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フィンネルの紅剣  作者: 楠楊つばき
Episode 4 風
35/55

32.地下

ネーセル&ラグリ サイド

 どれぐらいの距離を落ちていっただろうか。

 ラグリはネーセルを守り、自らが下になるように背中から落ちた。防御膜で軽減したからといって、背中を強打したことに変わりはない。水の泡がゴポリと音を立てた。


「くっそ、サヤカくんを信用しすぎたか……。ラグリ? ラグリっ」

「……私のことは気にしないでください、ネーセル様。申し訳ありません、戻らせていただきます」

「遠慮するな。戻れ、ラグリ」


 ラグリは目を伏せると、水色のシャボン玉のように己を分解した。粒子の体はネーセルの本に吸い込まれていく。そして本は淡く発光する。まるで海の中にいるようだ。そんな錯覚をもよおすほど幻想的だった。


「さってとー。どうやって地上に戻るべきかねー。もたもたしている間に出口が塞がれたらたまったもんじゃないさ」


 赤茶色の岩がごろつく平坦な場所から探索を開始する。地盤は硬く、素手で穴を掘るのは不可能だ。生憎そのような道具を持ってきていないため、上を目指すしかない。もしも何も見つからなければ、地上からの救助を待つかラグリに力を借りるしかない。住処に帰らなければならない。そんな気持ちが加速し、ラグリにかかる負担など考慮している余裕はない。


「……考えても無駄か。気楽に行こうじゃない」


 手荷物を左手に持ち替え、右手で壁をつたっていく。帰る方法が十中八九あれば、冒険気分でランランルーと好奇心に任せて研究に励んでいただろう。地質サンプルまでとり、学者のように浮いた気持ちでいられただろう。


 上から岩がこぼれ落ちるたびに総毛立つ。どんなに小さな岩であろうとも、高いところから頭めがけて落ちてきたらひとたまりもない。直撃したらひとたまりもないだろう。打ちどころが悪ければ即死も有りる。


「……不思議なものだな」


 独り言が地下に響く。ラグリに聞かれているので、ネーセルは長々と心情を吐露とろしようとしない。何もかも内に閉じ込めて、鍵をかけた。だから誰も踏み込んでくるな。


「老体にこたえるねぇ」


 体力を持たせるために歩みは遅い。日が暮れるまでには帰りたいものの、出口がなかったらという悲観的な想像が進みを余計に遅らせた。ほの暗い地下をネーセルは無言で歩いていく。

 

 やがて一息つこうと地べたに座り込んだ。尻の下にある地盤はかたい。日光が届きにくいせいで地下はどんよりとしていた。季節は初冬。凍死する可能性を否定できない。日も短くなってきた。早く戻らないと大変なことになる。


「地下にも宿泊施設があればいいのにさ……ふあー」


 眠気が襲ってくる。工房で仕事に勤しんでいたときも、生活習慣は荒れていた。研究で徹夜するのは頻繁であったし、ひと仕事終えると数日寝ていることもあった。野宿も慣れている。ラグリと暮らすようになってからは襲われる心配もなくなったが。


「……納期が近いんだよなー。ふー。……地下は気温が一定っていうけれど,本当なのかね。移住に適しているとかさ、水攻めされたらおしまいじゃないか。雨であふれたらラグリが喜びそうだねぇ」


 これが研究として来ていたらならば、前準備もしっかりと行って地質検査やボーリングで狂喜乱舞していただろう。けれど帰り方が発見されない以上、時間を持て余すわけにはいかない。


「おや、あれは……」


 良い香りがしてきてネーセルは立ち上がる。目をこらしてみると、奥に人らしきものが動いていた。

 立ち止まっている時間はない。足は自然と動いていた。




 良い香りとはネーセルが好む薬品の臭いだった。鼻をつくような臭いの中に果物のような香りが混じっている。何かを作っているのだろうか。しかし煙がこもるこの空間で?


 ぼとり、何かが大きな釜の中に落ちて吸い込まれる。ぐつぐつと煮えこむような音は食欲ではなく悪寒を倍増させた。料理をしている光景ではない。黒い塊や白い塊が嫌でも目に付く。地下にあったものを放り込んだだけのように見えた。


「……エミル様! エミル様じゃ!」


 かすれた声が、ネーセルを呼び止める。


「誰と間違えているのさ。私を誰と心得るっ!」


 否定しようとネーセルは声がしてきた方向を見遣みやる。


 息が止まった。崩れ落ちそうな体は人間よりも小さく、体の作りは異型だった。足は胴体とそのまま繋がっており、一本しかない。一方、腕の数は人間よりも多い。三本四本五本……個体によって異なれど、二本しかないものはそこ一帯にいなかった。目の数もそれぞれだ。鼻はなく、顔は平面。口から覗いているギラついた歯は尖っており、人を噛み殺せそうだ。


「……遠い昔、聞いたことがあります。仲間を求めたものの話を。土くれを集めて、それを自身に似せようとしたものの話を――」


 ラグリがネーセルの一歩後ろに立っていた。完全に回復しているのではないからか、衣服を纏っておらず青一色の体に目と鼻と口らしきものがある。


「失われたと思っていました。――エミルの遺産」

「エミルの遺産?」

「はい」


 ラグリは朴訥ぼくとつと言葉を連ねていく。土の塊のような物体はエミルの遺産と呼ばれ,土人形という人間に似た生物を作り上げる過程で生み出された失敗作らしい。新しい物を製作する過程で失敗するなど当たり前のことだ。理論と実験はどこかで食い違う。そんな失敗を恐れていたら、製作など行えない。


「……長きに渡り、エミルという土の精霊は人形作りに心を砕いておりました。土精霊の信仰をする村は排他的であると聞きました。……私も精霊の中では若い方なので、詳しくは知りませんが……。エミルという名はこの土地に来て、何度も耳にしました。あまり人前には出てこないので、作り話だと思われたくらいです」


 だが作り話ではなかった。地中深くに捨てられた試作品は独自の文化をもち、発展する。土の力を使い続けながら世代を繋げていった。


「その話が正しければ、どうして私をエミルという精霊と空目するんかね。私に魔力はほとんどないよ」

「魔力を感知できるほど優良たる人種にはなれなかったのでしょう。間違われたのは、体のつくりが似ているからです」


 土の塊が地底の深くからネーセルに触れようと手らしきものを伸ばす。それをラグリが容赦なく壊していった。


「……恐らく彼らが作った、地上へと繋がる道があると思います」

「慈悲なくやったものだねぇ……。それに道があれば彼らも地上に出て行けたのだろうに」

「無理です。彼らは地中に封印されたのでしょう、一生日を浴びることは叶いません」

「夢ぐらい見させてあげようじゃないか」

「やめましょう、ネーセル様。彼らの尊厳を傷つけたくはありません」


 ネーセルに近づこうとしたものを一掃すると、ラグリは自らの寄り代へと戻っていった。


「エミルの遺産ねぇ……どの国がこれを隠蔽いんぺいしていたんだか。面白いものが見れそうだ」


 ネーセルの研究心が爆発して外に漏れた高笑いが、木霊こだまする。




 

 

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