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フィンネルの紅剣  作者: 楠楊つばき
Episode 5 エミルの思惑
38/55

34.自分を守るための戦い

 黒い鎧が動き始めた。徐々に加速し、颯瑪と紅葉との距離を縮めていく。

 切迫した事態の中、二人は怯えずに真正面から迎え撃つことを決意した。


「燃えろ! あたしの前に立つな!」


 短く唱え、紅葉は続けざまに火を放つ。火球は敵の体力をじわじわ削る。畳み掛けるような攻撃は敵に息衝いきづく暇を与えない。


「けんけん……」

「お探しのものはこれですか?」

「あっ……うん、それです」


 武器がなくて狼狽ろうばいしていた颯瑪にオメガが剣を返還した。それは紅葉を宿し赤い光を纏う剣。颯瑪の愛刀だ。小さく礼を述べ、颯瑪は敵が集まっている場所へと突入する。

 長い詠唱をする余裕はなかった。己の奮い立たせる雄たけびだけを口から出す。

 単純な一閃。そんな軌跡に彼の実力が十分に発揮されている。強くなった。彼自身がそれを一番感じているだろう。形をもたない雪までも切断してしまいそうな一振り。そんな迷いのない刀身に緑色の光が集まり始めていた。風の力。それが羽のように軽さと重い一撃を可能にさせている。


「滅せよ、作られた分際風情が!」


 猪突猛進する紅葉は自分の体に火をまとわせ、火達磨ひだるまになっていた。次々と湧きでてくる黒い鎧達を一人一人確実に仕留める。倒された黒い鎧は土に還った。体も鎧も全てエミル製なのである。後片付けいらないクリーンな相手である。


「予想以上だ。オメガとクライムは準備しろ。いらないと思ったら構わん、殺せ」

「了解致しました」

「わーかった。やりゃーいーんだろ? エミル様」


 エミルの命令に不貞腐ふてくされたクライム。その視線の先には己のあるじではなく、諸肌もろはだを脱いで戦う二人の姿があった。


「……クライムはご乱心のようだ。クク、精霊同士の恋ね……」

「ち、ちげーよ! 俺は――!」

「私語をつつしみなさい、クライム。あなたは因縁がある火と戦いなさい。私は風と手合わせ致しましょう」

「か、勝手に決めんな! ……でもさァ、アイツをボロボロして泣かせてみてーよ」


 なんとか黒い鎧を殲滅せんめつさせ、颯瑪と紅葉は荒い息を立てていた。しかし余力は残してある。どうやらこの展開を予期していたようだ。闘志の宿るぎらついた目は次の敵に向けられていた。


「初めまして、サツバ様。オメガと申します。以後、お見知りおきを」

「うん、よろしく。僕は万藾ばんらい颯瑪さつば。様付けなんていらないよ。剣を返してくれてありがと」

「いえいえ。丸腰の方を襲う趣向はありませんゆえ」


 紳士のたしなみ、という面持ちで二人は相対あいたいした。明確な殺意を外に漏れ出さず、体の中に押し込めている。


「よォー、"フィンネルの紅剣"。最後の戦いは森の奥の里だったよなァ。ケへへ、もう一度戦えるなんて思ってもいなかったぜ」

「あたしはお前と戦いたくないがな」

「俺を目にして怖気おじけづいたのか? 俺強いもんなー」

「いや、目障りだ。あたしの前から消えろ」

「はあああああああああん!? もっかい言ってみやがれええええええ!」

「うざいな、お前」

「うざくねええええええ。俺はうざくねえええええええよおおおお。もう一回言ってみろよおお」

「消えろ、うざい」

「あーもー手加減しねーからな! 負けて土下座しやがれっ」


 対して紅葉とクライムは殺意を隠さない戦いになりそうだ。

 生き残るために勝たなくてはならない。


 雪がやんだ。穏やかな風が吹く。太陽が雲の隙間から顔をだすまでもう少し。乾き始めた空気。天候の変化も属性の力となる。

 一対一で始まった戦いは、最終的に二体二という形に落ち着いた。

 相性の悪い風と土がしのぎを削り合う。その関係に終止符が打たれないのは火の力があるからだ。日光を浴び、火は勢いをつけ始める。逃がさない、のがさない――。地の果てまで追ってきそうな形相で、火は戦況に応じて形を変えた。ここに水がいたならば、違う戦局になっていただろう。


「戦ってくれ! 火よ、いつまでもあたしとともに! くらえっ、紅剣クリムゾンソード!」


 紅の光を放つ剣が召喚され、土人形である二人を貫かんとする。


「やられるかよ、オマエなんかに!」


 クライムが素早く土の壁を生みだした。紅の剣はその壁に突き刺さり、剣も壁も消滅する。


あまの風 我が相手に 害と痛みを ――あたの風」


 剣先の軌跡とは真逆の方から風が吹く。それは不規則な流れで、相手を惑わしながら切り刻む。


「……大地の守護を」


 オメガも負けじと新たないんを結んだ。剣を振ることで風の流れを変えさせ、直撃から逃れる。

 大地が隆起して颯瑪の足をつかもうとするが、彼はふわりと風に乗って飛びあがった。

 風と土。相反するそれはなかなか決着がつかない。


「チッ、耐えやがって……。おい、オメガ。俺はここでやめんぞ」

「そうですか。あなたが先に根をあげるとは珍しい」

「これじゃー平行線だろ。クソめんどい。もうやんねー、疲れた」


 オメガとクライムが戦う気力を失ったかのように見せかけた。

 その時、馬の鳴き声と人の声が聞こえてきた。この場には五人しかいない。

 闖入者はいつも危険な香りを漂わせ、やってくる。測っていたようなタイミングに。

 エミルが「遅い到着だな」と強く言い放った。


「申し訳ありません、エミル様。エベチャンク=フィンネル、到着いたしました」

「フィンネル……!?」


 紅葉は膝を震わせていた。金色の輝く髪、森の奥のような神秘性をもつ緑色の瞳。まさにフィンネルだった。紅葉の元契約者、"フィンネルの紅剣"と有名になったフィンネル本人である。


