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フィンネルの紅剣  作者: 楠楊つばき
Episode 6 精霊
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43.この世にあらざる剣

 世界の中心へと繋がる鏡の中に入っていく五つの影をフレイ・ネーセル・フィンネルは見送った。しばらくして鏡は消え、金色の輝かしい光のみが工房内に残っていた。フィンネルが工房を訪ね、颯瑪と紅葉が帰ってきて、そこにエミルが乱入してきて。驚きと騒ぎの続きっぱなしだった状況がやっとのことで落ち着いた。


「僕らも仕事に取り掛からないとね。精霊剣……作れるといいなぁ……」

「赤髪少年……フレイと言ったかねぇ。責任を持って、って言ってたのにさぁ、その自信のない物言いはどうなんだい?」


 ネーセルに指摘されてもフレイは頭上に花を咲かせているような朗らかな雰囲気を放っている。目は半開きという風にしっかりと開いておらず、うつらうつらとした感じがネーセルの不安を煽る。


「うーん、どうなんだろう? リンネやエミルは精霊剣を"力を蓄える媒体"として認識しているから、別に剣じゃなくてもいいと思うんだ。剣に固執するのはフィンネル家の宝剣や颯瑪くんの剣といった前例があるからだね。ネーセルさんとフィンネルさんはそもそも、この近場で武器を作れる人を知っているのかな?」

「ワタリにはロッケルという鍛冶師がいる。……彼が打つものはどれもいいものばかりだよ。颯瑪くんも気に入っていたみたいだねぇ」

「それなら安心ですね。でも……」


 ネーセルの返答を聞いてフレイが表情を曇らせた。ネーセルとフィンネルの顔を何度も見比べ、ゆっくりと再び口を開いた。


「二人はこれでいいんですか?」

「これでいい、とは……?」


 フィンネルが目を細めた。対してネーセルは腕組みをして眼鏡の奥を光らせながらフレイの言葉を待つ。

 日が落ち始めてきたのか工房の中は暗くなり始めていた。フレイの赤い髪もフィンネルの金の髪も影のせいでくすんでいるように見えた。

 静かな工房内では一言一言が大きく響く。フレイは気を紛らわすかのように工房を周り、うん、と少しして足を止めた。


「精霊世界コルグレスに統合されたらアセスノフィアは本物の精霊と名乗れるようになる。ただそれは精霊だけの話。人間はどうなる? この小さな世界で生きてきた人間は新天地で生きていけるのかな?」

「つまり人間は生きられない、と」

「そんな……!」


 ネーセルのぼやきでフィンネルは言葉を呑んだ。なぜ今まで誰も気に留めなかったのだろう。箱庭世界の崩壊を望んでいたのはエミルをはじめとした精霊だ。そのせいで自分以外の生き物が存続できるのか、話題に上らなかったのである。


「僕が言わなくても気付いてたと思ってたんだけど……勘違いだったみたいだね。詳しく説明するならば、この箱庭と精霊世界コルグレスには大きな違いがあるんだ。……ネーセルさん、なんだと思う?」


 問われてネーセルは眼鏡の位置を直した。


「文明が遅れている……ようには見えないねぇ。君も金色の少女も知性を持ち合わせている。衣服もなかなかの素材だ。動物の皮や普通の布を無造作に巻きつけているのではなく、服飾関係も発達しているんだろうさ。だとしたら人間にとって必要な衣食住のうち、食に問題があると見た」

「フィンネルさんは?」

「わたしは剣しか取り柄のない一般庶民です。高尚な考えなど持ち合わせておりません」

「大抵の人が精霊の存在から首を傾げるだろうから、その反応もおかしくはないよ。答えを言うとね、二つの世界では"生命"の概念がずれていて、生まれ出るものは皆等しく死ぬ……というのは幻想に思えてしまうんだ」


 フレイの言葉にネーセルは相槌をついた。


「こちらの世界にとって普通であることが、向こうにとって普通ではないということかいね。それは厄介だねぇ。こっちの人はこのままここで静かに生きていった方がいいのかもしれない」

「失礼、もう少し噛み砕いて説明していただきたい」


 真剣な顔つきになり、フィンネルは仕事モードの言葉遣いになる。話が大きくなりすぎたため頭が追いついていなかったようだが、心を入れ替えて理解しようとする姿勢を選んだようだ。フレイはそんな彼女を好ましく思い、口を開く。


「要点だけ言っちゃうとね、精霊世界コルグレスにおいて武器による殺傷はないんだ。素手でもないね。人が死ぬ条件……それは禁忌とされる魔法のみ。一部人殺しを生業とする人も……いるみたいだけど、特別な真名を必要とするんだ。事故という括りがあるならば魔法の暴発とかだね。この箱庭と同じく様々な機械があり人間の生活を支えているけれど、人間に作られたものでは人を殺せない。自殺もできないし戦争のような抗争もないよ。……生き物の優劣は魔力によって決めつけられてしまうけど」


 フレイの言葉をネーセルとフィンネルは咀嚼した。武器では死なない。禁忌の魔法は人を殺せる。こちらの世界で生きてきた二人にとって、認識を覆された瞬間だった。人間が魔法を使う? そんなことあるはずがない。この箱庭で魔法を発動できるのは精霊か精霊と契約した者だけだ。一般人に使えるはずもなく、魔術士なんて職業はこの箱庭に存在しない。魔法自体が神秘的なもので未だに人間に暴かれていない領域なのである。

