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フィンネルの紅剣  作者: 楠楊つばき
Episode 3 生きとし生けるもの
22/55

19.銀色の月

 むくりとサヤカの体が起き上がる。腕はぶらりと力が入っておらず、足元はふらついていた。たたらを踏みながらも彼女は外に出ていこうとする。


「どこへいくんだ!? 外は危険だぜっ」


 ツェードがサヤカの腕を引っ張った。

 腕をつかまれ、サヤカは一瞬ツェードに視線を向ける。

 彼女の顔を見て、ツェードは思わず息を止める。サヤカの目は光を失っていたのだ。ドス黒く染まった瞳は定まっておらず、息が顔にかかるほど近いというのに二人の視線は一向にかち合わない。

 ツェードは悪寒をおぼえた。けれども、腕を放してはならないという理性が彼をつなぎとめる。


「なんだテメェっ。サヤカちゃんじゃ――」

「邪魔だ……退けろ」

「わっ!? ……ぐっ。そこまでしなくても……いいじゃねぇ、か……」


 床に叩きつけられたツェードは後頭部を殴打し、気を失った。

 手を振り払われる覚悟をし、ツェードはサヤカの腕をつかんだはずだ。だというのにツェードは床に叩きつけられた。サヤカが彼の腕を引きちぎるかのような強い力でつかみ、放り投げたのだ。

 

「……これで邪魔者はいなくなったか。……いや」


 サヤカは視線を下に落とした。そこには猫がいる。黒い毛と銀色の目をもつ猫が。


「猫か。……始末しよう」


 すっと腕をあげるサヤカ。

 猫はサヤカの異変を察し、普段よりも大きな声で威嚇いかくする。飛びかかる準備はできているようで、一定の距離を保ちながら鳴き続けていた。


随分ずいぶんわめく猫だな。痛みを感じさせずにかせてあげよう」


 足元に大きな魔法陣が展開した。術者であるサヤカはアルカイックスマイルを浮かべている。これまでのように感情と表情が直結しているのではなく、腹の中に色々詰まっているような笑顔だ。


「にゃああああああっ」


 猫が飛んだ。サヤカの腹に飛びつき、引っ掻いた。

 服を引き裂かれ、サヤカは無意識に手を腹にあてた。一度中断してしまった術を再開しようとしたが、猫が茶々を入れてくるために詠唱を完了できない。


「よっぽど死にたいんだね」


 サヤカが目をひん剥いた。瞳孔は開かれ、茶色の瞳が白目に丸くおさまっている。そして手を猫に伸ばした。


『――その程度で我をくだすつもりか』


 どこからか声が聞こえてくる。サヤカはきょとんとするものの、数秒でニタニタと口角をあげた。


「おや、人語を話せるんだ。ただの猫ではないんだね。……脱出を手伝ったのはキミかい?」

『……ご名答』

「厄介だな。外部からの接触か。それ以外の方法だは思えない」

『檻を壊した張本人がのたまうのか』

「猫の姿をした同族か。一緒に天下をとろうよ。ボクについてくれば、甘い夢を見られる」

『我はれ合いを好まぬ』

「交渉決裂か。……まあいい。キミの属性、見ただけではわからない。興味深いな。ボクとは違ったタイプだね」

『お主など我にとっては赤子も同然。言葉を慎め』


 そう言われ、サヤカは目の色を変えた。顔から笑みが消える。背後から漂うのは他者を問答無用で従わせるような威圧感。堂々と構え、サヤカは一歩もゆずらなかった。


「説教ね……。要するにボクの敵になると言いたいのかい?」

『勘違いもはなはだしい。根源の異なる存在の争いは無価値だ。――ね』


 銀色の鱗粉りんぷんが猫の体から吹き出した。それはもわもわと幻想的な世界を作り出し、チカチカと輝く光が灰色で染まった世界を覆う。それは猫のための空間。猫の目と同じ色がその空間に溢れている。

 そのような光景を目にしても、サヤカは悠然と構えたままだった。


「……次会うのが楽しみだね」


 そう言い残して、サヤカの体が崩れ落ちた。すやすやと寝息が聞こえたのは、その直後だ。腕を枕替わりにし、サヤカは寝始めていたのだ。

 二人が倒れているそばで猫は尻尾を動かし、にゃあにゃあ鳴いている。

 


  

「お前は何者だ? ただの猫ではないんだろう。あたしの目はごまかせんぞ」


 静まり返った馬車に近付いてくる影一つ。その影は赤黒い。

 ――紅剣だ。


「見たことのない属性だな」

『……この世界に存在しない力だ。概念が違うためか、やはり影響力が弱くなる』

「まるでここ以外にも世界があるかのような台詞だな」

『お主が気にかけるべきことは他にあろう? "フィンネルの紅剣"。お主はフィンネルに刃を向けられるか? 己の名と、自らの存在理由を思い出せられるか?』

「どこまで知って!?」

『全部だ、幼きエグスよ――』


 最後、猫の姿が一瞬だけ別のものに変わった。黒色のボロボロな外套がいとうをまとい、フードで隠した顔。隠しきれない銀色の髪は長く、光によって色を変える。姿かたちは人となんら変わらない。なのにどこか懐かしさを覚え、そんなわけがないと紅剣は頭を横に振った。


