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フィンネルの紅剣  作者: 楠楊つばき
Episode 3 生きとし生けるもの
26/55

23.紅剣 対 フィンネル (上)

 紅剣が連れてこられた世界は火に包まれていた。四方八方を赤く彩る火が地平線まで続いている。

 遠いところに一つだけ周りよりも大きな火があった。それは他のと違い、全く揺れない。絵であるかのように微動だにせず、その存在感は絶対的であった。


「こんにちは。"フィンネルの紅剣"」

「お前……猫が言っていた、あたしと同じ色をもつ奴?」

「うん。僕はある人物に引き込まれたんだけど……この世界も捻じ曲がっている。いつまで人間は大いなるものの手の中で……踊るのだろう」


 強者を目の前にして怖気づいているような弱々しい声でフレイは呟いた。

 目を離したすきに消えてしまいそうであるが、フレイがいるだけで火の精霊たちが活発に動き出す。もらい火をし、より火の力を強めていく。


「僕はフレイ。エグスの一人」

「あたしは"フィンネルの紅剣"だ」

「……わかっているよ。早く真名を……取り戻せるといいね」


 フレイは紅剣よりも少し身長が高いぐらいだ。髪の赤は紅剣よりも炎に近く、半開きの目も紅剣より神々しい。

 フレイを目にし、紅剣はたじろいだ。同じ存在といいつつも、両者の間には大きな違いがあった。それを紅剣は本能で知覚していた。


「なあ、お前……あたしと同じだなんて嘘だろ。お前のほうが炎そのものだ」

「僕は陽炎かげろう……揺れる様は人の心のよう。そんな存在だから……」


 フレイは夢を語るような少年の瞳をしてはいなかった。希望よりも絶望に染まっている。


「昔話をしようか」


 そう前置きし、いつかの夢を語りだす――。




「――これがエグスの歴史だよ。気に入ってくれた?」


 フレイは自嘲じちょうした。

 紅剣が抱いた感情も穏やかなものではない。


「気にる、じゃないだろっ!? お前はそれでいいのか!? そのままでいのか!?」


 どんなに紅剣が口を尖らせても、フレイの心は動かない。


「大切な者の死なんて見たくないんだ。……僕は待ち人。いつか僕を必要としてくれる人が現れるまで。……幾千の時をこの姿で歩んでいく。君が望むなら……僕は力を分け与えよう。……試練を与えて」


 フレイの足元が発光し、世界は赤から別の色へと塗り替えられていく。


「試練って、おいっ」

「勝っておいで、"フィンネルの紅剣"」


 背景が一転する。紅剣は立ち尽くしたままだった。一歩も足を動かしていないのに、世界は動く。

 紅剣は目をこすったり頬をひっぱったりして自分がここにいることを確かめた。


「――クレハ」


 誰かが語りかけていた。


「クレハ」


 その声を忘れるはずはない。

 紅剣をクレハと呼ぶのは一人しかいないから。




 遠くに見える地平線。それはどこかに続いているようで、きっとどこにも続いていない。

 こちらから近付くと、むこうは離れていく。この距離は永遠に縮まらない。


「クレハ」

「フィンネル……?」


 森閑しんかんと静まる世界。静かすぎて相手の息遣いも伝わってきそうだ。


「正気かフィンネル。あたしに剣を向けるのか?」


 姿勢を正しているフィンネルは腰にさげていた剣を抜き、紅剣に向ける。

 フィンネルの金色の髪と緑色の瞳はくすまずに輝いている。鋭い視線には強い意思が込められている。そんな決然とした姿を目にし、紅剣は眉間にしわを寄せた。


「愚問だね、クレハ。いつかはこうなる運命だったんだから」

「"運命"……幾度も戦況をひっくり返した奴が使う言葉ではないぞ」

「……後戻りなんてしないよ、わたしは」


 フィンネルはおもむろに剣を自身の前に持ってくる。刀身は紅色を宿してはいなかった。なんの変哲もない普通の剣だ。それがもしも巨匠きょしょうに作られた剣であったとしても、人間ではない紅剣を倒すには火力がたりない。


「勝負だ!」


 フィンネルが咆哮した。


(フィンネル……本気なのか? あたしに刃を向けるなんて。加護がない武器では、あたしを傷つけられないのに)


