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フィンネルの紅剣  作者: 楠楊つばき
Episode 3 生きとし生けるもの
23/55

20.検問

 日が暮れる前に王国領に入ることができた。


あねさん、この先で検問をやってるみたいっすよ」


 ツェードが後ろに聞こえるように声を張り上げた。ちなみに彼の手には双眼鏡が握られている。


「検問か……本格的に動きだしたのかねぇ」

「俺は許可証あるんで大丈夫だけど、乗客はどうだ? 姐さんは顔が広いからいいとして、颯瑪とその他はヤバイんじゃね?」


 ネーセルの一言を受け、ツェードは乗客の顔をそれぞれ伺う。首をひねっているので死角が生まれるものの、全員の考えを求めた。


「あたしとラグリは武器に隠れている。ラグリもそれでいいだろう?」

「はい」

「んま、検問っていってもどれぐらい乗客について尋ねるか……なんて尋ねる方の器量だ。多少ならツェード様の光り輝く会話術でフォローすんぜ」

「ツェード、会話は光らないよ」

「おいおい冗談ぐらい通じろっての。何年持ちつ持たれつの関係続けてんと思ってんだ」

「えーっと、うーん……何年だろ?」

「さーつーばあああ」

 

 颯瑪とツェードの言い争いは平行線をたどろうとしていた。

 サヤカは颯瑪にピタッと寄り添い、ネーセルとラグリはこういう状況を見慣れているせいなのかあいの手を入れようとしない。


「学習性のない奴だな……あきれもせんぞ」


 紅剣も何度か今のような意思疎通ができていない会話を颯瑪としたことがあった。

 その脱線した話を紅剣が元に戻そうとする。


「ツェード、万籟のことは無視しておけ。順番が近いぞ」

「チッ……へいへい。颯瑪、覚えておけよ!」


 ツェードは前方に目を向けた。馬車の中ではまだ会話が続いている。


「僕は何を覚えておけばいいのかな……?」

「その話題はもういいだろう。あたしは剣に入るぞ」


 紅剣はそう言ってから、ラグリは無言のまま己の依り代に入っていった。


「サヤカは……」


 ぼそっと呟くサヤカ。自分の腕で自信の体を抱きしめる。手先は少し震えていた。


「サヤカ腰抜けちゃったみたい、王子様ぁ手を貸してよん」

「王子様って僕のことだっけ……。じゃあ腕出して」

「あわわわ」


 と変に動揺しながらも、サヤカは腕をぴんと伸ばした。それを颯瑪が根元から引っこ抜くかのように引っ張り上げる。


「これでいい?」

「ありがとうございます、王子様ぁ。……けどね、ちょっと痛かったよぉ」

「あ、加減できなかった。ごめん」

 



