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フィンネルの紅剣  作者: 楠楊つばき
Episode 4 風
32/55

29.心の従属、土の監獄。

サヤカルート。

 ネーセルとラグリはワタリにある工房に帰ろうとしていた。風笙ふうしょうを出る際に地図をもらい道順を教わったため、道中で事件に遭わなければたどり着けるだろう。身分証明のできないサヤカは裏ルートを使って無理やり入国すればいい。ようはバレなければいいのだ。事実ネーセルはそういう概念を掲げて倫理に反する研究を行っている。


 一行は早く帰りたいがために周囲を気にしている余裕はなかった。自分の前にある道を凝視し、足早に歩いていく。

 変化に気付いたのはサヤカだった。大半の情報を伏せられている彼女はネーセルとラグリの行動に同意できない。二人を追っている最中に急停止し、手で顔をぬぐう。そして彼女は力なく笑っていた。

 

「ねえ……二手に別れる必要なんてあったの? 帰るだけなんでしょ?」


 おかしい、とサヤカは何度もネーセルとラグリに抗議する。

 検問を通らずに入国するために颯瑪の故郷を通過することになったのだ。なのに全員一緒に帰ることはできない。

 一番前を歩いていたネーセルは沈黙を守り、眼鏡を位置を直す。それから数歩サヤカから離れた。

 よって返答したのはラグリだけだった。


「サヤカさん……」

「メイドは何にも思わないの? ちんちくりんと昔からの付き合いなんじゃないの?」

「私に決定権はありません。全てネーセル様のお心のままに」

「そんなの変だって! あんたに決定権はないのぉ? 従属をためらわないのぉ?」

「これは従属ではありません。ネーセル様と一緒にいれること自体が私の幸せなのです」

「嘘だ! 自分で自分を騙さないでよ! サヤカはみんなが羨ましい。きらきら輝いていて、まぶししくて。サヤカは触れちゃいけないんだ……っててわかってる。それでもそれでもぉ! 自分の目で見ることにしたの。自分の耳で聞くことにしたの。もう騙されない。サヤカはサヤカだからっ! ねぇ、気付いているんじゃないのっ。あの眼鏡おばさんは何か企んでいるって!」


 サヤカはラグリの腕をつかんだ。爪を立て、歯を食いしばる。


「それ以上の失言は控えてください。たとえネーセル様が何かを目論もくろんでいたとしても、それは最終的に幸福へとつながるのです」

「なにそれ! 言いがかりだよ! ヘリクツだよ!」

「親は子に引導を渡すために自ら子の敵になることもあります」

「はあ!? 意味わかんないっ!」

「わからなくてもいいのです。ネーセル様がどのような決断をしようと、一生の忠誠を誓います」

「だから! な・ん・で、一歩引いたところにいるの! おかしいよ。おかしいよぉ」


 地鳴りがする。わめき散らすたびに、地鳴りは大きくなっていく。大地の震えは止まらず、徐々にせまってきている。


「なにがおかしいんですか!? 私はネーセル様を支えられるだけで天にものぼる気持ちなんですっ。数日しか一緒にいない人間が口出ししないでくださいっ」

「口出しするよ。……魔法はいつか解けてしまうものだから。甘い夢もいつか覚めてしまう」


 サヤカは視線を下ろし、自分の手を見つめた。そして手を握ったり開いたりする。はたからだと意味のない行動に見えるが、よく見ると手の平に何か小さな結晶がある。枯葉のようなくすんだ色は、彼女の髪と瞳に瓜二つ。だがそんなもの、彼女は持っていなかったはずだ。


「サヤカの夢も覚めちゃった……いやだなぁ……こんなのぉ。サヤカ、みんなのこと好きだよぉ。出会えたのがちんちくりんと王子様で良かった。はぁあ……行かないと。これがサヤカの最初で最後のお仕事」


 自戒じかいするようにサヤカは呟いた。声に悲壮感は込められていない。充実感や幸福感に包まれていた。


「サヤカが予言しちゃうよん。これから当分二人はちんちくりんと王子様に会いましぇん! それだけなのです。二人と再会したとき、笑えているようにサヤカは願っているよん」

「どうしたんだいサヤカくん。縁起でもない。そういうことを言うのはやめてほしいな。一生会えないみたいに言わないでほしいさ」

 

 傍観していてネーセルが話に割り込んできた。

 ネーセルにさとされ、サヤカのすごみが増す。


「今言わないといけないんだ。サヤカは自分の目で見て、耳で聞いた。結果、お前らは間違っている。お前らの敵は目に見えないものだ。人類がどんなに上を目指そうと、生きたままで天国には行けない。メイド……ラグリと言ったな。テオ=ラグリ=ハーデンス。水の一族で選ばれしアセスノフィア。海しか知らない愚か者。世界に陸があることを忘れるな。ネーセル以外に人がいることをゆめゆめ忘れるな――さようなら、サヤカは王国には行きません。母なる大地に還ります」

 

