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フィンネルの紅剣  作者: 楠楊つばき
Episode 5 エミルの思惑
39/55

35.消滅

お久しぶりです。ちょっと短いですが、きりが良いので投稿いたします。

 地上へと戻れる道を発見したネーセルは一人で縄を上っていった。人一人分しかないハシゴに足をかけると縄は軋み、ハシゴ全体が揺れる。縄をつかむ手はすでに汗まみれ。足を縄から離す瞬間がとてつもなく怖い。踏み外したらどうなってしまうのだろうか。足元は見ない。ここにあるだろう、という直感で足を持ち上げる。


「……おっと」


 老体にもも上げ運動はこたえた。足が上がらなくなり、うっかり踏み外しそうになる。早い鼓動が余計に自分自身を煽った。落ち着こうとしても、気持ちは先走る。早く地上に戻りたい、という願望で頭はいっぱいだった。


「まいったねぇ……」


 顔を上げて目を細めた。

 縄は途切れることなく地上まで続いていた。最後踏ん張って己の体を外へ投げ出す。息を荒くし、ネーセルは地面に転がった。腕を枕にし、暫くの間息を整えようと横になる。


「ネーセル様、大丈夫ですか? お疲れのようでしたら――」

「うるさいよ、ラグリ」


 伸ばされた手をネーセルは無視した。横になりながら方位磁石で進むべき方向を確認する。

 やがて立ち上がり、ネーセルは白衣を翻す。土で白衣は汚れてしまった。縄で裂けた皮膚にはヒリヒリとして痛いはずだ。


「ネーセル様っ! 私のどこがお気に召さなかったのですか!? 直します、直しますから――私のことを嫌いにならないでくださいっ」

「静かにしな。私を守ってくれるのはきみしかいないんだからさ」

「……っはい、お任せを」


 ネーセルが自らの力で地上に舞い戻ったおかげで、ラグリは万全な状態にまで回復できた。目に見えない信頼がこの二人にはある。

 風が冷気を吹き込んでくる。寒いと体を震わせながら走った。愛しきあの場所にまで。




 王国に帰還した二人を待っていたのは絶望以外の何ものでもなかった。


『王国には行かせないんだからぁ!』


 サヤカの言葉が蘇る。サヤカは理解していたのだ。こうなることを。

 荒らされた街は死臭で包まれていた。特に王都の被害は凄まじく目も当てられないほどだ。生き延びた住民は少数。王国の兵は"フィンネルの紅剣"から受けた被害から立ち直ろうとしていた矢先のこの事件。王は生きているだろうか。護衛の兵は王を守りきれたのだろうか。


 故郷の惨事さんじに敏感に反応したのはやはりネーセルだった。走って、時には死体をまたぐ。


 工房内も荒れていた。施錠をしっかりしていたというのに、荒らされている。手をつけられていなかったのは錬金術に関するものだった。資料が床に散らばっているというのに、薬品には触れられていない。

 何かに気付き、突然ネーセルが資料を拾い始めた。文面を確認しながら一枚一枚にらめっこしていく。


「ああああああああああ! くそ、やられた! 精霊剣の研究が全部なくなっていやがる。ちくしょう。これが目的だったのか。ああもう、工房を散らかしちゃって」


 言い終えるとネーセルは爪をかんだ。ラグリにまで聞こえるような大きな舌打ちをし、ずんずんガニ股で一階に降りていった。

 静かになった二階、ネーセルの私室。

 ラグリは散らばっていた資料の一枚を拾い上げた。


『帝国内部について』


「……これは」


 声を失ったラグリの後ろから、ネーセルの声が飛んでくる。

 ラグリは感情を抑え、一階にいるネーセルの元へと急ぐ。一枚の紙をポケットに忍ばせて。




 街を出て他の家に入ったり役所に行ってみたりすると、ワタリの生存率は五割ということだった。

 抵抗した者ほど蹂躙されなぶり殺された。そして生き残った者の一人が言った。この街を襲ったのは黒い鎧を身にまもった兵だと。

 黒い鎧。

 ネーセルとラグリはいつの日かの広場での惨劇でそれを目にしていた。

 最終的に精霊時間に突入してしまい、ラグリと紅葉が連れ去られた事件だ。まだ記憶に新しい。


「ネーセル様、これからどうしましょう?」


 街を復興していくべきか。それとも颯瑪の支援にいくか。それ以外にも色々選択肢はある。


「……私は正直自分よりも上の奴なんてどうでもいいのさ。わたしゃあ人間だ。精霊なんてどうでもいいんだよ。まして黒い鎧なんてさぁ……はぁ、何もせずに老後を送りたいものだよ」

「私はいつまでもネーセル様と一緒にいる所存です」

「そうかいそうかい。ラグリにとっちゃあ人間なんてどうでもいいんだろうね。どっこいどっこいじゃないか。私だって興味ないんだ」

「いいえ、そんなことは……!」

「そういうことなんだよ。自分から何もせず、他人に任せるってことは。同じ目標を掲げているわけでもないんじゃ、この関係に意味はあるのかい?」

「……私はいらない存在なんですか? これまで何年もあなたのお世話をしてきたというのに、私はいらないんですか!?」

「違う、私はそこまで言っていないよ。ふー、説明が面倒だねぇ。いいかい、ラグリ。私は君に感謝しているさ。確実に私にかかる負担は減った。その上研究のことだけ考えてればいいときた。家事をやってくれる人がいるからね。私が言いたい……いや知りたいのはラグリ自身がどうしたいかなんだ」

「私自身が……」

「精霊剣の情報が盗まれた。ということはこれから戦いが激化するんだよ。帝国と王国という単純な戦いでなくなってしまったからね。こりゃあもしかすると王が死んでも戦いは続くかもねぇ。さあ敵は誰なんだね? 本当に」


 道で堂々とネーセルは葉巻を吸った。

 周囲の雰囲気は変わってしまった。一体なんのために二国は争っているのか。何がことの発端だったのか。いいや、発端はわかっている。帝国の王子が死んだんだ。第三王子とかいう顔を知らない奴でも、王子という肩書きは本物かもしれないからねぇ。

 ネーセルはふとそんなことを考える。本来ならば錬金術師である自分には関係のない内容であったはずだ。王国が帝国に取り込まれてしまっても、ワタリという街が――工房があれば仕事はこなせる。生きていける。


「……厄介なことになったねぇ。颯瑪くんは元気かい?」


 工房を片付けるのには時間がかかった。街の復興のためにネーセルはその力を発揮していく。

 ただ彼女は颯瑪と紅葉がどうなっているのか連絡をとろうとしなかった。

 再び会ったとき、どう思うのだろうか。


 



 



 


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