22.風笙
08.冠 に登場していたキャラが再登場します。
その中に古語を使うキャラが一人います。たまにそういう言い回しが現れるかと。
颯瑪の故郷である村は、王国とは違う趣を醸し出していた。
登山が終わったこともあり、紅剣とラグリは自分の足で土を踏み、匂いを嗅ぎ、色づいた世界を目に収める。一番はしゃいでいるのはサヤカだ。彼女のマシンガントークはとどまるところを知らない。
「ねえねえ王子様。あの黄色いのなんていうの? あの赤いのは?」
「黄色いのはイチョウだよ。赤いのは紅葉」
「イチョウと紅葉。綺麗……」
年相応の顔でサヤカは風景を見ていた。うっとりとした表情は、とろけそうで甘い。
彼女は落ち葉の中から小さい実を見つけ、颯瑪にさしだした。
「これはなんて言うんですかぁ。……くさっ」
「それは銀杏。食べられるよ」
「王子様はこんなものを食べるのっ!? じゃあサヤカもいただきますぅ」
「サヤカさんは拾い食いするんだね。せめて洗おうよ」
「……っ!」
愛しの王子様に注意され、サヤカは紅葉よりも顔を真っ赤にした。
その他もろもろの質問に答えると、颯瑪が話を切り出した。
「とりあえず僕が案内しますよ」
「万籟、部外者をいれてもいいのか? 封鎖的な村なんだろう?」
尋ねたのは紅剣だ。腕を組み、颯瑪の一歩後ろにいる。
すでに大きな門を通ってきた一行は、まだ入り口でたむろっていた。山を登ってきたばかりのため、休憩しないと体がもたない。
村人はこちらに厳しい視線を向けている。紅剣がにらみ返すと、彼らは蜘蛛の子を散らすように去って行った。
「別にそんなことは――」
颯瑪が否定しようとすると、村の中から一人の男が近付いてきた。
「颯瑪!」
「あ、蛟さん。お久しぶりです」
「久しぶりじゃねーだろ、ボケが! 心配させやがって」
蛟という男に颯瑪は頭の両側から押さえ込まれるように拳をぐりぐりねじ込まれた。
痛い痛いと颯瑪は抵抗する。
「おいおい、もう降参か」
「僕を玩具みたいに扱わないでくださいよ」
「いーや、反応が薄いかんなオマエ。笑わないやつを笑わせたくなるのと同じだ!」
「どこが同じなんですか。それで要件は?」
「奥に待ち人がいるって伝えに来たんだ。ただ気難しいのか、呼ばれた奴以外通すなって言われてなぁ」
そのせいで村全体の雰囲気が悪くなってんだ、と彼は説明する。
「誰が呼ばれたんですか?」
「オマエと紅剣とラグリって奴だ。それ以外は別のところで待機してもらう。やや制限がつくけれども、あんまり気にしないでくれよ」
「わかりました。紅剣、ラグリさん行きましょう」
「うむ」
「かしこまりました。ネーセル様と離れるのは後ろ髪を引かれますが、私はそれでも!」
茶番を始めようと力を込めたラグリを紅剣が阻止した。襟首をつかみ、思いっきり引っ張る。
「ネーセル様~、私のことを忘れないでください」
引きずられた跡は地面に刻まれていく。
特に打ち合わせをすることもなく、呼ばれた三人は奥へと入っていった。
残されたネーセルとサヤカ。
登山中の出来事もあり、ネーセルは一際大きなため息をつく。
「年寄りの身を案じてほしいねぇ。酒が欲しいさ……」
服のポケットから葉巻を取り出し、火をつけて吸い始めた。
通された場所は周囲の建物より一回りも二回りも大きかった。屋根には瓦がしきつめられ、外に面している窓は全開だ。風通しはよく、空気が澄んでいる。
王国と違った空気を感じ、ラグリと紅剣は深呼吸をする。内側から力が溢れてくるようだ。己の属性がなんらかの好影響を受けているのだろう。
「風の力が溢れていますね」
「ラグリもそう思うか。……厄介だな」
「あ、ここから先は土足厳禁だよ」
そう言って颯瑪は靴を脱いだ。それがかくも当たり前という素振りだったため、後続して紅剣とラグリは颯瑪の行為を倣った。
「この匂いは何だ?」
「畳だよ。これ見るの初めて?」
「まあな……王国はどこも豪奢な作りだったぞ。外見は権力や財産を示すからな。あんなギラギラした宝石のどこに価値があるんだか」
ぼやきながら紅剣は畳の手触りを確かめる。気に入ったようで、足裏で畳をすりすり擦っていた。
「私もこういうものを自分の目で見るのは久方ぶりです。異国情緒をふんだんに盛り込んでありますね」
「ここでは当たり前なんだけどな……」
斜め上を見て、颯瑪は頬を右手の人差し指で掻いた。
奥には黒髪の老人と客人の三人、計四人がいた。彼らは木製のテーブルを囲うようにして座っている。
老人は腰が曲がり始める年頃だ。柔和な笑みを浮かべ朗らかな印象を受ける。
客人のうち二人は己の顔をさらけだしていた。一人は黒髪の青年で、もう一人は金髪の少女だ。
一人だけ茶色のくたびれたローブをまとっていた。顔もフードで隠されている。
