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フィンネルの紅剣  作者: 楠楊つばき
Episode 4 風
36/55

33.儚き命

 置かれた処刑台。それは以前ワタリの広場で目にしたものだった。魔力を帯びているそれは魅力的に見えた。触れてはいけないけれど、触れてみたい。そんな感情を抱いてしまう蠱惑こわく的な代物だ。

 目をひくそれにたかる群衆は人ではなかった。黒い鎧が丸く囲っている。どれも同じに見える黒い鎧は帝国でも王国の兵でもない。あの少年の私兵なのである。


「ようこそ、処刑という祝典に。我が名はオド=エミル=グーシー。土の精霊であり人形の創造主!」


 少年――オド=エミル=グーシーは高らかに自身の名を叫んだ。

 歓声が沸き起こる。それは処刑という行為ではなく、エミル自身に向けられていた。


「ここで行われるのは大罪人の処刑である! 我は皇帝からめいを受け、秘密裏に第三王子暗殺事件の謎を追っていた! ここで真相を暴こう! 犯人はここにいるサツバである!」


 颯瑪は手枷をはめられ、首に縄を巻かれた状態でエミルの後ろにいた。膝を地面につけ、うつむいている。

 一方、彼と契約している紅剣は土人形・クライムに踏まれていた。体に巻きつけられた拘束帯は紅剣の自由と力を奪うためにある。本来ならば、拘束帯を巻かれた時点で紅剣は何もできない。だが、嗜虐しぎゃく心がそそられたのか、クライムは顔を歪めている紅剣を面白そうに見つめていた。


「……足をどかせ。あたしは何もしないぞ」

「はァ? 逃がすわけねーだろ。テメェはオレのオモチャだ。踏まれて土まみれになって死ね」


 そんなやり取りは颯瑪の耳にも入ってきた。でも何もしない。体は脱力していた。足で踏ん張り立つことさえもできない。

 ちらつく雪の中、処刑は滞りなく行われようとしている。

 季節の移ろいとともに属性間のバランスが変化する。冬はどの属性が強まる季節なのか、颯瑪は知らない。

 風が雪の結晶を運んでくる。初雪だった。むき出しの地表はこれから少しずつ白に染まっていく。樹木はこれからのために栄養を蓄えていく。この厳しい寒さの越え、花を咲かせようと。


「……あ」


 顔をあげると、雪が颯瑪の頭の上に降ってきた。肩に白い粒がついても、手枷のせいで払うことはできない。

 エミルの短くて長いような演説は続いていた。終いには黒い鎧たちが踊り狂い始める。

 異様な光景だった。見ているだけで自分の心が打ちひしがれていく。


「エミル……だっけ。やるなら早くやってよ。僕、そんなに我慢強くないから」


 そう言って、颯瑪はベクションとくしゃみをする。鼻水が垂れ、口まで伸びようとしているそれを右腕で器用に拭った。


「死に急ぐな。祝典は始まったばかりだ」

「処刑台で僕を殺すんだよね? ギロチンを落とせば僕死ぬんでしょ?」

「――いいや、そんな簡単には死なせやしない。言っただろう? 生き残ってみろ、と。処刑台は飾りだ。もっと華々しく芸術的にいかねば」


 突風が吹いた。それは颯瑪を温かく包むような風ではない。吹き荒れる風は何かの鼓動のように嫌な予感を倍増させる。


「ボクは意味のない演説をしない。言葉を飾る必要がどこにある。全ての言葉は世界への捧げもの。息をするかのように唱えられた言葉は意味をもち大地へと還っていく」


 ――恩恵の呪文(ブレッシング・スペル)


 気付いたときには手遅れだった。集まってきた粒子はこれから起こる現象のために機会を伺っている。もしも術が完成されず、粒子が全て外側へと漏れ出したらどうなるだろう。恐らく爆発しながら外へと膨らんでいく。

 誰もが息を呑んだけれども、自分で動かなければ好転しない。

 颯瑪の足元に魔法陣が浮かぶ。

 危険を察し、紅剣が万籟と叫んだ。クライムに拘束されて身動きが取れないというのに、颯瑪を守ろうと流星火がちりちりと空中で踊る。結果的に紅剣は他の土人形にも囲まれてしまった。気力だけが削られていく。