「あたしと……同じだ」


 刹那せつな、何かを悟ったかのように紅剣は深く頷いた。


『また会おう、同胞はらからよ』

「おい、待て! お前はなんで『クレハ』を知っているんだ!? その言葉はフィンネルとあたししかしらないんだぞ!?」


 銀髪の人は紅剣の頬に触れた。驚きながらも紅剣はそれを受け入れる。


「赤くなった?」


 銀髪の人のフードの下から見える髪が一瞬で赤く染まっていた。髪の色が銀から赤になったのである。


『我が特性、属性に応じ色を変える能力。――エグスよ、お主と同じ色を宿やどす者を探すといい。あやつは儚げな奴だ。それを見守る太陽も、お主に力を貸すだろう。我は月。ゆめゆめ忘れるな、お主が何者であるかを』


 先程まで触れられていたところに紅剣は口づけをおとされた。

 それから人であったものは猫に戻った。


「猫……月。そうかお前が……あたしたちの……」


 紅剣は胸に手を置いた。


「――――」


 愛おしむように、ささやくようにその言葉を呟いた。

 


     *   *   *



「……ん」

「起きたか、サヤカ」


 しばらくして、サヤカは目を覚ました。馬車はほとんど揺れていない。紅剣などがいなければ、サヤカは恐らく馬車に乗っていることを忘れてしまっていただろう。


「というか、なんでちんちくりんが……いたっ」


 べしっ、と紅剣に頭を叩かれた。その痛みでは泣かず、むしろ紅剣に嬉々として茶々をいれようとするサヤカ。この二人は波長が合うのか、叩き合いながらも上手くやっている。


「その平和な頭を割ってやろうか」

「助けて王子様~」


 サヤカの甘ったるい声を誰も気に止めなくなるくらいに彼女は周囲に溶け込み始めていた。

 一行のスルースキルが磨かれたのは彼女のおかげだといっても過言ではない。


「まあまあお二人さん、それぐらいにしておきなよ。でさ、やりたいことはあるかい? 休憩するために街によるんだ。そんなに時間はとれないがね」

「休憩できるの!? 一泊できるの!?」

「遠足じゃないんだぞ」


 紅剣にぎろりとにらまれ、サヤカは顔を強張らせる。時が止まったかのように数秒間表情筋が動かなくなっていた。


「馬車を止めるぜ~」


 そうして馬車が制止する。どうやらサヤカが起きた頃には、すでに目的地にたどり着いていたようだ。旅慣れないサヤカを気遣い、実は最大スピードも抑えてあった。


「あのなあサヤカ。夜道は暗いんだ。襲われても知らんぞ」

「だ、だから一泊しようって言ってるの! ちんちくりんこそ脳みそ筋肉だよん!」


 脳筋、脳筋とサヤカがもてはやす。

 うんざりした紅剣は嘆息すると、姿を火に変えた。真っ赤に燃え上がった後、そこには火の粉が舞っている。


「うひゃああああああ。やめてよぉ!」


 顔を真っ赤にして、サヤカは叫んだ。人間が変身する瞬間を目にしても驚かないところをかんがみると、サヤカも意外と肝が据わっているようだ。順応性が高い、とも換言かんげんできる。


「僕達そんなに物を持ってきていませんからね。戦ったばかりだし、休むことは大切だよ。休めるときに休んでおかないと。これから先、また何かに出会うかもしれないし」


 先程使用した剣を手入れしながら颯瑪はぼやいた。戦闘で付着した血を丁寧に布で拭くと、油を塗り替える必要があるかどうかも含めて点検する。


「おや? 颯瑪くんはそう思っているのかい」

「はい。第二波が来るとふんでいます」

「君がそういうなら、私も手を打とうさ。獣に食われるのは遠慮したいからねぇ」

「獣……? さっき襲ってきたのって動物だったのか!? 颯瑪っ」


 ツェードが颯瑪に物凄い剣幕で尋ねた。

 至近距離まで近付かれ、颯瑪は顔をひきつらせる。剣の手入れを中断し、顔を上げた。


「……わかってるよ、ツェード。やっぱり狙われているみたいだ」

呑気のんきに剣と遊んでる場合じゃねぇよ! 命狙われたらどうすんだ! お前だって対処できるとは限んねぇぜ!」

「僕は平気だよ。僕は死なないから」

「は? どこからそんな自信がわくんだよ」

「さあ」


 颯瑪は涼しい顔で言いのけた。そしてツェードを無視し、自身の要件を優先する。


「あ、"フィンネルの紅剣"、頼みがあるんだ」

「……なんだ?」


 眠たそうな声を放ち、紅剣は火の中から現れた。まぶたは半分閉じかかっており、うとうとしているのか何度も首を前に倒している。


「僕もネーセルさんのように、君を使役したいんだ」

「いいぞ。あたしとしても好都合だ」

「あれ? てっきり断れると思ってたよ」

「まあな。……だが今は人手の多い方がいいだろう? あたしは当面自ら前線に立つぞ」

「そっか。いつか君と一緒に戦えるんだね。楽しみだな」


 素直に喜びの感情を向けられ、紅剣は視線をそらした。自身の赤い髪に指を絡ませ、くるくるといじる。

 

「お前の思考経路はどうなっているんだか……まあいい、ひと眠りさせてもらう」

「おやすみ。良い夢を」

「…………」


 紅剣は全身から赤い光を放ち、その場所から消え、颯瑪の剣に吸い込まれていく。


「僕も寝首をかかれないようにしないと。……ツェードについたほうがいいかな? 万が一を考えて」


 旅中で立ち寄った街は宿小屋やどごやがひしめく小さな所だった。国境の境目さかいめであるために、大きな街として発展させられなかったらしい。どちらの国に所属するかという争いから逃れ、最終的に寄付金で旅人のために運営されている。

 

 街中ではしゃいでいるのはサヤカだけだった。彼女以外は静かに、物思いにふけっていた。言葉にはせず、己へと問いかける。







 

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