 武器がなくなれば戦争もなくなる、という考えも甘い。武器がなくても人は魔法で争うだけなのだ。


「人間が簡単に魔法を使える世界か。ちょっと興味あるねぇ……。確かにそれじゃあこっちの人間が精霊世界にいったら驚いてしまいそうさ。最悪は死ぬかもねぇ」

「理解してもらえたようですね。この違いを考えて……精霊剣を作らなければならないんです。剣として"人を殺せるか"ではなく"魔力を蓄える器"に重点を置きます。魔力とか魔法に関しては僕が手伝いますよ」


 伏し目がちにフレイは断言する。


「……武器がなければ戦争は起こらなかった……?」


 フィンネルの呟きは空気に溶け込む。この箱庭は娯楽のために作られ、戦争は賭けの対象であった。たとえ文明が遅れて武器が開発されなくても代わりに魔法を与えればいい。そこまで察してフィンネルは青ざめた。

 彼女の戸惑いを知ってか知らずかフレイは手を叩いた。


「それで精霊剣は作るの? 作っても作らなくても、箱庭の消滅はもう運命づけられたようなものだけどね」

「運命ねぇ。精霊は"運命"なんてものを信じるのかい?」

「リンネが付いてるから」




 一行は即ロッケルの鍛冶場へとやってきた。ロッケルは自身で鍛冶を行い製造したものを展示している。販売するものは注文が来てから取り掛かるのが常であり、見本として数本のありきたりな鉄剣が工房内に飾られていた。


「……注文しないのか?」


 フィンネルに尋ねられ、フレイは頷く。


「剣を一本打つのには時間と労力が必要なんだ。一日で用意できるようなものじゃないよ」


 すたすたとフレイは赤髪を揺らして歩く。工房内には展示用として作られたものと量産品の剣しか置かれていない。


「私が設計した精霊剣は理論で止まっている。完成品が見られるのは嬉しいけど、一体どんなものになるやら」


 精霊剣に関する資料は帝国に奪われていたが、理論だけであるため誰も理解できず、エミルがいらないと返却してきた。


「僕も拝見しました。錬金術師であるからこそ……精霊という不思議な原素に近付けたんでしょうね。素材には精霊と親しみやすいものが選ばれていました。近くにサンプルがあったからか、剣本体だけでなく使用者との繋がりについても言及されている。僕の世界であなたほど精霊について学んだ研究者はいません」

「そっちの世界では精霊よりも魔法について研究されたんだろ? どっこいどっこいさ」


 ネーセルは煙草を吸おうとしたが工房の持ち主であるロッケルに止められた。それでラグリを呼ぼうとしたがいないことを思い出し、白衣のポケットにあった飴を口に放り込んだ。


「この剣にしようかな」


 量産品の中からフレイは一本選んだ。変哲もない剣は鋭く光を反射していた。使い手を選んでいるかのようなギラついた光は、持ち主を拒むと同時に自分を使ってくれと叫んでいる。フレイが柄を握ると剣は炎を纏う剣と変化する。鉄は熱くなり赤く点滅し始める。赤い炎は温度が低い。精霊の炎と現実の炎は違うとしても、剣を延ばし変形させないよう温度を調節する。しばらくそのままにしていると切りどきだとフレイは力の挿入を止めた。


「剣が決まりましたし、工房に戻りましょう」

「おい、ちょっと待ちな」


 工房の奥にいたロッケルがフレイを呼び止めた。彼は一本の剣を持ってきていた。鞘から出さなくてもその剣はただならぬ気配を放出している。フレイも何か感じとったのか、ロッケルから剣を受け取り、真顔だったのが徐々に満足めいた表情に変わってきた。


「ネーセルの姐さんからの頼まれ物だ。受け取っていけ」


 ロッケルがそう言うと、ネーセルは後頭部をボリボリとかいた。手にフケが付着したのは秘密である。


「あー、あれ完成してたんだ。変なものばっかり集めたのに、ちゃあんと剣の形になってるねぇ」

「材料まで渡されちまったからな、作りたくなってくるのが職人魂ってやつでい」

「精霊の一部を秘めた剣……。人間は面白いものを作りますね。これなら精霊の"思い"に応えられると思います。鍛冶屋さん、ありがとうございます」

「いやいや、大切にしろよ坊主」


 フレイに礼を言われロッケルは表情を和らげた。




 それから三人は工房へと場所を移す。特製の剣をこれから精霊剣へと昇格させるのだ。必要なことは剣を"思い"に触れさせること。"思い"を宿した剣はより強い"思い"を蓄えられる宝具となる。"思い"が具体的にどういうことを示すかはわからなかったが、ネーセルもフィンネルも生と負の感情を混じり合わせながら祈った。二人に共通していたのは未来への渇望。大切な人の帰還、仲間と歩む未来。この世界は絶望なんかに包まれてはいない。大丈夫だ、光は訪れる。祝福の鐘の音はすぐそばで鳴っている。


恩恵の呪文ブレッシング・スペル――コルグレスの思いの欠片。僕らはどこへ行き何をしなくてはならないんだろう。……二人ともありがとうございます。どちらも良質な"思い"なので、精霊剣も幸せでしょう」

「ふむ……適当に研究したいなーと願ったんだが、良かったのかい?」

「はい。"思い"は強ければ強いほど意味を持つ。研究が人生ならば、極上の産物ですね」


 ネーセルとフレイが会話している間、フィンネルだけは俯いて唇を噛んでいた。

 人間の思いに触れ、かくして精霊剣は完成した。

 







 

 

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