンネの心に触れ、紅葉は押し黙った。強さにも色々ある。力の強さ。心の強さ。心が強いせいで何もかもを受け止めてしまう人物もいる。何もかも自分のせいにしてしまう人がいる。犠牲になってほしくなかったというのに、消えてしまった。

 サヤカ。

 お前はどうして消滅を選んだ。


「惑うな、若き精霊。生きろ、それが我らの使命なり」


 橙色の瞳が動いた。深い光を持っており、闇に覆われているのではなく未来を見ていた。

 誰かのために犠牲になった人。その人のために自分は何ができるのか。目から溢れた汗を拭い、紅葉は顔を上げた。

 











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