36.覚悟
「さあ、"フィンネルの紅剣"とその相棒サツバ。これからどうするのかボクに聞かせてよ」
エミルが喉を鳴らして微笑んでいる。
そんな彼を見て、紅葉は顔をしかめた。
「エミル。お前こそ何がしたいんだ。帝国の味方ではないんだよな?」
「そうだよ。ボクにもやりたいことがあるからね。この規模にまで私兵を作るのには苦労したよー」
「……サヤカは何のために作った?」
「彼女にはこの作り物の世界を守る術式を壊してもらった。あの術式が新しくなったことで、ここは精霊世界コルグレスの直下になった。いずれこの世界はコルグレスに吸収される……そうだよね?」
エミルは空に向かって問いかける。
淡い光がエミルの視線の先に降りた。
光に包まれているのは、颯瑪の故郷で会った二人の少年少女。赤い髪の気弱な少年と、金髪ツインテールの少女。前者はフレイ、後者はリンネという。
「みなさん、お久しぶりですね」
「…………フレイ、挨拶はよせ。エミル、半分正解だ。ここに流れてきたアセノスフィアは本来コルグレスから生まれ流れ着いた精霊亜種。あるべき姿に戻るだけだ。汝らは本物の精霊となる。……この世界がどうなるかは、我の知ったことではない」
「リンネ……そうか太陽のリンネ。ボクはエミル。オド=エミル=グーシー。キミと相見えるとは光栄だ」
「フン、その程度で我らと肩を並べられると思うな屑が」
リンネの最後の一言で場が静まり返る。血の気の多いクライムがリンネに特攻したが、即刻返り討ちにされた。あのエミルでさえも顔を青くするほどの瞬殺だった。
そんなリンネの所行を見て、隣でフレイが慌てている。
「あーあ、リンネ……また……これ以上は僕だってフォローできないよ。ここに来た目的忘れたの? 人探しだよね?」
「わかっている。ここにはいない。つまりこれ以上この世界に関わるのは我らのエゴ。……っち、殊勝なことだ」
突然リンネの足元から黒い閃光があがった。それは球をなし、リンネを押しつぶそうとする。だが表情を変える以外に別段取り乱しはしなかった。すぐに対処に移る。
「我は不死なり」
高らかに叫ぶと、リンネはその黒い光ごと消滅させた。涼しい顔し、感情のこもっていない瞳でどこかを見ている。鮮やかな手際だった。発動までの数秒という時間で術そのものを無効化させたのだ。ある程度の修行を積まなければ達することのできない境地にいる。
「……何回目かな、上がリンネを消そうとしてきたの」
「知らん。遊ばせておけ」
「リンネさん、だっけ。強いね」
フレイとリンネの間にひょっこりと颯瑪が顔を出した。
「おいこら、万籟。口出ししたらお前も殺されるぞ」
「大丈夫だよ、リンネは無駄な殺生はしないからね」
「僕には血の気の多い子どもに見えるけど……へぇ……。人は見かけによらないんだねー」
「万籟いい加減にしろ。二人はあたしらが対等に会話できるような方ではないんだぞ」
「えー? フレイさん、そうなんですか?」
「気にしないでください。リンネは口数が少ないだけで、本当は優しい人ですよ。たった一人の人間を探して数百年旅するくらい」
「――フレイ」
「あっ、ごめんリンネ。言わない約束だったね。……颯瑪くん、紅葉さん、よく生き残れました。おめでとう。初めて会ったときはヒヤヒヤしたけど、こうして"人ではないもの"同士として会えて僕嬉しいよ」
柔らかくフレイは目尻をさげる。紅葉と似た色の髪。赤く燃えているかのような髪。同じ色をもつというのにフレイは穏やかだ。争いを好まない純粋な少年みたいだ。
「改めて自己紹介を。僕はエグスの一人、フレイ。ラギくんや紅葉さんと根本は同じだよ。違うのはコルグレスでずっと生きてきたことぐらい。そしてこの金髪でギラギラしているのがリンネ。太陽のリンネと呼ばれているよ。一応僕よりも年下。うん、それぐらいかな。僕も一応リンネと戦えるくらいだから襲ってこないでね」
細くて弱そうに見えるというのに、フレイは有無を言わせないように「襲ってこないでね」と言った。
紅葉と根本は同じならば、主属性は火だということになる。自らの手足のように火を操り、己を守り時には自ら攻めるのだろう。
「……コルグレスの直下か。ボクを笑いにきたのかい? たった一つの野望のために努力するボクを嘲笑いに来たのかい?」
二人が登場してから少し離れていたエミルが言葉を放つ。自嘲は相手への挑発。リンネは沈黙を守ったため、フレイが答える。
「そんなつもりはないよ、エミルくん。悠久の時を生きる方法なんてそれぞれだもん。精霊同士が恋をしたこともあるからね」
「ボクは嫌だ。ククク……フレイを黒くしたらボクのようになるんじゃない?」
「黒く? 何を?」
「……くだらない会話をするな、フレイ」
「ごめんごめん。僕らが来たのにはもう一つ伝えたいことがあってね。みんなの行く末を僕らは最後まで見守るよ。このままコルグレスとの統合を待つのもいいし、この世界の原理を壊してもいい」
「――我・太陽の名をお主らに貸そう。力の使い方を覚えれば他の精霊と互角に戦えるようになる」
「へぇー、キミがボクに協力してくれるならすぐに終わるんだけど。どうだい? ボクの私兵にならないか。今なら何かをつけるよ」
「エミルくんも人を煽るのが好きだね。僕らは君達と住むべき世界が違うんだ。僕らは帰らないといけない。あんまり長時間は離れられないんだ。だから力しか貸せないけれど、いつまでも見守ってるから。君達が何を選ぶのか、最後まで見届けるから。じゃあ今日は――」
「「帰れ」」
フレイとリンネの声が重なる。
周辺が金色と赤色の光に包まれる。
帰りなさい、帰るべき場所に。
温かい光に包まれ、颯瑪と紅葉は意識を失った。
箱庭の世界が徐々に動き始める。
最後に笑えるのは誰なのであろうか。
登場人物補足
・リンネ……とある人物を探し旅をする。金髪ツインテールに橙色の瞳。
・フレイ……リンネの友人。リンネよりも年上。また紅葉と同じエぐスと
呼ばれる人物。




