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フィンネルの紅剣  作者: 楠楊つばき
Episode 4 風
30/55

27.人間になりなさい

 緑風りょくふういざなわれ、落ち葉がふわりと舞い上がる。それは一枚だけではない。両軍の兵士を超えるであろうの葉が踊り始めていた。


「万籟、戻ってこい! 死にたいのか!?」


 颯瑪は戦場へと単騎で突入していった。紅剣の怒号も彼の耳には届かない。

 矢の雨が颯瑪の上に降り注ぐ。そして両軍は力の比べ合いになろうとしていた。どうしても、間にいる颯瑪は邪魔になる。歩兵と騎馬兵は彼をいないものとして判断した。ここにいるのが悪い、と誰もが剣を向けるような勢いで接近する。

 ヒュンと風を切る音が聞こえた。そう気付いたときには手遅れだ。左肩をかすめて矢が飛んでいく。


(痛い……やっぱり僕も人間だったのかな)


 衣服が擦り切れ肌が露見する。皮膚をかすめたのだろう、少し出血していた。白い上着がじんわりと赤く染まっていく。利き腕でなかったのは不幸中の幸いか。

 安心する暇はなかった。飛んでくる矢は無差別に人を射貫き、あるいは地面に突き刺さる。


「うがあああああああっ」


 剣を振りあげていた兵士が肩に矢を食らった。軽傷であると判断してそのまま突き進んでいこう途中、突然断末魔をあげて倒れこんだ。そして不運にも馬にかれた。踏まれた兵士の腕がありえない方向に曲がる。

 そんなこと戦場では常に起こることだ。誰も見向きもしない。


「……っ」


 けれどもその光景を目にして、颯瑪は体をすくめた。


(これが……戦争。僕が関わるべきじゃなかったんだ)


 悟った頃にはもう遅い。颯瑪は軍の衝突に巻き込まれていた。直感で大きな岩に隠れたけれども、いつ誰が襲って来るのかわからない。


「万籟、逃げるぞ! お前一人ならあたしが守れるっ」


 眼前に炎の化身――紅剣が舞い降りた。

 向かってくる矢を紅剣は空中で焼き尽くし、灰にさせた。あくまでも防御をするだけのようだ。とある時のように軍をそのまま壊滅させることはしないつもりなのだろう。


「逃げたらだめなんだ! 僕が止めないといけないっ」

「ただの人間が大口を叩くな! 死にたいのか!?」

「――だって僕が選ばれたんだ。コルグレスに」

「お前、そんな自信がどこから湧いてくるんだ!? 死ぬかもしれないんだぞっ。いいや、生きていられるはずがないっ」


 戦局は泥沼化しつつある。両国が衝突戦などという戦略なしの力比べをするとは思えない。

 紅剣は颯瑪の体にしがみつき、離れないように空を飛ぶ。飛ぶといっても高いところだと矢の的になりやすい。地面すれすれをうように飛行し、前線から引いた。


「フィンネルは後退したぞ。なあ、あたしにお前が知っている情報を教えてくれないか」

「コルグレスのこと? あ――誰か来るって」

「はあ? 答えになったいないぞ」

「君、わかっているんじゃないかな……来てるよ、何かが」


 何かを感じ、颯瑪は紅剣をかばうように立った。

 突如風の流れが変わる。

 砂埃すなぼこりが視界を遮った。暴風は続き、風の加護を受けているはずの颯瑪でさえも立っていられなくなりそうだった。

 加護をもたない人間は一斉に倒れふした。馬で前足を折り、大きな音をたてて崩れ落ちた。その馬の背に乗っていた騎手は空中に放り出され、体を地面に叩きつけられた。

 そうして嵐で立っていられる者はいなくなった。


「あ……」


 ドクンと心臓が高鳴る。一瞬だけ世界が二重に見えた。

 颯瑪が膝と手を地面につく。


『サツバ=セルヴァント=コルグレス』

「あ……あ、あ。うわあああああああああああああああ!」

『余の計画では覚醒を迎え、愚民を惨殺していくはずであったんだがな』


 天空から眩い光が降りてくる。戦場はすでに嵐でめちゃくちゃにされていた。立っている人間はおらず、倒れた人間が塔のように積み上げられていた。


(なんだよ、これ……。風? 人? 精霊? 王? 生命?)


