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フィンネルの紅剣  作者: 楠楊つばき
Episode 4 風
31/55

28.罪

 残された力を極限まで絞り出し、紅剣は戦場から離れた。颯瑪を背負いながら草原を越え、人気ひとけのない森の奥深くへと足を踏み入れる。どうにかして人目から離れることが先決だった。

 歩く速さはだんだん遅くなる。小さな一歩を踏み出すのにも億劫おっくうになる。

 木の根に足をとられ、咄嗟とっさに膝をついた。頭や腕から倒れてしまったら、背負っている人間を放り投げてしまう可能性があるからだ。


「早く目を覚ませ。契約者があたしを頼ってどうする……」


 小言を呟いても颯瑪は反応を示さない。


「重いなお前……フィンネルよりも重いぞ。…………これが人間の抱く、どうでもいい感情か」


 苦笑すると紅剣は颯瑪をおろし、太い木を背もたれにするかのような位置に置き換えた。

 地面に敷かれた落ち葉の絨毯じゅうたん。その上に紅剣は座る。

 紅剣はアセスノフィアと呼ばれる種族だ。体も衣服も火でできており、汚れることも怪我をすることもない。けれども時々現世で存在するための肉体の維持ができなくなり、小さな怪我をすることもあった。

人間とかけ離れた存在になれないのはこの世界の抑止力に阻まれているからだろうか。その問いの答えを知る者はいるのだろうか。いるとしたら、それは世界自体にほかならない。


「……お前を休ませないとな」


 暫くの間、紅剣は無心で空を眺めていた。雲ひとつない青空の下、木陰にいるせいで少し寒い。

 ふと落ち葉を踏む音が聞こえて紅剣は我に返った。「誰だ!?」と叫び臨戦体勢をとる。


「警戒させてしまいすまない」


 森の奥から出てきたのは少年だった。年は颯瑪よりも少し若いぐらいだろう。青年よりも少年という言葉が相応ふさわしく、童顔という顔つきが一層年齢をわからなくさせる。茶色の髪と茶色の瞳。

 そのようなありふれた容貌ようぼうであることが逆に紅剣の警戒心を煽った。葉を隠すなら森の中。人を隠すなら人の中――。


「……警戒されてほしくないなら、その気配をどうにかしろ。常人のものではないぞ」

「そうか。ボクの威厳は言葉ではなく態度で伝わるらしいからな。……恐れをなして頭を下げろ! ボクの力は天より与えられし産物! ああ神様っ。なぜ無力なボクにこのような素晴らしい力を与えなさったのか」

「どうしたんだお前。頭のネジを落としてきたのか? 変だぞ」

「はは……見苦しい姿をお見せしまったね。気にしないでくれ。たまにそういう気分になるんだ。ボクは旅人。戦争が起きていると知って逃げてきたんだ」


 紅剣はより警戒を強め、後ずさる。


「だから警戒しないでほしい。その青年は動けないとお見受けした。近くに里がある。寄っていかないかい? 治療は早めにしたほうがいい」

「言葉では何とも言える。ここはむしろ都市よりも戦場に近いんだぞ? 逃げてくる意味がわからない」

「理屈っぽくなっても仕方ない。言論に有する時間を全て治療に使わないと思わないかい?」


 忠告を受けて紅剣は逡巡しゅんじゅんする。

 少年の大人びた態度がどうしても気に食わないのである。


(慣れているな、こいつ。油断ならない。そもそもその年で一人旅? おかしいのにも程があるぞ……。フィンネルから得た知識が簡単には納得させない――)


 悩んでいる時間が惜しくなる。紅剣は決断を下した。


「わかった。お願いする」

「よかった……。驚かせたびとしてボクが背負っていくよ」


 旅人が颯瑪に触れようと手を伸ばす。その手を紅剣は叩き落とした。


「あたしが背負う。お前は触れるな」

「大丈夫かい? キミみたいな小柄な子がおぶれるのかな?」

「お前に心配されたくはない。平気だ。お前がこいつに触れるくらないなら、引きずってでも運ぶ」

「……愛されているんだね、その青年。そして――キミも」

「お前、医者に行ったほうがいいぞ。頭を治してもらえ」

「今度は一般的な考えでいたつもりだけどね。キミがそういうなら詮索はしない」


 人懐っこそうな笑みを浮かべると、旅人はきびすを返した。「ついてきて」と一言こぼすと、森の奥へと足を運んでいく。


「……戦時下、無償で手をかそうとする者を信じてはならない。絶対に歓迎はされないのだろうな。どうか万籟に幸あらんことを――」


 背負い直すと、紅剣はとぼとぼ旅人の後を追った。



     *   *   *



 廃墟。それが第一印象だった。かつて朽ち果てた街をなんとか住める状態にしたみたいだ。穴が空いている家屋は見ているだけで虚しい。地面は舗装されておらず、土がむき出しである。また別段大きな壁もなく、攻められたら一瞬で落ちるだろう。

 紅剣は思わず目をいた。


「ここは――」

「知っていましたか。前の戦いで兵士が籠城ろうじょうしていたために、敵軍に侵略された里。……あそこには畑があって、あっちには動物がいた。全部今となっては胡蝶こちょうの夢。失われた世界」


