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フィンネルの紅剣  作者: 楠楊つばき
Episode 3 生きとし生けるもの
24/55

21.登山

 一行は山のふもとにたどり着いた。ぜえぜえ、とサヤカが荒く呼吸をする原因は颯瑪さつばだ。彼の案内は荒く、方向があっていればいいということで道なき道を歩かされたのである。髪には落ち葉がからまり、服のすそは枝にひっかかったせいでほつれていた。

 紅剣とラグリはそれぞれ依り代に収まっている。その選択は正しかったようだ。

 ちんちくりんがいたら森の中を歩かなかくてもよかったのに、とサヤカはぼそぼそ呟く。


「もう歩けないよ~。王子様、おんぶしてっ」

「嫌だよ。抜刀できなくなる」


 武器を優先され、サヤカは頬を膨らませた。




 颯瑪を先頭にし、サヤカそしてネーセルと続く。


「登るための山ではないので、かなり険しいです。それに道が滑りやすいです、気をつけてください」


 然程さほど高い山ではないが、いかんせん傾斜が厳しい。易易やすやすと登れるような山ではない。うっそうとしげる木々は登山者を邪魔しようとしていた。岩の表面は滑らかであり、うっかり踏み外してしまいそうだ。

 野鳥観察が唯一の楽しみだろうか。木の枝でさえずる彼らには、地面の状態など無関係だろうから。


「歩きかた等を簡潔に説明しますね。怪我されても困るんで」


 最後の一言がなければ颯瑪はただの好青年であっただろうに。

 軽い足取りで彼は奥へと入っていく。足場の悪さという障害を受けることなく順調に進んでいた。

 サヤカはげんなりとした顔で斜面を見上げる。


「サ、サヤカもう歩けな~い」


 山に着くまでにも相当な労力を使った。ここで音を上げるのも仕方ない。


「ここって野犬多いよ」

「えっ!? 王子様ぁ、嘘ですよね~」

「……はぁ、なんで私が引率者になっているんだか」


 最後尾をネーセルは、渋々歩いていた。最年長である彼女はあまり疲れた様子もなく、時々現実逃避するかのように風景に目を向けていた。




 傾斜が悪いこともあり、動物が簡単にすめるような環境ではないらしい。野生の動物にあうことなく順調に歩みを進める。


「登山の時は膝を上げるようにして歩いてください。つまずいても知らないんで。あとは足の裏全体で着地するといいですよ」

「はい、王子様ぁ。ずしーんずしーんって歩けばいいんですねっ。頭いいっ」

「足は開いて歩幅は小さく。疲れない歩き方だからオススメだよ」

「開くのに歩幅は小さい? 無理だよぉ。そんな器用に歩けないよう」

「外側に足を開くんだよ、サヤカくん」

「外……開脚!? サヤカ、恥ずかしいっ」

「……この子の頭の中、どうなってるんかねぇ」


 キャッキャと一人で騒ぐサヤカを無視し、一行は山道にでた。それから開けた場所に出るまで一気に進む。あらかじめ水分補給できるものを購入していたためか、誰も行動不能にならずに山小屋まで来れた。

 それまでに颯瑪がサヤカをおんぶしていたなど三人以外知らない。背中に感じるものは何だろう、と純情を発揮している颯瑪を殴りたいと思っていたのはネーセルだけだ。


「あ……」


 ふと颯瑪が足を止める。

 彼の視線の先には、二人組がいた。茶色のコートは薄汚れており、ところどころ染みが付着していた。

フードをかぶっているため、顔はよくわからない。体格は大人と子どもで、大きい方は小さい方の二倍の身長がありそうだ。

 無意識にサヤカは颯瑪の後ろに隠れた。


「登山ですかい? 良かったらご一緒しません?」


 一番大人であるネーセルが話を切り出した。

 すると身長の高い者が前に躍り出た。フードをおろし、顔をさらけ出す。男の額には傷があった。角張った顔つきには貫禄があり、無精ひげも似合っていた。


「……ありがたい申し受けだ。受けたいところだが、生憎ワシらは帰らなきゃいかんのだ」


 地響きを連想させるうなるような声。颯瑪よりも低い。

 近付いてみると、体全体がとても大きく見える。同じ性別である颯瑪も見上げるほどだ。


「そーなんだぜ! って、帰っちゃうのか!? オイラはまだ残る!」


 男の話に便乗し、言葉を発したのは小さな方。その中性的な声には元気がみなぎっており、疲れを感じさせていない。まだ残る、というのもその元気から来ているようだ。


「いいや、ラギ。駄々(ただ)をこねるな。すでに数日もいるんだ、このままだと食料が尽きちまう」

「ジオオジサンがわりぃんだ! いっぱい持ってく、って言ったじゃん」


 大きい方がジオ、小さい方はラギというらしい。


「その大半を誰が食べた? あ?」

「オイラ……だもん。けどさけどさ、アイツいねーんだもん! 見つけるまでオイラここにいる」

「可愛い顔したって帰るぞ。それにワシより長く生きてる坊主がどこにおる」

「ここにいるっ!」


 ラギは上機嫌に胸を張る。

 一方、颯瑪らの思考は止まりかけていた。出会ったばかりの二人は目の前で漫才まんざいをしている。彼らの会話に横入りできず、ただただ時間だけが無情に過ぎていく。


「……こほん。流れを切ようか。君達は誰かを探してこの山に来たのかい?」

「うん。オイラね、『エグス』を探してんのー。あ、エグスって『かんむり』だよ。火を統べし聖火が由来~」

「エグス? 冠?」


 颯瑪がオウム返しをすると、ラギが誇ったような顔で「そうだぜ」と相槌あいづちを打った。


「オイラは火の子。エグスに血を連ねし一族。この幼い外見は人間を騙すため~なんちゃって。ねぇ、オニイサンの剣、変な感じがする~。何入れてんの?」


 その一言で周囲の温度が急激に下がった。

 本人は軽い気持ちで言ったかもしれないが、警戒心をもたせるには十分な言葉だった。


「武器しまってよっ。不思議だねって言いたかっただけもん! うわあああああん。オニイサンがいじめるうううううううううううう」


 ラギがジオに抱きついた。身長差が大きいため、足にまとわりつく猫のようだ。ジオは慣れた手つきでその猫を肩車した。「オジサン、ダイスキっ」と太陽のような笑顔を浮かべ、ラギはジオの頭にしがみつく。


