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フィンネルの紅剣  作者: 楠楊つばき
Episode 3 生きとし生けるもの
28/55

25.先天性

 村から離れたところに人の手で切り開かれた一角があった。木は伐採され、雑草も取り除かれている。あるものというと風だけだ。小春日和に吹き降ろす風はどことなく温かい。この場所は訓練の場として村人に愛されてきた。山であるために平らな土地はほとんどない。作物の栽培も段々畑で大半が行われている。


 颯瑪と兜はその場所で斬り合った。使用したのは木刀であるけれども、真剣を持っているかのような気迫で一騎打ちをした。

 勝負で倒れたのは兜だった。彼は強く拳を地面に叩きつける。


「なんでお前に勝てないっ!? オレだって練習したんだぞ。お前に勝つためにっ」


 兜は言葉を続けていく。膝も手も土に触れたせいで汚れていた。彼の無念さや込めてきた思いを理解するには颯瑪は幼すぎる。


「力の使い方を教わり、確実に昔の自分とは違う。風の流れを読み、お前の太刀筋だってわかったんだ。負ける可能性はなかったんだよ!」

「…………兜。……ごめん」

「強者が弱者に言葉をかけるな」

「うっ……ごめん」

「謝るなって言ってんだろ!」


 体の内側から爆発してきた激情に任せ、兜は捨てておいた真剣に手をかけて立ち上がった。そして颯瑪を袈裟懸けに切ろうとする。


「兜が僕に勝てないのは仕方ないんだよ」


 颯瑪の体に刃が触れることはなかった。

 兜が手にしていた刀が颯瑪の直前で止まっていた。まるで鎧が颯瑪を守っているようだ。どんなに力を込めても、颯瑪の体に触れられない。衣服さえも切り裂けない。


「僕は万籟だよ。万物の、風に鳴る音」

「…………」


 颯瑪は緊張した様子もなく、兜が手にしていたやいばをつかんだ。

 するとどうだろう、刃が錆つきボロボロと崩れ落ちていく。


「――コルグレス。兜は知っているんだよね?」

「その名前をどこで聞いた。一部の人間にしか公表されていないものだぞ、颯瑪」

「兜は知っているんだね……」


 すうっと颯瑪は深呼吸をした。下ろされた視線は自らの手に向けられている。颯瑪の両手はところどころ皮膚が切れている。マメは潰れており、決して綺麗な手とはいえない。


「僕は変なおばさんに剣をもらったんだ。触れただけで意識が遠のいちゃったんだけど。それからかな、声がずっと僕に問いかけてくる。『コルグレス』って何度も言ってくるよ」

「……オレが知っているのは名前だけだ。あの二人なら教えてくれるかもしれない」

「金髪の子、怖いよね。蛇に睨まれているみたいで怖いよ」


 無表情のまま率直に印象を言う颯瑪を見て、兜は「変わったな」と言葉をもらした。



     *   *   *



 こうして三人はそれぞれの試練を終わしてきた。

 平然としているのは颯瑪だけである。

 紅剣とラグリは思いつめたかのような暗い顔をしていた。両者の差はそれを外に出すか内に秘めるかの違いだろう。


「ラグリ」

「…………」

「ラグリ、聞いているか?」

「……はははははい? どうしましたか、紅剣さん」

「それはあたしの台詞だ。お前、あのリンネという奴に何を言われた? というか、どういう関係なんだ」

「リンネ様は私の祖先の友人です。私ではお目にかかれないほど高位な方です」

「お前の祖先? あたしらに家系なんてあったかのか」

「あります。紅剣さんが忘れているだけです。恐らく紅剣さんもリンネ様と面識はあるはずです。現在"太陽"を語れるのはリンネ様だけですから」

「太陽とはなんだ?」

「……それも忘れてしまいましたか。紅剣さん」


 愛想も小想も尽き果てたようにラグリは言った。

 忘れている、という一言は紅剣の胸に刺さった。フレイから教わった以外にも、忘れていることがあると自覚したからだ。己の種族や特性。それらを知っていなければどこかで命を落とすかもしれない。


