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フィンネルの紅剣  作者: 楠楊つばき
Episode 1 紅の剣
4/55

01.価値観の違い

 夜が明け、昨日の混乱はおさまりつつあった。被害がそれほど大きくなかった民衆は普段の生活を送り始める。噴水の水が涸れていたけれども、消火に使われたからだ、と特別誰も言及しなかった。

 どちらかといえば住居や城下街の変化のなさが彼らには不思議でたまらないだろう。焼け跡のない壁。青く茂る樹木や草。人々は疑問に思いながらも、やはり口にはしない。建物や木が焼けていたはずなのに街はあまり変わっていなかったのは、紅剣という人間ではない特殊な火によってやられたからである。

 "フィンネルの紅剣"の存在は民衆に伏せられていた。存在が明るみに出るのは時間の問題だろう。軍は壊滅したという情報が流れれば、いずれ"フィンネルの紅剣"へと辿り着くに違いない。



         *   *   *



 雲一つない青空の下、紅剣と颯瑪はゴトゴトと荷馬車に乗っていた。

 道路は満足に整備されていないのか、時々荷馬車は大きく揺れる。それもそのはず、二人は森の中を通っていた。森の天井から木漏れ日が注がれる。荷馬車が通れるくらいの道幅はあるが、いかんせん石や草が多い。真っ直ぐ伸びる雑草は近い間踏んだものがいないことを示している。


 木々のおかげで、荷馬車以外の存在を認めることはできない。まるで己の存在を知られたら困るように敢えて舗装されていない道を走る。


 紅剣がいた街は軍を保有する大都市であり、国王が統治していた。そんな街へとつながる道がこんなにも整備されていないはずがない。


(……いくらなんでも考えすぎか。フィンネルがいないから周囲に敏感になっているだけだ)


 紅剣は車内に充満する臭いの方に意識をそらした。この臭いは人間が一人で発せられるようなものではない。


「どこへ行くつもり? しかも、こいつらと一緒に」


 言いながら積まれていた荷物を勢いよく蹴った。布がかけられた荷物を、紅剣は臭いで中身を察した。おでこのしわが一つ増えている。


「フン、鳴かないとはね」

「そいつらは捨てられたんだ。これから郊外のどこかで売られるんだろうな。あ、僕は一眠りするよ」


 関心がない颯瑪は隅であぐらをかき、頭を垂れた。そのまま眠るつもりなのかと紅剣が観察していると、寝息はすぐに聞こえた。剣は鞘におさめられた状態で壁に立てかけてある。一晩で彼が剣を大切にしているとわかったが、どうも信用できないと紅剣は思っていた。


「こいつ、行先を言わずに寝やがった」


(必要な時に休憩をとるなんてフィンネルみたいだ。武器は常に自身の近くにおき、物音がすればすぐさま起きる。こんな世間擦れしていない奴が、危険な状況を乗り越えてきたようには見えないが)


 紅剣は毒づいた後、ため息をついた。現契約者である颯瑪は紅剣にとって得体のしれない生き物だ。生き物といえば布がかけられているものも生き物だ。魔が差したのか、紅剣は先程蹴った荷物に被さっている布をつかみ、そっと持ち上げた。


「……猫だ」


 荷物は檻に閉じ込められた動物だった。大から小まで様々な動物が詰め込まれている。にゃーと紅剣に見つめられた猫は弱々しく鳴く。その鳴き声につられて他の動物も鳴き始めた。

 

外野が煩くても、紅剣は猫から視線を外さない。品定めするかのように観察した。


 猫は泥まみれで、毛並みも悪い。唯一輝いているのは首輪だ。その金色のプレートには文字が彫られている。


 紅剣は文字が読めなかったため、名前か住所が書いてあるのだろうと納得しておいた。検索しても後味が悪くなるだけだ。この猫は売られていく。飼い主の元に戻ることは難しい。それにプレートの素材は上質ときた。売れば金になるはずだろう。


「……首輪? まさかっ」


 猫がうなずいていると紅剣は錯覚した。そう錯覚させる何かをこの猫は有していた。賢い。こんな猫が捨てられるはずなどない。


「同情はするけれど……大嫌い、あんたらなんて。人間を信じなかったら、いつまでも野生でいられたのにね。誰かに飼われることなく、自由に」


 紅剣は布をかけなおした。


「……臭いが嫌なら、剣の中に戻ったらいいのに。どうして、あたしは――戻っちゃいけないと思うのかな」

 