 颯瑪は発狂して、頭を抱えた。言葉を話せる状況ではない。


「お前は誰だ!?」


 紅剣は颯瑪に覆いかぶさるようになりながら、虚空に向かって叫んだ。


『はっはっは。誰だと思っていたら戦女神いくさめがみではないか。前回の大戦ではようやった。上が褒めておったぞ』


 光が弾けるとそこには大柄な男がいた。その大きさは人間の範疇はんちゅうを超えている。颯瑪の身長を二倍しても男には届かないであろう。


『余は精霊をべし王。お主らに語るような低俗な名ではない』


 男は精霊王と名乗った。それが本当かどうか紅剣と颯瑪にわからないものの、精霊王のせいで二人は己の異変を感じ取っていた。体に虫が蠕動ぜんどうしているかのような気持ち悪さで発狂したくなる。げんに颯瑪は普段とは違う言語を発していた。


「落ち着け、万籟。……精霊王といったな。お前、何をした」

『無礼な。余に敬意を払え』

「紅剣、離れて……僕、抑えられない」

「抑えられないって――っ!?」


 ふわりと紅剣の足は地面から離れた。

 颯瑪を台風の目のようにして、風が流れ始める。始めはなぎのようだった。穏やかな風が土肌を粟立て、木々を揺らす。


「やめろおおお。出てくるなああああ」


 絶叫は悲鳴へと変わる。

 同時に風の勢いが増してくる。


『今回の風は戦神せんしんにふさわしい。ガハハハハハ! この力があれば打倒コルグレスの宿願を果たせるぞ!』


 目を細め、あごを掻きながら精霊王は言った。


「コルグレス様には手を出させない。……僕は風。コルグレス様に命を受けた一族っ」


 普段より覇気のある声が風に乗って戦場に響く。

 颯瑪の姿がぼんやり緑色に輝いている。まとう属性は風。流れる血潮に込められた空を旅する風の力。飛ぶことのできない体を空中で操れる風の力。


『ほほう。思い出したか、サツバ=セルヴァント=コルグレス。創造主の真名・コルグレスを語れることだけはあるのう』

「……その創造主に名を奪われた精霊がこの僕を操るなんて、嫌味にもほどがあるよ」


 颯瑪の剣が緑色に光る。紅の光を塗り替えるようにして緑の閃光を放つ。


「剣が嬉々として風を食べている。久しぶりの食事だからね、無理もないか。ごめんね、思い出せなくて。今まで一度も君を手放しはしなかったのに」


 言葉遣いは同じであるというのに、まとう雰囲気が変わっていた。好青年のような爽やかさはなく、獣ののような獰猛さで飼い主に牙を向けるかのようだ。


「……ネーセルさん、ごめんなさい。僕は人間になれません」


 そう呟いて、颯瑪は精霊王に剣を向ける。

 切っ先は澄んだ水のよう。迷いはなく透明だ。

 風の力を受けて颯瑪は飛ぶ。そして空を蹴るようにして加速した。


「風になれ あまけし 天馬てんまごとく ――神風かみかぜ


 一瞬で颯瑪は精霊王に肉薄した。それから背後をとろうと体の向きを変える。

 だが颯瑪の一閃いっせんは届かない。

 斬られると判断した精霊王は自身を包むように防御壁を展開させていたのだ。


「……外を固めても無駄だよ」

「小賢しい真似を……!」

「王が下の者に怒りをあらわにしちゃいけないんだよ。冷静にしてないと、臣下への示しがつかないんじゃないかな」


 颯瑪は楽しそうに笑う。それは獲物を追い詰めた猟奇的りょうきてきな笑みに似ていた。

 精霊王の防御壁は内側から力を受けて簡単に砕け散る。


「続けるの?」

「チッ……コルグレスの手下が……っ」

「そのコルグレスに君は負け、名前を奪われた。この箱庭を仕切っているだけでお高く止まるなよ」

「ふはははははははは! そうこなくては! いいぞ、サツバ=セルヴァント=コルグレス。その名、余の胸の刻んでおくぞ!」


 高笑いを放ちながら精霊王は消えていった。


「平気か? 万籟」

「……うーん、平気ではないかな……あ」


 颯瑪の体が崩れた。そんな彼を紅剣が必支える。

 戦場は精霊王が降臨した際に壊滅的な被害を受けた。

 とにかくここから離れようと紅剣は颯瑪の体を引きずっていく。


「風になってくれれば運ぶのが楽なんだが。……まだ万籟には無理だろうな。初めて出会ったときに感じた同胞の気配。それは剣でなく――お前自身だったのか」




 


 


 

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