「あたしは一体何を忘れているんだろうな……」

「案ずるな、紅剣。天命を待て。"最後の冠"は汝を愛している」


 話題にあがっていたリンネが断言したおかげで、紅剣は胸がすいた。生き生きとした表情を取り戻し、周囲を見やる。

 そしてフードを被ったフレイに目を留める。見とれそうな赤い髪はフードにおさめ、チラチラと時々目が覗いている。その何にも興味をもたなそうな虚ろな瞳は作り物のようだ。


「フレイ、恩にきるぞ」

「いえいえ……僕も会えて良かった。他にも僕を探している方がいるようなので、長居できないのが惜しいです……」

「ラギという奴が探していたのはお前だったのか」

「僕のこと……でしょうね……まだ時期ではありません……ので会いません。それでは……おいとまさせてもらいます。……気をつけてください、いつどこで狙われるかわかりませんよ?」

「さらばだ、皆の衆」


 リンネが捨て台詞を残すと、二人は一瞬で消えた。魔法陣を描くとこもなく、姿を消した。

 身勝手な帰り方だ。こちらに何も言わさず、一方的に言いたいことだけを言って帰っていく。しかも爆弾を落としていったのだから。


「これからどうするんだ、颯瑪」


 兜が聞くと、颯瑪は下山以外に答えられなかった。下山した後を考えていなかったようである。兜に指摘されると、誰かに助けを求めようとはせず自らの頭で考えようとしていた。


「お待ちください、今お取り込み中です」

「ええい、行かせてくれい!」


 一人の男が使用人を押しのけて、紅剣らがいる部屋に乱入してきた。肩で息をしており、足元もおぼつかない。服は汚れており、ところどころ泥も付着している。


「王国と帝国が小競り合いをしている、という情報が入った! しかも帝国をひきいていたのは王国軍の将・フィンネルだという目撃情報がある!」


 一同に衝撃が走る。

 全員が驚きを隠せない中、最初に動いたのは紅剣だった。


「フィンネル……フィンネルが戦場にいるのか!? 行かせてくれ、あたしが話をするんだっ」

「……気の早い娘じゃのう。颯瑪、お主はどうする? 今から下山はちと辛いだろう」

「颯瑪、オレも風飛様の意見を尊重する。休んでいけ」


 風飛ふうひも兜も一泊することを勧めた。太陽が沈もうとする頃合ころあいであり、これから次第に視界が悪くなっていくであろう。それに情報を信じるとするならば、すでに一戦繰り広げられている可能性もある。


「僕は――」

「万籟。お前は他を率いるすべがわからないんだろうな」


 単独行動を主体としているからだろう、と紅剣は呟く。

 颯瑪は痛いところを突かれ、謝った。


「構わない、仕方のないことだ。お前が自ら考えられるまであたしが指揮をとろう。ラグリ、ネーセルとサヤカを呼んで来い。作戦会議だ」

「紅剣さんは、いいんですか? 追わなくてもいいんですか?」

「――フィンネルのことだ。九分九厘の確率で攻めあぐねているはず。あいつは幾多の戦場で勝利を飾った英雄。帝国についているならば、そう簡単には出てこない。あいつは王国の抜け道を知っているんだぞ」

「少数精鋭部隊を率い、王国軍のきょを突く可能性はどうせしょうか」

「それはない。まだ小競り合いなんだろう? どちらも大国だ。大きな戦いを簡単に引き起こすとは思えん」

「……君の考えを逆手にとって、両国が戦争する可能性もあるんじゃないかな……って僕は思うけど」

「いずれにせよ、ネーセルを待つべきだ。あたしはネーセルと話し合いたい」

「どうして紅剣さんはネーセル様にお力添えを願うのですか? ネーセル様は錬金術師ですよ」

「――ただの錬金術師がアレを研究しているとは思わないがな。あたしもアレを使わせてもらったことはある。万籟も試したんじゃないのか?」

「アレ……? ああ精霊剣のこと? うん、何度かね」

「ラグリ。お前に与えられた試練は知らないが、ネーセルを盲信するな。お前の身が滅びるぞ」

「……そんなことは」


 ラグリは言葉を失い、うっすらと顔に影が差す。瞳の色は濁り始めていた。

 


 



 

ラグリに与えられた試練については明記しません。

文中で感じてください。

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