 それから道中に一回だけ検問に引っかかったようだが、紅剣は気にも留めなかった。


         *   *   *


 太陽が傾き始めたころ、颯瑪が目を覚ました。

 それから寝惚けることなく紅剣を見やり、言った。


「あれ? ずっと起きていたのか?」

「お前には関係ない。そもそもあたしは眠らない」

「じゃあ、準備はどう?」

「あたしは身一みひとつだ。準備など必要ない」


 揺れが収まった途端、紅剣は粒子となって颯瑪の剣に宿った。

 その瞬間を見届けた颯瑪は腰を持ち上げ、剣の鞘をベルトで固定した。

 荷袋を確認したところで、荷馬車の騎手が目的地についたことを知らせに来てくれた。

 騎手が知らせる前に荷馬車は止まっていたが。

 見ればわかる、と颯瑪は言わなかった。


「ツェード、今回もありがとう」

「礼なんていらないぜ。仕事のついでだし。配達のスピードも上がったしな」


 ツェードと呼ばれた青年は荷馬車を引いていた馬をなでた。

 なでられた馬は鼻をヒクヒクさせ、目を閉じた。


「それは良かった。とりあえず故障はなさそうだね。ネーセルさんに伝えておくよ」

「よろしく。礼も言っておいてくれ」

「わかった」


 二人の傍らで馬は行儀よく休憩をとり、ツェードの指示がでるまで大人しく待つ。


「これが、本物じゃないとはな……。ネーセルの頭の中を覗いてみたいぜ。花畑か、ネジばっかりか。どちらも良いモンではないな」


 ツェードの呟きに颯瑪は、


「僕にだって理解できない。あの人は四六時中研究と実験に明け暮れているよ」


 と返し、馬に手を伸ばした。


 見た目は馬であるが、本物の生きている馬ではない。

 ネーセルの実験で生み出された人工生命体だ。

 実物の馬の皮やたてがみを使用したのは、ネーセルが本物を追い求めた結果だ。

 外見に本物を求めたのは、争いの原因にならないようにするためであり、通常の馬よりも遥かに高い能力を持っていることを隠すためでもある。


「でも……本物の馬なら馬で生命の冒涜ぼうとくをしているんじゃいかって僕は思うよ」


 神妙な面持ちのまま颯瑪はそっと馬をなでる。

 馬は嫌がらない。

 その動作さえも颯瑪には腑に落ちないところがある。


「動物が動物を運ぶ。……動物が動物を殺す」

「颯瑪、綺麗ごとだけじゃ俺らは生きられねぇんだよ。それが自然の摂理―――食物連鎖だぜ?」


 ツェードは語尾をやや上げた。

 それが付加疑問なのか、ツェード自身への問いなのか、颯瑪は判断できなかった。

 

 わずかだが颯瑪は剣から熱を感じた。

 紅剣が同感しているのかもしれない。


 颯瑪は馬から手を離し、別れの挨拶を言おうと口を開いたが、ツェードに先を越される。


「一つ訂正するぜ。お前は動物が動物を殺すと言ったけどな、俺は動物が動物を捨てる手伝いをしているだけ。むしろ、こいつらを捨てたのは、あの街―――ヴェインの人間だ。違うか? 論破してみろよ」


 間違ってはいない。

 颯瑪が紅剣に出会った城下街ヴェインは一時もぬけの殻になった。

 ツェードが指す動物とは飼い主に置き去りにされたものだ。

 颯瑪は肯定も否定もできずに押し黙った。


「げ……わりぃな。俺の独り言だ。忘れてくれ。お前はあの中に突入したんだから被害の甚大さを知っているんだろうし」


 後頭部をかいたツェードはばつが悪そうな顔をした。

 それを見ても颯瑪の心は晴れない。動物を捨てるという言葉が重くのしかかっていた。


「……なぁ、ツェード。捨てられた……いいや、売られた動物はどうなるんだ?」

「さあな、知らねぇよ。俺はそこまで介入しねぇし。いちいち気にしていたら身がもたねぇぜ」

「確かにそうだけれど」

「仕事だ、仕事。そう割り切っちゃえばいいんだよ。んじゃ、俺は行くぜ。荷物を送り先に届けねぇと。衰弱死は勘弁だからな」


 そう言い、ツェードは小奇麗なシートに腰掛けた。

 彼が手綱を引くと、馬は駆けだした。


「こう見ているだけなら、作り物とは疑わないな……」

傲慢ごうまんよ」


 剣の鞘が一瞬光ると、紅剣が人の姿で現れた。

 足元が安定した後、颯瑪に向き直った。


「動物は動物の玩具がんぐではない。あれはそもそも動物でさえない。奴隷だ。ゆえにあれを動物だと思おうとするのは傲慢以外の何物でもない」

「傲慢って……どういう意味だっけ?」


 何かがブチッと切れる音がした。


 紅剣は颯瑪の背後にまわりこみ、彼の背中めがけて蹴りを繰り出す。

 蹴りが直撃した颯瑪の体は前傾になり、今まさに倒れようとしたが、軽い身のこなしで回転し、何もなかったように立った。


「ぼぼぼぼぼく、変なこと言った?」


 紅剣はもう怒る気にもなれず、一歩引いて颯瑪についていった。



 

衝突も時には大切。

二人が分かり合える日はいつになるやら。


2014/03から少しずつ改稿していきます。



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