 それから十数分後、ツェードが疲れた顔で戻ってきた。意気消沈いきしょうちんしており、背筋が少し曲がっている。そして彼は言葉を濁すようにして告げる。


「はぁ……嘘だと思いてぇんだが、事実ならしょうがねぇか……。検問じゃなく入国制限らしいんだ。とにかく全員来て欲しいんだぜ」

「入国制限ねぇ……。王国民であることを示せばいいのかい?」

「その通りっす姐さん。颯瑪、持ってきてるよな?」

「うーんと、身分を示せるものだよね。多分あるよ」


 ごそごそと颯瑪は自身の荷物をまさぐる。

 ツェードは颯瑪が持っているか否かを聞く前に別の人に話を振った。


「良かった。お前のことだから持ってないと思ってたぜ。それでサヤカちゃんは? ある?」

「……え? そ、その……あ、ああああああああああっ」

「サヤカちゃん!?」


 突然サヤカが取り乱した。何かにとりつかれるように馬車から飛び出し、走っていく。


「しまった! 颯瑪くんも追うよ!」

「あっ、はい。ネーセルさんっ」

「ちょっ待てよ! 次なんすけど!」


 ツェードを残し、ネーセルと颯瑪はサヤカの後を追った。




「きゃあああ。いやっ、放して! 触んないでよ!」

「無理だ、小娘が。身分証明ができなければここを通さん」

「サヤカは子どもだもんっ。何もできないよぉ。身分証明なんていらないでしょ……お願ぁい」

ねずみ一匹も通さぬように、とお達しが来た。たとえ幼子であろうと、ここは通さん」

「だったらサヤカを捕まえる必要なんてないよね!? 放してっ!」

「暴れるな」

「放してっていってるでしょ! このデブ! 王国の犬! 熱湯で火傷しちゃえばいいのに! 粉つけてこんがり焼けちゃえばいいのに!」


 サヤカは自身の動きを封じ込めている兵士をポカポカと叩いた。あいているのは左腕だけだ。右手首は兵士にきつく握られているため、思うように動かせない。


「……ぜえぜえ」

「もう終わりか。悪いがお前を通すことはできない。帰れ」

「帰らないっ。ちんちくりんの火で丸焦げになっちゃええええ。そうだよ、あのちんちくりんだったらできちゃうよ。なんたって火なんだもん」

「火? もしや――」

「サヤカさん!」


 颯瑪の声を耳にし、サヤカは顔をほころばせた。同時に抵抗の手も止める。

 サヤカは兵士に捕まっていた。といっても、元々サヤカが静止の声を聞き入れないせいだ。王国の秩序を守るために門番である兵士が彼女を捕まえたのだ。


 高い声色で無遠慮に兵士をののしるサヤカの声は周囲に響き渡っていた。すれ違う人々は皆二人に目を向ける。

 颯馬とネーセルは案外早くサヤカを見つけ出せた。小走りで彼女のそばに寄る。


「王子様ぁ。サヤカを助けに来てくれたの! これって相思相愛っ!? ふふふふふ……」

「黙りなさいサヤカくん。これ以上騒ぎするようなら置いていく。颯瑪くんも異存ないよねぇ?」

「ありません。本来彼女がついてくる予定などありませんでした。このお荷物と別れたら肩の荷も軽くなりそうなので捨てていきましょう」

「おう、じさま……? 嘘だよね? サヤカを捨てるのぉ? そんなことしないよね?」


 サヤカの顔がみるみる青ざめていく。まるで死刑勧告を受けた囚人のようだ。それも冤罪えんざいで捕まった哀れな囚人――。


げんに君は僕らの"帰国"を邪魔した。君がいなければ、僕らは何も障害なく帰れたんだ。国を出たのは探し人を連れ帰るため。その予定に君は組み込まれていない。平和ボケした頭でも、それぐらいはわかるはずだよ」

「そんな……おうじさまあああああああああ。サヤカを見捨てないでっ。何でもするからぁ。しょ――へぶしっ」


 ネーセルのげんこつを受け、サヤカはふらりと倒れた。倒れた彼女を颯瑪がお姫様だっこをして持ち上げる。

 咳払いをし、ネーセルが兵士にむかって飄々(ひょうひょう)とした感じで話し始めた。


「この子は捨て子でさ、身分を証明できるものがないんだ。そのくせ虚言癖きょげんへきもちでね。だから行き過ぎた言動には目をつむってほしいんだ」

「そうでしたか。事情を知らず、子どもを責めるような言い方をしてしまった。大人気おとなげない」

「いやいや、そちらが捨て子を見捨てる体制であることぐらい、とっくの昔からわかってたんでねぇ。ちょいと寄り道して、他に受け入れてくれるところを探すさ~」

「……申し訳ない。こちらの都合で国籍不明者の入国は禁じられている。他国との軋轢あつれきを大きくしたくないんだ」

「わーかってるさ。私も一時期軍にいたんでねぇ。上からグチグチネチネチ言われるのが気に食わなかった時期もある。そうだ颯瑪くん、彼女を連れて行きなさい。御者に馬車を出させる」


 颯瑪は兵士に会釈えしゃくし、サヤカをお姫様だっこしたまま馬車へと戻っていく。

 その場に残されたネーセルと兵士は、颯瑪が去ったのを見送るとがらりと雰囲気を変えた。

 眼鏡の位置を直し、兵士の真正面に立つネーセル。ややふんぞり返っているような立ち姿は堂々としており、眼鏡の奥から放たれている視線は厳しい。


「さあて、聞きたいことがあるようだねぇ?」

「よく気が付きましたね」

「言っただろう。私は軍に所属していたんでね。……力づくは嫌いさ。率直に聞いてくれるとありがたいねぇ」

「一つ質問を。あの小娘が言っていた『ちんちくりんの火』とは…… "フィンネルの紅剣"のことではないのか?」

「――"フィンネルの紅剣"。有名な噂だねぇ。でも紅剣っていうぐらいなんだからさ、剣なんだろう? 英雄フィンネルが使用した剣。あの子はそれを例えとして使ったんじゃないかね」

「……はは、参りました。そういう風に伝わっていたんですね」

「そういう風に?」

「いえいえ、詮索しすぎたようだ。中に入れてはやれないが、見送りだけはしよう」



     *   *   *



 馬車に颯瑪、ネーセル、サヤカ、ツェードの計四人がそろった。

 ネーセルは先程の兵士とのやり取りもあり、どこか気が立っていた。そんな彼女が議論の中心となるため、ピリピリとした空気が漂い始めた。

 


「この検問を通らないとさ、王都にもワタリにも帰れない。ツェードくんは知らないかい? 抜け道か地図にはないルート」

「聞いたことはないっす。山はありますっけど」

「……このメンバーで登山は骨が折れるぞ。それに必要時間不明、どこに繋がっているのかもわからない。迷って出られなくなっても知らんぞ」

 

 紅剣が現れ、そう助言した。普段と変わらない態度。だが刺々しい雰囲気のせいか、一人だけ過剰な反応を示した。


「ご、ごめんなさい……サヤカのせい……。サヤカがいなければぁ……」

「メソメソするな。あたしがお前についてるぞ」

「……っ。ち、ちちちちんちくりんには言われたくないもん! メソメソなんてしてないもん!」

「お前はそれでいい。前を向いていろ。……ここで話は変わるが、万籟は詳しいんじゃないか? この前、外で訓練していただろう」

「ああ、あれ……」


 颯瑪はしばし黙りこくった。表情を変えず、片手は口元を触れている。


「……うん、そうだよ。ここは僕のホームグラウンド。検問を通らなくてもワタリに行けるよ」

「へぇ、初耳だね。君より長く生きてる私でも聞いたことがない」


 ネーセルが颯瑪の言葉に素早く食いついた。颯瑪よりも一回り年上ということもあり、情報の信憑性しんぴょせいを疑っているようだ。 


「一族しか知らない秘境ですから。案内しますけど、口外しないでくださいよ」

「おー、登山ルートか。そんじゃ俺は失礼するぜ。次の仕事が俺を待ってるし。…………警戒しろ、颯瑪。女の子を守るのはお前だからな」


 そう耳打ちされ、颯瑪は頷いた。

 直後ツェードの背中にネーセルの平手打ちが炸裂さくれつする。


「そうかい。次の機会も頼むよツェードくん」

「いだっ……もう頼まれたくないっすよ……んじゃ、またな!」


 ツェードは手を振り、馬車に乗り込んだ。







大所帯になってきたので、会話文が多くなってきました。

だというのに次回新キャラ登場してきます。

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