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フィンネルの紅剣  作者: 楠楊つばき
Episode 3 生きとし生けるもの
27/55

24.紅剣 対 フィンネル (下)

 頭をガンガンと叩かれている。全身は悲鳴をあげており、そのせいで意識が朦朧としてしまう。フィンネルの発言を否定しようと体が拒否反応を示していた。

 目の前にいる人物はフィンネルであってフィンネルでない。館から脱出する際に現れたフィンネルとも違う。

 フィンネルの形をしたものが本人と同じ思考や感情をもっているはずがない。そうだ、虚構だ。あたしを惑わそうとする嘘なんだ。


「クレハ、動揺しすぎだ。顔にでている」

「ど、動揺なんてあたしがするわけないだろうっ」


 剣の柄から手を離さずに、クスクスとフィンネルは肩を上下させる。


「わたしの言葉はあくまでも一つの観点から見てだ。人間の思考は色々なものが絡み合う。喜怒哀楽だけではない。愛憎や復讐といったものもつきまとう。ここで問題だ、クレハ。わたしの望みは何?」

「……フィンネル」


 耳元で囁くかのように紅剣は呟いた。


「クレハはわかってくれるんだね。大きなヒントがなくても解けるんだもの」

「長い間、お前と二人っきりだったからな。なんとなくわかるぞ、お前の望み」


 紅剣が姿勢を低くする。それと同時に紅剣の後ろから火花が上がり始めていた。パチパチと音を立て、白い閃光があたりを照らす。


「綺麗だよ……クレハ」

「聞きなれた世辞だな」


 紅剣の顔に影が差した。身に宿す炎は怒りかそれとも悲しみか。

 火は生きているかのように自ら動き始める。渦を巻き、紅剣を守ろうとする。


(フィンネル……お前と別れたのは正しかったのだろうか。捨てられたような気がして、軍の中をあぶりだそうとした。……そこまでしてもお前は見つからなかった)


 剣を構え直したフィンネルを流星火りゅうせいかが襲った。空から火の玉が降り注ぐ。それをフィンネルはその身をもって受け入れた。


(裏切りなど戦場では、しばしば起こることだ。あたしも何度か遭遇した。信念の違い、価値観の違い。時には身分や生まれでさえも――。争う理由はそこらへんに転がっている。あたしがフィンネルと対立するのも近いだろう。その時、あたしはどうする? 誰につく? 万籟か? フィンネルか?)


 数刻前、颯瑪が『君は僕とフィンネルのどっちを選ぶ?』と紅剣に聞いてきた。


(万籟――)


 契約を重視するならば、颯瑪とともに歩んで行くべきだ。

 だが契約の破棄も手順を踏めばできる。颯瑪と一緒にいなければならない、というわけでもない。

 大切なのは自分で選ぶことだ。颯瑪とフィンネルのどちらかを、己の意思で選ぶことなのだ。

 きゅっ、と紅剣は唇を引き結ぶ。


「フィンネル」

「心は決まった?」

「わからない。お前との日々は素晴らしかった。あたしが人の群れの中で息をできるのも、お前のおかげだぞ」

「ならもう一度契約を結ぼうよ、クレハ。クレハの力がわたしには必要なんだ」


 フィンネルの体は火の輪の中心にあった。紅剣が命じれば、いつでもフィンネルの幻を消滅させられるだろう。敵の首に刃物を当てている状況だ。果たして紅剣にその刃物で斬首する覚悟はあるのだろうか。


「……あたしは」


 どちらかしか選べない。選ばれなかったほうは紅剣と敵対することになる。穏便な別れができたとしても、以前のような関係には戻れない。


「あたしは……武器だと思っていたほうが楽だった。"フィンネルの紅剣"と呼ばれている間は剣でいられた。目の前で大勢の人間が息絶えても、あたしには関係ない。フィンネルが手にしていた剣で相手の命を奪っても、どうでもいい。あたしは剣。その身も心も人間ではなく武器そのものだ。あたしはな――」


 紅剣は言葉を切り、フィンネルの目を見た。視線をそらさず、フィンネルの視線も受け入れる。


「フィンネルといたとき、あたしは一人ぼっちだった。フィンネル以外に誰もあたしに見向きもしない、そんな扱いだったし、あたしもそう扱った。……万籟と契約して、あたしは自分以外の同族に会ったんだ。そいつはあたしよりも人間の中で生き、のびのびと生活しているように見えた」