 颯瑪は怯えることなく、空を仰いだ。雪を正面から受け入れる。風が彼を守るとするも、エミルの呪文はその力を超えていた。抵抗せずに終わりへの道をたどろうとしていた彼は突然目の色を変える。


「……君もそんなこと言うんだ……無理に決まっているよ……でも君がそう言うなら――」


 目をつぶって言葉を紡ぐ。


「あの空まで行きたかった。僕の小さな世界はあの向こうにまで繋がっているんだって。戦いは僕を裏切らない。運もあるけれど、努力してその運まで味方につけちゃえばいいんだ。世界の果てには何があるんだろう? "フィンネルの紅剣"みたいなものがいっぱいあるのかな? ははっ、見てみたいや。僕の声が聞こえるなら、僕を連れていって。足だけじゃ、たどり着けない世界まで……」


 足元が渦を巻く。緑風が凪ぎ、颯瑪を守護する鎧となる。手枷と首の縄はその力を受けて焼け朽ちた。

 エミルが集めた粒子は風の管理下に置かれようとしている。颯瑪の思いに従い、濃い粒子が少しずつバラバラに崩壊して薄くなっていく。止められなかった分は風の鎧が受け止めた。


「なるほど、窮地になって恩恵の呪文(ブレッシング・スペル)を完成させるとはな。だが……足りない」


 直後第二波が生まれた。エミルは全ての思いを術にぶつけたのではなく、巧妙にも二つの呪文を唱えていたのだった。恩恵の呪文は術者の思いによって形を変える。それを利用し、一回に全てを込めるのではなく段階的に対象を追い詰める命令を出していたのだ。


