38.思い出の欠片
作っていたゲームが完成しましたので、連載を再開していきます。よろしくお願いします。
翌朝、紅葉は普段よりも早く動き出した。剣の中から飛び出し、すぐさま人の形をとる。フィンネルからもらった赤い着物を身にまとい、一人とぼとぼワタリを歩き回った。
崩れた建物はドミノ倒しのように壊れ、噴水が決壊し一部は床下浸水を起こしている。
「……ひどいな。ここがこれならば、王都はもっと――」
――王都。フィンネルと過ごした場所。帝国と戦うためにいなければならなかった場所。さしずめそこは檻。自分を閉じ込めておくための檻。だが街が檻だと言うならば、フィンネル本人はあたしの何だろう。恩人といえば聞こえはいい。確かに色々教えてくれたのはフィンネルだ。けれども彼女がどう思ってあたしに接していたのかはわからない。フィンネル家とその宝剣。それ以上でも以下でもないだろう。
冷えた朝の工房に戻ると、颯瑪が剣を磨いていた。紅葉は静かに作業している彼に声をかける。
「颯瑪、時間はあるか?」
「ん? 何かしたいことあるのか?」
「お前はないのか?」
「ないよ」
呆れたものだ。そういう奴だとわかっていたが。この街の惨状を見ても動き出そうとしないなんて、フィンネルとは全く違う。
「万籟、精霊だという自覚を持て。お前の判断一つで大きく物事が変わるんだぞ」
「世を変えるのは人だよ。僕が人でないなら何もするつもりはない。今争っているのは王国と帝国だ。どちらが正義でどちらが悪なんてわかんないし、関わりたくない」
「――違うな、万籟。人間は精霊の手の中で踊らされている。エミルにしろ、あの戦場に現れた精霊にしろ、人間を操っている存在がいる。正義? 悪? あたしから見れば両方偽物だ。根源を断つ。そうしなければ繰り返されるぞ。それこそ永遠に」
「そうやって人がその永遠の中にいるなら、わざわざ僕らが変える必要なんてないよ。変わる必要も変える必要もない」
紅葉の問いに答えると、颯瑪は剣磨きを再開する。綺麗に磨かれた剣は紅葉が宿っている特別なものだ。刀身は光を反射し、七色に変化する。その光は澄んでいながらも鋭さをもち冷たい。見ていると心がえぐられるような、そんな光。
「涼しい顔だな万籟。あたしはお前を殴りたいぞ」
「殴ればいいよ」
颯瑪がそう言い返した瞬間、紅葉の右ストレートが空を切る。その攻撃は寸前で止まったが、颯瑪は逃げようとしなかった。抵抗せずに殴られるつもりだったのだろう。そんなところがやはり気に食わない。
「……癇に障る」
拳を下げると紅葉は颯瑪に背を向けた。
「馬車を用意しろ。王国まで行く」
「えー、今から?」
「なんだ、不服か」
「ツェードはあらかじめ約束しておかないと来てくれないんだ。そうだ、戦いの時に見せたように飛んでいけばいいじゃない?」
「この緊張下である以上、我々にいつ火が飛んでくるかわからない。行動を慎め。人間のような振る舞いをしろ」
「……わかったよ、紅葉。ツェードは忙しいだろうからそこらへんに頼もうかな。相場知らないんだった、どれくらいかかるかな……」
「明日でも構わん。お前の友人を使え。金のために剣を売るとなったらたまったもんじゃないぞ。来世まで呪ってやる」
「うん、そうだね。ツェードを使うよ」
翌日ツェードの馬車に乗り、颯瑪と紅葉は王国にたどり着いた。
仕事を終え一休みしている馬をツェードは撫で、顔だけを紅葉と颯瑪に向ける。
「いつごろ帰るんだ?」
「あ、紅葉どうする?」
「長居はせん。しばらくしたら帰るぞ」
「紅葉……?」
「ツェードに紹介してなかったっけ。この赤い子は紅葉だよ」
「いや、何度か顔合わせたし覚えてるさ。けど別の名前で呼んでなかったか?」
「……名前なんて個体を選別するための記号のようなものだ。あたしのことはお前の好きなように呼んで構わん」
「じゃあ紅葉たんで――いだっ」
無言で紅葉はツェードの足を蹴った。片足を押さえ、ぴょんぴょんツェードは跳ねる。
「ご、ごごごめんなさい許してください紅葉さん」
「ふん」
「紅葉最近容赦ないね」
「躾はちゃんとしないとな」
ふん、と鼻を鳴らし威勢よくふんぞり返る様はさながら人を従える主のようだ。小さな国の領主が紅葉にふさわしいかもしれない。
そんな紅葉の様子を見、颯瑪はそういえばと疑問を投げかける。
「で、どこ行く? 国民の救助の手伝い? 軍に顔を出す?」
「あたしとお前だけでそんなことをしても何も変わらんぞ。……ついてこい」