 旅人の目つきが鋭くなる。

 その問いただすような視線に紅剣は動じなかった。何度も向けられた目だ。今更動じることもないのだろう。


「あたしに言っているようだな」

「そのつもりで言った。まあボクはキミ達を歓迎するよ。ボクの家はこっちだ」


 旅人は指を差す。けれども指の先に家屋と呼べるようなものはない。もっと奥にあるのだろうか。


「お前、旅人だと言っていたよな。なぜ自分の住処すみかのように言う?」

「最近までお世話になっていた家があるんだ。その場所に案内しようと思ってね」


 旅人は苦笑し、「随分細かいことを気にするんだ?」と紅剣を仰ぎ見た。


はかりごとで殺されてはたまらんからな。警戒するのは当たり前だろう。やめておけ、普通の旅人の言葉ではあたしを圧殺あっさつできないぞ。思い通りに事が進むと思うな。ここが潰されたのはもう何年も前だ。最近と言えるはずがない!」


 紅剣が旅人に牙をく。しかし紅剣は甘かった。認識を誤っている。


「やはり"フィンネルの紅剣"を欺くのは無理だったか。まあそれも想定内のことで、逆に上手く行き過ぎて笑えるな。貴様らはすでに針のむしろ」


 旅人が指をパチンと鳴らすと、黒い鎧が旅人を守るように召喚された。どれもどれも人間ではない。何度倒されても獲物に突進してくるような亡者だ。


「万籟は……目を覚まさないか」


 紅剣は颯瑪を地面の上におろした。そして黒い鎧の亡者と応戦しようと一歩でる。


「……おかしいのは貴様のほうだ、"フィンネルの紅剣"」

「どこがだ?」

「我々はいつから人間の手下になった? 人間を守るための武器になった? 貴様に植えつけられた、人間の武器という超自我。それが貴様の敗因だ。――やれ」


 合図を受けると、亡者は一斉に動き出した。頭脳がないというのに見事なチームワークを発揮し、紅剣を追い詰める。逃げた先に別の亡者がいるということはザラであり、確実に紅剣の退路をふさいでいる。


「燃えろ!」


 紅剣が命令すると、亡者は一気に燃え始めた。だが黒い鎧は溶けることもなく、火など気にしない様子でそれぞれの武器を手にして立ち上がる。


「黒い鎧……処刑台にいたやつらか」

さといな、貴様は。フィンネルやそこの青年には勿体無い。どちらも国を侵す罪人だ。肩入れするのは馬鹿のすることだ」

「あたしは馬鹿だっていい。契約者も元契約者も己の意志をもつ素晴らしい奴だ。あたしは誇りに思っているぞ」

「貴様はいつも二人の尻拭いをしている。哀れだな。フィンネルのせいで戦争に巻き込まれ、武器としての使われた。そして今、サツバの罪でキミは帝国に嫌われている。王国軍に歯向かった有益な力であるというのに」

「あたしがアセスノフィアという異分子であるからだろ」

「その答えは赤点だ。ボクを満足させられる答えではない」

「わからんな」


 冷たく答え、紅剣は亡者を焼き続けた。旅人との会話のせいで熱くなれず、空っぽの心に冷気が流れていく。


「当たり前だ。何も落ち度はない。有罪であるのは契約者だ。……今回は本人も何をしたか気付いていないみたいだけどね」

「万籟が何をしていたとしても、あたしは構わない。隠者のようなヤツが世を動かすようなことをやっていた? それこそ信じられんな」

「ふふ、あははははは! 無知は羨ましい。いつまで傍観者でいられるかな。どうでもいい者であっても、人間社会はそう見做す(みな)すだろうか? 否、看做さない。人間は血筋や地位を心にかける。当主争いは人間以外もやっていることだがね。――そろそろ終わりかな。今のキミの実力からすると」


 紅剣は丁度黒い鎧を一通り倒したところであった。戦場から力を使っているせいなのか、火の勢いはだんだん弱まってきている。


「――クライム」


 旅人がそう告げると、紅剣を蹴り飛ばして何者かが現れた。

 蹴り飛ばされた紅剣は地面の上を滑り、少しして止まる。


「イライラが止まんねぇ! 精霊王とかマジいらねー! なんだよ俺がつぶしてやるし。あんなデカイだけが取り柄なアホはぶっ飛ばしてやる!」


 クライム。紅剣とラグリを二度襲った土人形。暫く顔を見せていなかったものの、雰囲気は変わっていない。無邪気でありどこまでも戦いに酔いしれている。血が上っているのか、紅剣に手を上げる。


「……クライムか。久しいな。もう会わないと思っていたぞ」


 紅剣は立ち上がり、口の中に入った砂を吐き出した。蹴られた場所も土で汚れている。紅の髪は砂まみれで、くすんでいる。紅剣の美しさを体現させる要素は、もう心しかない。


「立てんのか。へー。純血は俺らみたいな作りものとは違うのか……ッチ。バラバラにしてぇな」

「誰がお前なんかに。あたしはお前が何であろうとどうでもいい。目の前に立ちはだかるというなら倒していくのみ」

「キャッハァァ! そーいうヤツ欲しかったんだ。オメガもその他の臆病モンは命令されない限り戦おうとしねーからな。来いよ、グチャグチャにしてっやから!」


 火と土の競い合い、立っていられるのはどちらだろうか。


 

 

この話をもちまして10万文字超えました。

頭の中で終わりは決まっておりますが、物語の終焉はいつになるやら。

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