「これで終わりかな……」


 指の間から流れていく風を感じる。


「ううん、僕のせい。僕が間抜けで未熟だったせい。……寒いな……」


 魔法陣が新しいものに描き直される。それは颯瑪をあやめるためのもの。すくみ上がる体を抑え、背筋を正して立った。

 雪の結晶が颯瑪の髪につく。黒髪に白いものがかぶさっていく。

 閃光を放つ魔法陣。そして聞こえる紅剣の絶叫と土人形の歓声。


「その罪を肩代わりしましょう。わたしとは抜け殻。消えるならば、わたしという無から生まれ無へと還りし者――」


 歌うような呪文が遠くから聞こえてくる。落ち着いたアルト。言っていることを理解し、それを受け止めるという覚悟を漂わせる声は歓声に包まれた場の中で凛と響いた。

 颯瑪の体を衝撃波が襲った。予期していなかった衝撃に颯瑪は受身をとれず、白い粒を吸い込んだ地面の上を転がっていく。


「これでいいの」


 茶色の鈍い光が空から降りてくる。その中から出てきた人物を見て、紅剣と颯瑪は驚きの声を上げた。


「サヤカっ」

「……サヤカさん!?」


 ふんわりとした茶髪が風でなびく。その立ち姿はまるで聖女のようだ。


「ちんちくりんと王子様。……ううん、紅剣さんとサツバくん」


 魔法陣が形を変え、サヤカを少しずつむしばんでいく。彼女は恩恵の呪文で術の対象を変更させたのだ。

 ほう、とエミルが怪しい笑みを浮かべている。口は三日月の形になり、目の奥が光っていた。


「サヤカ。キミがこの短時間で恩恵の呪文(ブレッシング・スペル)を使えるまで成長するとは思わなかった。嬉しい誤算だよ」

「……エミル様、お戯れを。わたし――サヤカはあなたから色々教わりました。人間についてもしかり。世界についてもしかり」

「無知でいられれば、甘くてとろけるような夢に浸かっていれたのにな。ここで滅亡を選ぶのか」

「はい。作られたなら、作られたなりの人生を全うしましょう。わたしは土人形でも底辺。この世界の理を守るために動かされた機械」


 サヤカの肌が土色へと戻っていく。弾力のある肌も艶やかな髪もただの土へと戻っていく。


「ねぇ、ちんちくりん」

「サヤカ、もういい。こんなことするな。前みたいな殴りたくなるような笑顔でいてくれっ……うっ」


 叫ぶ紅剣をクライムが踏みつける。だが紅剣は屈しなかった。クライムの足首をつかみ、ねじり切ろうと力を込める。


「ッチ、火の精霊がァ!」

「放せ、クソガキっ。丸焼きにしてやるぞ」


 拘束帯のせいで火の力を使えない紅剣。よって肉体戦だけでクライムの呪縛から逃れようとする。


「……やめてよぉ、ちんちくりん……サヤカは望んでいたことだから。もうね、長くないの。わたしは土人形。エミル様に命を吹き込まれた操り人形。……死ぬのがエミル様のためでないなら、わたしは幸せ」

「サヤカさん、全部僕が招いたことなんだ。君が庇う必要なんてないんだよ……」


 痛みから立ち上がり、颯瑪はサヤカに近寄ろうとする。それをエミルが阻んだ。エミルから立ち上がるオーラは並半端なものではない。


「来なくていいよ、二人ともぉ。……みんなのためにこの命を使えるなら」


 力なくサヤカは笑った。


「やめろ、サヤカっ。あたしはお前が何であるかわかってた。それでもいい、お前がなんであったって構わない。お前も仲間なんだぞ! 勝手に死ぬなんてわたしが許さん」

「――ちんちくりんは、クレハって呼ばれていたんだよね? それって紅葉こうようのことなんだよね。じゃあ……紅葉もみじがいいな。ね、あんまり変わっていないけれど変わった気分になるでしょう?」

「お前……」


 紅剣は紅葉を散らすような顔になり、サヤカの名前を呼び続けた。クライムから逃れ、最後サヤカを力いっぱい抱きしめた。


紅葉もみじ。いい名だ。ありがとう、サヤカ」

「気に入ってくれた……? わたしも嬉しいな……」


 サヤカの目から涙がこぼれた。潤いを失くした肌には亀裂が走り、右手が腕の先から崩れ地面に落ちた。もう"サヤカ"としての形はほとんど残っていなかった。土の塊となり、光がそれを淡く包む。まるで幼子を抱くような温かさに、サヤカはまた微笑んだ。


「――だいすき」


 サヤカは紅剣のおでこにキスをした。


「バイバイ」


 光がサヤカの体を貫いた。

 サヤカは今をもってこの世界から排除されたのだった。

 



 死を悼む時間はなかった。

 やりとりを静観していた黒い鎧が動き始めた。どれもエミルの部下。エミルがいなければ存在すらできない。つまりサヤカと似た存在なのである。


「俺もああなるんかよ……」


 クライムの呟きは周囲の音に紛れる。

 対してオメガは何も言わない。表情すら変えずにあるじであるエミルを見つめていた。

 二人が黒い鎧と違うのはサヤカと同様に知性を持つことだ。その知性により時には苦悩し、時には激情で我を忘れる。


「よくぞ生きながらえた、サツバ=セルヴァント=コルグレス。しかしその紅いエグスはサヤカに情をかけすぎたようだ。一人消滅したぐらいで心を動かされるな。キミ達は精霊だ。それ以外のものは切り捨てろ」

「あたしはサヤカを忘れない。サヤカという"人"があたしらを救ってくれたことを忘れてたまるか」


 紅剣――紅葉もみじを縛っていた拘束帯が燃えた。

 それは怒りか復讐か。燃え上がり雪までも火の玉に変えている。


「……ククク。さあ次の試練だ。彼らを全員倒してみるがいい」


 エミルが命令すると、地の底から新たな土人形が溢れ出てくる。その中には黒い鎧も含まれている。

 紅葉と颯瑪はすかさず臨戦態勢をとる。

 戦いは終わらない。輪廻の果てまでも。





次回から紅剣→紅葉表記となります。

ようやく武器ではなく人扱いされるようになりました。

しかしまだ、本名は明かされていないんだぜ……。


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