ツェードをその場に残し、二人は街に足を向ける。この前のような検問はなく、すんなりと入れた。警備が手薄になっているのは人手が足りないせいに違いない。生き残った者は少しでもこの街を立て直そうと尽力しているため、どうしても細かいところまで手が回らないのである。
王都はワタリよりも荒れており、住民区も徹底的に壊されていた。崩れかけた民家に人が寄せ集まって暮らす。雨風をしのげる機能を残した家はほとんどなかった。そのため一部の無事だったところが避難所として解放されていた。
街は異臭がたちこめている。無惨にも四肢をバラバラにされた人間が道の端に捨てられていた。時々やってくる荷馬車に詰め込まれ、それらは街の外で焼かれた。
子どもの泣き声を耳にし、紅葉は顔をそむけた。
颯瑪も何も言わなかった。
建物の横をすり抜け、小道を踏みしめる。建物の残骸が落ちており、歩けるところはあまりない。時には飛び越え、時には上に登り、たった一点を目指していく。
兵舎の奥に丘があった。城壁の外から広がる光景。どこまでも続く樹海。森しか見えないけれども風は心地よい。そんな場所に紅葉は座った。
「あたしのお気に入りの場所だ。座れ」
そう言われ、颯瑪も腰を下ろす。
「……一人になりたい時にここに来たものだ。たまに兵士が来ていたから、そういう時は飛んでもっと眺めの良いところを探した。万籟。お前は何もないところは好きか?」
「風笙も山の上にあったから、好きだよ」
二人の間に沈黙が下りる。
目を細め、紅葉は遠くを見ていた。それこそ地平線の果てまで。
対して颯瑪は風の通り道を見ていた。どこかで鳴いているだろう鳥の鳴き声を耳にし、そちらに顔を向けている。眼下に続く景色は作り物だろうか。人間が永遠を繰り返す"人工物"であるなら、ここもこの街も誰かの手によって生み出されたものなのか。それならば、自分はどうなのだろう。なぜ生まれたのか。使命を背負って生まれ死んだサヤカのように、何か自分にも生きなければいけない役目があり、その役目を終えたら呆気なく死んでしまうのではないだろうか。
いつまで眺めても感じるのは時間の流れだけ。悩みも不安も解決してくれない。
「なあ、万籟はどうするんだ? あたし達は次どうするか決めなくてはならない。選択はもう延ばせられない」
「王国と帝国、どちらが壊滅しても僕はいいよ。風笙の生活はどちらかが無くなっても成り立つから」
颯瑪は迷いなく言い放った。どちらでもいい。自分は介入したくない。それが彼の答えである。
「あたしがどうしたいのか、お前は聞かないのか」
「僕の選択を君には強いらないけど、時間は有限だよ」
「あたしは……あたしは……王国を失いたくはない! でもやはりそれでは問題の解決にはならないんだ。あたしにできること。あたしだけにできること。サヤカみたいな者を見てしまった以上、あたしはこちら側にいなくてはならない」
紅葉が呟く最中に、颯瑪はふと顔をあげた。目を細め、風を感じている。
「ああ風が囁いている。時間がないって。もう次の流れが来ているって」
「…………次の流れ、か。エミルを野放しにはできない。決着をつけないとな」
「――ッチ、いいところを邪魔して悪かったな」
紅葉と颯瑪に近付く影。人とも精霊とも違う彼は舌打ちをすると静かに告げる。
「エミル様がテメーらに挑戦したいんだとよ。はぁ、面倒っちーな。オメガにやらせろよったく。へいへい伝言伝言。『帝国の内部を分裂させる。帝国を滅亡させるかいなかはキミ達に任せよう』だとよ。って静かだな。気味悪い。喧嘩ふっかけろよ"フィンネルの紅剣"。じゃないとつまんねーだろ」
「生憎あたしはつまらないかつまらなくないか、という行動原理で動いてはいない。思考停止は由々しきこと。生きるなら考えよう。歩くなら先を見つめよう。クライム、お前はあたしと戦いたいのか?」
「あったりめーだ。今期の四大精霊の中で俺と馬が合いそうなのはテメェだけだ。主と戦う気にはなんねーし、水は人間に懐くしなんかキモイし、そこの風は覚醒したばかりだ。精霊同士の戦いってヤツを知らねー。なあに退屈はさせねーよ。なんだったらここでもいいぜ?」
口角をあげたクライムの狂気の笑みは冷たく鋭い。
紅葉は立ち上がって体を伸ばした。これ以上考えても何も思いつかないだろう。武はこれからどのようになっても必要となる。
「腕がなまるのは避けたい。戦う理由はないが、力試しには丁度いい」
「紅葉、ここは大切な場所なんだよね? 場所を変えた方が」
颯瑪の提案に対して紅葉は首を振った。
「いやここでやろう。ここにある思い出に勝利を捧げる!」
戦いが己の全てならば、戦いが己を導いてくれる――。