「……女の人だったんだ」


 颯瑪がフィンネルを指差した。

 鎧を身につけているが、兜をかぶっていない。金色の長い髪は周囲を照らす光を持っていた。その存在感こそが彼女をフィンネルとして名をあげたのかもしれない。


「フィンネ、ル……お前、戦っていたんじゃないのか!?」

「クレハ、わからないの? おバカな子に育てた覚えはないわ」

「あたしは信じないぞ。お前らが内通してるなんて」

「信じたくなくても、これが現実よ。クレハ」

「…………違うぞ、フィンネル」

「え?」

「あたしは"クレハ"ではない。……お前には感謝している。お前がいなかったら、あたしは純粋に心から殺戮を求めるような武器になったかもしれない。何も考えず、人間のいいなりになる武器に成り下がったかもしれない。だがな、あたしは知性をもち人間と会話できる武器だ。人間とは違う理で生きるものなんだ」


 紅葉はフィンネルの真正面に立つ。身長の高いフィンネルに見下ろされながら、大きく息を吸って睨みつける。嫌悪から生まれる目つきではない。自分の意志を相手に伝える強さを秘めた目だ。


「お前と別れてから、あたしは万籟とネーセルとラグリと……サヤカと旅してた。短い間だ。とくに大きいことをしたわけでもない。無駄に距離だけはある旅だったよ」


 満足そうに紅葉は言い切った。自嘲せず、楽しかったという感情を素直に相手にぶつける。


「なあフィンネル。あたしと契約し、戦線に送られた時どう思ってたんだ。あたしを使って、何をしようと考えていた? 多くの人間を殺して、そんなにも王国が守りたかったのか? 違うだろ、そうだったらお前は帝国につかない」


 フィンネルは目を光らせた。鋭い眼光は友に向けるようなものではない。明らかな拒絶。


「クレハは目が曇っちゃったんだわ。一緒に帝国に連れて行くべきだったね。クレハ、またわたしと契約して。二人一緒なら優雅な生活が送れるわ」

「いらない。問題を先送りするだけだ。変わったのはお前のほうだ、フィンネル」

「……いいえ、わたしは変わっていないわ。フィンネル家が何を求めているのかわたしは知ってる。知った上で契約したのよ。……たとえこの世界が人間のために作られていなくても、人間は生きていけるのだと証明させてみせる」


 フィンネルの瞳の奥に炎が点っているようだ。彼女の言葉に反論する者はいない。


「クレハ。わたしと契約して。わたしと一緒に世界を収めましょう? クレハは前大戦の英雄だから、絶対に成功するわ。それがクレハの幸せなのよ」

「勝手に決めるな。あたしはもう、お前一人しかいない世界から抜け出したんだ。いつまでもお前にとやかく言われる筋合いはない。それに現契約者を見守っていくと決めた」

「……本当にそれは自分の意志だと思ってる? 誘導されてるって疑ったことはない? 見たでしょう、この前。前線で、人ではないものを。――精霊。ただの人間は精霊を都合の良いものとしか考えていないわ。けどね、実際は違うのよ。彼らにだって考える頭がある。動揺する心がある。人に同情する精霊はわたし達のことをどう思っているのかしら」

「ほう……人間の分際でその答えにたどりついたのか。やはり人間としては惜しい存在だ、エベチャンク=フィンネル。フィンネル家として唯一名前を上げられただけはある」


 エミルがフィンネルを嘲笑った。尊敬の意など全く込めていない茶色の瞳は大きく開かれていた。


「……知りすぎた配下など我元に置いておきたくないがな。ボクだって帝国の味方をするつもりではないから、全力で掻き回してあげる……クククッ。ほら、お楽しみの精霊時間だ――」


 時間が止まった。それを理解できたのは先程まで熱くなっていたフィンネルが物を言わぬ彫像になっているからだ。


「あ、僕動ける~」


 などと呑気に言う颯瑪が動けるのは人間でなく精霊として扱われ始めたからだ。彼にも精霊時間に入る権利がある、と認められたのだ。


「さて、精霊時間になったようだ。今ならフィンネルを痛みを与えずにげるよ」

「誰がそんな真似をするんだ。あたしはフィンネルを殺さない」

「……面白いものが見れると思ったんだけど」

「あたしはお前を消したいぞ、エミル」

「へぇ……それじゃあまずボクの配下を全員倒してね」

「その二面性が気に入らないんだ。本当のお前はどっちだ? 帝国側につく一人か? それとも独立した意識をもつ奴か?」

「呆れた。意味のない質問をするとは。この時間はキミ達への猶予だというのに」


 エミルが悟ったような顔で紅葉を見つめていた。その真摯な目に見つめられ、紅葉はわけがわからなくなる。一体自分はどうするべきなのか。エミルに歯向かうことが己の正義なのか。本当に? こんな顔を見せる奴が倒すべき悪なのか。


「……わからない。あたしはどうすればいい? サヤカのような奴が生まれるのは間違ってる。でもエミルがいなければあいつはいなかったのか? いやそんな簡単なことではないんだ」


 考えれば考えるほど深みにはまる。

 







 

折り返し地点となりました。伏線はほぼ回収してありますので、これからは終盤に向かって話を進めていくだけです。

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