 本気のフィンネルに憐れみを向けるなんてことはできなかった。

 一緒にいた時間は本物だった。それゆえお互いがどういう人物であるのか理解している。腹の黒さも。思考の深さも。手の中は全て暴かれている。


(やるしかないのか? そうか、だからこれが――あたしの試練)


 紅剣が手を広げると、火の粉が空から降ってきた。

 これは人間が立ち入ってはならない聖域。

 火の粉が舞う、危険な聖域――。



        *   *   *



「敵に背中を見せるな!」

「っく」


 紅剣は風を切る剣をぎりぎりのところでかわした。

 フィンネルの一撃一撃は軽い。しかし一度捕まってしまうと畳み掛けるような連撃から逃れられなくなる。いわば蜘蛛くもの巣。捕まってしまったら、二度と逃れられない。


「ひるむな!」

「またかっ」


 流れるような剣劇からなかなか逃げられない。

 空へ逃げるとナイフが襲ってくる。

 地上にいるとフィンネル自身が肉薄にくはくしてくる。


「戦え! わたしを燃やしてみろ!」


 紅剣は防戦一方だった。一度もフィンネルを攻めようとはせず、守りに徹している。

 それがいつまでもつのだろうか。


(無理だっ、フィンネルを殺すなんてあたしにはできない!)


 二人で過ごした日々。それを忘れられたら――。

 思い出という鎖が体の自由を奪っている。身動きできず、こうして過去に縛られている。


「クレハ、武器の分際ぶんざいでよく綺麗事を言えるね。一体どれぐらいの人間がクレハのせいで死んだ? クレハの行いのせいで涙を流した?」

「それは――それが役目だからだ、あたしの」

「……認めたね。認めなかったら幻滅していたところだよ、クレハ。人殺し。それが人間ではないものの役目だ」

「どうしたんだフィンネル! お前はそんな小難しいことを言う奴ではなかったぞ」

「人間は変わるんだ。そのくせどうでもいいことで悩む、ちっぽけな生き物だ」


 フィンネルは剣をおろした。


「わたしは気付いてしまったんだ。クレハとともに歩いていたために、知ってしまったんだ」


 寒気を感じ、紅剣は数歩後ろにさがった。


(本物のフィンネルではない。でも、言葉は偽物だと言い切れられない)


 フィンネルとの対決。これはフレイより与えられた試練。フィンネルの外見は本物と大差ない。そのフィンネルが紡ぐ言葉は偽物なのだろうか、と疑い始めたら怖くなる。


「わたしがフィンネル家であることは自分自身が知っているさ。勘当かんどうされない限り、わたしはフィンネルと名乗る」

「……頭の弱いお前が言葉をつくろったってややこしくなるだけだぞ」

「見ない間に成長したんだね。鼻が高いよ」

「チッ」


 会話の中で行われた動作。

 フィンネルは紅剣に向かって表情を変えずにナイフを投げた。避けられなければ、ナイフが頭をかち割っているところだっただろう。


「逃げないでよ、クレハ」


 いやしくあやしくフィンネルは口角をあげる。手の中には次の投擲とうてき用ナイフが握られていた。


「フィンネルは、あたしを殺したいのか?」

「殺したくはないね」

「なあ……お前はどこを見ているんだ。お前の目にあたしは映っていない。いつも遠くを見ている。戦争時だってそうだった。お前は名誉を勝ち取るために戦っているわけではなかった。なにがしたい? なにをしようとしている? 家のためでもお金のためでもないなら、前線にでる必要なんてなかったんじゃないか」

「……わたしが前線にでる必要はあった。"フィンネルの紅剣"を見せつけるため、わたしは前線にでなければならなかった」


 雷が落とされたような気分だった。

 体が硬直し、いうことをきかない。

 フィンネルのナイフが紅剣の顔の真横を通り過ぎて行った。


「クレハ。キミが思っている以上に、キミはなくてはならない存在なんだよ。わたし一人だけだったら誰も見向きもしなかっただろうね」

「嘘だッ。フィンネルはあたしよりも強い。絶対に! 絶対に……?」


 突然紅剣は動きを止めた。目を見開くと、体の動きが全体にゆっくりになっていた。


「聡明だね、クレハは」


 フィンネルは目をつぶると、剣を地面に突き刺した。そして剣の柄に手を置き、紅剣を注視する。


「――"フィンネルの紅剣"の力を示すこと。それがわたしの役目だ」



 


 



 

 


 


 

 

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