「こいつ……」
違和感をおぼえたのは紅剣だけだ。けれども他のことにも目移りしていたため、何に違和感をおぼえたのか、すぐさま忘れてしまった。
部屋の隅に腰元が控えており、畳に頭をつけるようにして座っていた。
それを紅剣はあからさまに二度見する。
「見知らぬ者に頭を下げるとは、おかしな民族だ。腰が低すぎるぞ」
「そういう風習なんだ。君の着物だって、ここで生まれたものなんだよ」
颯瑪の言葉を受け、紅剣は己の赤い着物を見下ろす。この服を身に着けるようになって大分たった。懐かしいような複雑な感情で裾をつかんでいた。
「私空気です……出番増やしてください、切実に。……いえ、これも新しいおちょくり方なんですね。輪了解しました。私はネーセル様のためならば何でもいたします……それがたとえ汚れた仕事であっても……ふふふふふふ……」
「待ち人の前で雑談とは、ふてぶてしくなったのう颯瑪」
「じいちゃん、久しぶり」
「そんなに軽々しく言うな! 最近顔をだしていなかったじゃろ!」
「うん、用がなかったから」
あっさり颯瑪は答えた。
用がなければ人と極力関わらない。それが颯瑪という人間だった。そしてまた彼のせいで、二人のやり取りはだんだん飛躍していく。
「家族に顔を見せる、ということをお前は知らんのか!?」
「え……じいちゃん、子どもができたのか……?」
「違うわい! 客人の前じゃ、言葉を慎めっ」
「用がなくても会話しろって言ったのは、じいちゃんだよ」
老人は一回テーブルを叩いた。テーブルの上にあった茶飲みの中身が少しこぼれる。
外側にストレスを発散した老人の顔は晴れ晴れしていた。
「そのとぼけ具合、変わっておらんな。儂よりも早くぼけそうだのう」
「――風飛、それが颯瑪か」
客人の一人が言葉を放つ。その冷たい刃は会話を切り裂いた。少女のような声であるのに、人に有無を言わせないような威圧感がある。
「おっとすまんのう、客人の前で雑談するのは儂も似たようなもんじゃった。兜も颯瑪に会うのは久しぶりじゃろう、ゆっくりしておいき」
「自分は彼と手合わせできれば十分です」
「お前も冷えておるのう。冬になったら凍りそうじゃ。しかしまあ幼子を連れてくるとは。大人になったものよお」
ふぉっふぉっふぉ、と上機嫌に風飛は笑っている。
「あ、その二人兜の子どもだったんだ。おめでとう」
颯瑪は兜という青年と顔見知りのようだ。ずれた会話をしても怒られないぐらいの仲らしい。
「戯言を」
少女が兜の隠し子フラグを一刀両断した。
金髪という外見のせいなのだろうか、颯瑪はその少女をじっくり観察する。
「君の目充血しているね。大丈夫? それにオレンジっぽいよ。髪型も変だし。馬の尻尾みたいのが二つある。つまり変人だね」
「颯瑪、この方になんていうことを! 恐れ多い。孫の失言をお許し下さい、リンネ様」
風飛は座ったまま深く頭を下げた。それが土下座であることを颯瑪は理解していた。だからこそ、風飛と少女・リンネがどういう関係なのかわからない。
「ふむ、我を感知可能……万籟が他人の容姿に興味を示すのか」
「なんだお前。万籟はあたしの契約者だぞ」
リンネの含んだような言葉で警戒を強める紅剣。
ラグリはリンネの姿を穴があきそうなほど見つめている。
この世のものとは思えない、自ら輝く金色の髪。橙色の瞳はたまに赤みを帯び、周囲を威嚇する。
「リンネ……? 太陽のリンネ……?」
「あな懐かしや、テオ=ラグリ=ハーデンス。秘術を使ったらしいな、罰を覚悟しろ」
「……っおっしゃる通りでございます。申し訳ありませんでした」
「表を上げい。我は他を愚弄するために参ったのではない。黒猫……姿は見えないが、ここまで汝らを導いた。我が協力を仰いだあやつの意思を尊重しよう」
「猫? そういえば一緒に馬車に乗っていたね。どこにいったんだろう」
道中の襲撃まではいたな、と颯瑪は首を傾げる。
紅剣も不思議で仕方なかった。最後猫を見たのはいつだろう。いつの間にか猫がいないということを当たり前だと思ってしまっていたのだろう。
「……リンネといったか。話を続けろ」
紅剣の発言を咀嚼すると、リンネは首を横に振った。
「急いては事を仕損じるぞ、紅剣。汝らの力量を測らせてもらう。二手――いや一人ずつだ。……ラグリ。我が世界へ歓迎しよう」
「へ? は? え?」
暖かい光がリンネとラグリを包み込む。
「僕は……来て、"フィンネルの紅剣"……」
そこで初めて口を開いたのは、フードをかぶり顔を隠していた人物だ。そっと紅剣の手を取り、紅剣を優しく抱きしめた。そのまま二人は青白い炎に焼かれてるようにして姿を消す。
「颯瑪。再戦したかったよ。今度こそ勝つ」
兜は颯瑪に闘志を示した。
名前の間違いを修正しました。