 ラグリ。昔、紅剣はラグリをテオと呼んでいた。再会したとき、ラグリは前よりも違っているように見えた。好きなものを好きと本音を言える人達に囲まれて、自分らしさを出しているようにも見えた。


「あたしは彼らの側につくぞ。契約が破棄されるまで、あたしは彼らを見守っていく!」


 紅剣が手を動かした。フィンネルを指差し、腹の底から声を出す。


「だからもう、フィンネルという幻影に囚われない!」


 紅剣の思いが収束していく。それは紅い剣の形をとり、フィンネルへと突き進んで行く。

 紅剣クリムゾン・ソード

 刺す瞬間は一瞬だ。フィンネルの形をしたものの腹を剣が貫いた。

 そしてフレイによって作られた幻影・フィンネルは霧散していった。



     *   *   *



 倒れた紅剣は過呼吸を繰り返していた。苦しそうに胸をつかみ、呼吸が緩やかになるのを待つ。


「頑張ったね……」


 フレイが紅剣の背中をさすった。

 紅剣はさめざめと涙を流しながらも、声色は高くしっかりとしていた。


「どうだ? あたしは勝ったぞ」

「お見事。戦利品は君についてだよ」

「あたしについて――」


 紅剣が目を見開くと、フレイは頷いた。


「僕と君は同じであって同じではない……なんとなくわかっているよね」

「ああ。お前は格上の感じがするぞ」

「それはね、僕が本家で君は分家みたいなものからだよ。前者は僕とリンネ。後者は君とテオ=ラグリ=ハーデンス」


 フレイは人差し指を立てた。


「君達は僕らと違い、この世界に籍を置いているんだ。別名・アセスノフィア。この言葉に何か意味があるわけではないよ。僕の世界の言葉だから」

「……世界とか、わけがわからんぞ。ここ以外にいくつもあるのか?」

「うん……特に精霊時間はこの世界にしかない独自のものだ。……精霊による精霊のための時間。それが何のために存在するか、君は考えことはある? なくてもいいよ。この世界はとある術式によって他の世界との干渉を絶っていた。――オドの手下が壊したようだけど」

「オド? 聞いたことがない名だな」

「いいや、君は何度かオドの干渉を受けている。僕が君の真名を言葉にしていけないのは、そういう事情なんだ。……ラギと同じような真名なんだけどね。――あ、秘術についても説明しないと」


 フレイは自身の手のひらに小さな炎を出現させる。赤を超して青白いそれは、フレイが言葉を発しなくても分裂したり色を変えたりする。


「これぐらいは君にもできるよね。ならこれはどうかな」

「……っ!」


 フレイによって生み出された灯火が紅剣の体を囲む。そして灯火はゆらゆらと紅剣の周りを踊ると、すっと紅剣の中に入っていく。

 ほのかな微光が紅剣の中で光り始めた。


「……? 何も感じないぞ」

「僕は……君が羨ましい。僕と似た存在であるのに、君は何のしがらみもなく、大空を飛び大地を駆ける。君がそんなことをできるというのに、僕はコルグレスに縛られ続ける。死ぬことさえも許される地獄の中を照らしてくれる存在はもういない。愛しき月よ。我が精霊の主よ。なぜあなたは僕を一人残していったのでしょう。太陽と月の子に僕を見守らせて。……怒りの業火、その身を喰らい――」


 フレイが唱えるものは呪詛。まじないが込められた言葉。一つ一つの言葉だけでは意味がない。感情を込めることによってその魔法は完成する。


「なんだ……これ。火があたしに反発している。火があたしを取り込もうとして――」


 気付いたときには遅く、紅剣は普段ならださない大声を発していた。紅剣の眷属けんぞくであるはずの火が主の体を喰らい尽くそうとむしばんでいく。


「思いは強いほど……力を増すんだよ。忘れないで、"フィンネルの紅剣"。僕とリンネは、君とともにいるよ……」


 寂しそうにフレイは言った。

 

 


 

 

フィンネルの性格についてはある程度決めております。

この話で出てきたフィンネルは偽物であるため、ところどころ話し方は本物と違います。

それと最近、人称についての勉強をやり直そうと思っています。とくにこの物語は"神の視点"で綴っているため、焦点をあてている人物が変化していますから。難しいです……。

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