 吐くように述べた後、曖昧な笑みでサヤカは言った。憑き物が落ちたような顔は清々(すがすが)しい。


「そうかい。故郷に帰るのかな? 止めはしないさ。帰るまでの安全は保証できないがね」

「大丈夫です。サヤカにできないことはありませんから」

「口が達者な娘だねぇ……ラグリよりも使えそうだ」

「ネ、ネーセル様ひどいですぅ。私、こんなに奉仕していますのに!」

「うるさいな、媚豚こびぶた。黙れ。自らの意思のないものにサヤカは興味ない」


 一喝いっかつされ、ラグリは怯えた。茶番や冗談が通じない雰囲気で、自然と笑顔は失われる。


「……意思です、か。私は平和に過ごしたいです。それ以上のことは望みません」

「ほう。質問者を変えようか。ネーセル。お前は戦争のない世が来ると思うか? いや答えなくてよい。答えはノーだ。お前が精霊剣を完成させたら、新しい戦争の種が芽吹く。ここでお前を消すことを望んでいる方もいるみたいだ」


 サヤカは身一つでラグリの前に立つ。武器にできるような物は一つもない、丸腰で悠然と構えている。そよ風で茶色の髪がなびいた。


「サヤカはずっと暗闇で生きてきました」


 それは独白。懺悔ざんげするかのような顔で、手を絡めて頭を下げる。

 何も知らずに同じ行動をしていた日々。新しいものになれると信じ同じ行動を続けていた。そこに未来も過去も存在しない。瓜二つの作り物が溢れた世界に個性はないはずだったのに、なぜか心が芽生えてしまった。その罪悪感。その優越感。自分と違うものになれた瞬間は良かったのか悪かったのか。


「何もかも土に還ってしまえ!」

「ラグリ!」


 ネーセルが短く命令すると、ラグリは即席で防御膜を張る。それから少しでも逃げる時間を稼ごうと走りながら新たな印を結んでいく。

 サヤカの独白は途中から詠唱に変わっていた。彼女が言葉を発するたびに地面がうなり震える。まるで共鳴しているかのようだ。

 ――恩恵の呪文(ブレッシング・スペル)。禁術や秘術として謳われたもの。


「王国には行かせないんだからぁ!」


 地面が槍のように鋭く形を変える。それはラグリとネーセルに向かって容赦なく伸び、貫かんとする。

防御膜が一枚一枚破られていく。ラグリの製造ペースでは間に合わないかもしれない。

 

「生半可な気持ちで人間に関わろうとするな、アセスノフィアああああああ!」


 叫び続けるサヤカは我を忘れて新たな術式を構築し、茶色の髪と瞳が神々しい光を発している。属性は土。地面に走った亀裂をラグリはネーセルを水の膜で包むことによって飛び越えた。

 二人の後ろにできた芸術的な彫像は全てサヤカの意思によって湾曲わんきょくしたものである。盛りがった地面と割れた地面がそこらかしこに存在している。


「ネーセル様っ」


 サヤカの術が完成する直前にラグリはネーセルを抱きしめた。水の膜を己の体一点に集中させ、防御しようとしているのだろう。

 橙色の光がラグリの周囲を覆った。そして繰り出された光線は膜を透過しラグリ本体を焼こうとする。術であればラグリのような人間ではなく実体をもたない生物に攻撃が通る。

 ラグリは疲弊ひへいしていた。半分水となって蒸発しながらも、己の契約者であるネーセルの盾になろうとする。


「……次の攻撃を受けたら、ラグリという存在は消滅してしまうかもよ?」

「構いません。私はネーセル様についていくと決めました。ネーセル様に触れるなら、私を倒してみてください」

「自由を奪うための足枷。思考を奪うための薬。視覚を奪うための目潰し。あの日を乗り越えて、自分はいる。たかが気高い奴隷にわかってたまるか。地獄を見ろ! 己を見つめろ! それがお前らの望んだ平和か? 現実から目をそらした人間の言い分か?」


 ざ・ま・あ・み・ろ。

 サヤカは声を出さず、口だけを動かした。

 地面が盛り上がり、ネーセルとラグリの周囲を囲む。ラグリはまだ防御体勢をとったままであった。そのため行動が遅れる。

 さっきまでとは強い揺れが二人を襲った。地面に亀裂が走り、割れた。


「ネーセル様あああ」


 ラグリは浮くことができるというのに、ネーセルをつかんだ。

 声は地中深くに落ちていく。

 二人は落ちた。奈落の底に。


「……そこでじっとしていてよぉ。二人が地上に戻ったときには……いないから」


 サヤカは一人、泣き叫んで膝から崩れ落ちた。

 空気が震える。少女の気持ちに同調して。




 中途半端な心なんていらなかった。

 もう嫌だ。

 こんなことになるくらないなら、好奇心に殺されるくらいなら、自分で自分を殺してしまえ。


「これが自分の良心なのかなぁ……えへへ、わかんないや……。さようなら、眼鏡とメイドさん」

 



12.しかく と直結した話となります。

サヤカの言葉の意味は、数話後にわかると思います。

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