「……あ、オイラが説明しないといけないんだった。いけないいけない、幼児化してしまったぜ」


 それがお前の本性だろう、と誰も突っ込まなかった。これ以上茶番に付き合うと、脱線しすぎて本題に戻れなくなりそうだった。


「オイラの真名まなは、エグス=ラギ=グランドール。オニイサンの剣は?」

「通称は"フィンネルの紅剣"。名前は知らないよ」

「げ、知らない!? マジか。かわいそうだな……」

「かわいそう? どこが? 剣として生まれて幸せじゃないのかな」

「……オニイサン、オイラ怒るよ。二度としゃべれない体にしてやろうか?」


 ほとばし閃光せんこう。それは紛れもなくラギという少年から発せられていた。フードの下から見え隠れする瞳は怪しく輝いている。


「やだなー、君を怒らす気なんてないよ」

「無自覚こえー。オイラちびりそう。……いいの? オニイサン。ほかにもいるのに。……すんげーヘン。外見と気配の数が一致しねぇもん。気味悪きみわるっ。オイラ中途半端だからよく見えねーけど」


 一瞬で光は収まった。ラギはジオの頭にしがみつき、落とされないよう踏ん張っている。


「ラギ、下山するぞ」

「うんっ。こんなに話してんのに、エグスが無反応なんだもん。オイラ疲れた。……そうだ! オニイサン、一つ良いこと教えてあげる。エグスはね、いっぱいいるんだよ。けど一つだけ別格のヤツがいるんだ。オイラはソイツを探してる。次会ったらヨロシクだぜ」


 意味深な言葉を残し、ジオとラギはにぎやかに下山していった。


「嵐のように去っていったねぇ」

「サヤカ、びくびくして膝ぶるぶるですぅ!」


 一発触発とした空気から解放され、三人は一気に気を緩めた。

 山小屋は目の前にある。目的地は逃げないので、そう急ぐこともないだろう。


(エグス……聞いたことあるようなないような)


 モヤモヤしながら、颯瑪は静かに目を閉じた。




 山小屋で一休みすると、一行は山登りを再開した。

 始めとは違い、颯瑪の隣に紅剣がいた。足を動かすのを放棄し、空中に浮いている。半分だけ人間になっているようで、赤く半透明になっている。


「万籟、この先に何があるんだ?」

「言ってなかったっけ。僕の生まれ故郷だよ」

「お前の……だから地図にもない場所を知っているのか。納得したぞ。それでお前みたいな奴はどれくらいるんだ?」

「数えたことはないけど、村人全員だと思うな。よく風が吹いてくるんだ。風車もあるし、幼い頃から風とともに暮らしている感じかな」


 良い場所だよ、と颯瑪は述べる。

 紅剣は彼の表情をうかがっていた。颯瑪は先頭なので、後ろを歩く二人は彼の表情などわからない。

 穏やかな笑みだった。悔いなく死んでいくような顔だった。


「……さっき出会った奴、ジオとラギって名乗ったな。お前はどう思う? 小僧の言葉を信じるのか?

エグスや……真名のこと」

「覚えてないなら、別に思い出さなくてもいいんじゃないかな。何かが変わるっていうわけでもないんだよね。パワーアップするなら推奨すいしょうするけど」

「まったく、灰汁あくが強い奴だな。パワーアップしてもお前が扱えなければ意味ないぞ」

「それもそうだね。……紅剣を握ったら僕、興奮しすぎて夜しか眠れないよ」


 何言っているんだお前、と紅剣は白眼しろめで彼を見た。


「ずっと君に聞きたいことがあったんだけど、聞いていい?」

「なんだ、改まって」

「君は僕とフィンネルのどっちを選ぶ?」

「変わった質問だな。お前はあたしの現契約者だ。窮地に瀕した時、必ずお前に手を貸そう」

「そうじゃなくて。僕とその人が戦うことになったらどうする? この流れだったら王国と帝国は戦争を始めるよ。君の前契約者が帝国なら、そういう可能性があるじゃないか」

「正直、お前と過ごす日々も楽しいぞ。フィンネルと出会う前にお前と会っていたら、簡単に答えられただろうが……」


 紅剣は視線を泳がせた。

 それを見て、颯瑪は頷く。


「やっぱりいいや。また後で聞くよ」


 表情を変えずに、颯瑪はそう言った。

 少しずつ山頂に近付いていた。

 木々は赤く色づいていた。黄色に変わっているものある。葉っぱがひらひらと舞い落ちる様子は優雅だ。落ち葉のおかげで、道もほんのり色づいているように見える。


「わぁ……」


 感嘆したサヤカが声を上げた。目を輝かせ、腕を大きく広げている。


「ようこそ、風の街・風笙ふうしょうへ」

 

 一行を先導していた颯瑪は振り返り、曖昧あいまいな笑みを浮かべた。

 

 


 

 


 


 


 

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