表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
フィンネルの紅剣  作者: 楠楊つばき
Episode 3 生きとし生けるもの
21/55

18.プレゼントは爆弾

 巻き上げる爆風を颯瑪さつばは静かな面持ちで見ていた。敵と出会って燃え上がるのでもなく、逆に冷静になろうともしない。息をするかのように、この事態を当たり前と考えているようだ。奇襲は予想の範疇はんちゅうにあったが、あの紅剣でさえ爆弾については驚きを示していたというのに。


「……爆弾いりの敵か。あんまり会いたくはないなあ」


 間延びした声でぼやき、抜刀する。日光を反射し、刀身はきらりと輝いた。美しいはずなのに、それはどこか獰猛どうもうさを秘めている。一体いくつもの血を吸ってきたのだろう、と思いたくなるほど剣は赤黒いモヤに包まれていた。


「狙う部位を間違えると、ドッカーンかい。やけに手が込んだ仕掛けだねぇ。心臓と爆弾が直結していたら手も足も出ないさ。そんな技術はないだろうがね」

「ネーセル様、私めにお任せを。私なら水の膜の中で爆発させられます」

「そうかい。颯瑪くんは上手くやるだろうから、こちらもやれることをやろうか」

「おいで、ラグリ」

「はい、ネーセル様」


 明鏡止水めいきょうしすいの心境でラグリは言葉を返した。

 水の力を手に入れたことにより、本全体が水色に白を加えた色に塗り替えられた。混ざり合ったような色は、波紋が描かれるたびに表情を変える。表紙につづられた文字は暖かな光を放っていた。


(僕もあんなことしてみたいな。"フィンネルの紅剣"は僕に気を召さないのか、単独行動するからなあ。この赤く光る剣だけでは物足りないよ)

 

 颯瑪はそんな心情で二人を見ていた。

 ラグリは紅剣と違い、様々なものを依り代にできる。長時間依り代と離れていても、力が暴走することはない。その分扱う者の技量を必要とする。戦局に応じて武器を変えられなければラグリの契約者として認められない。宝の持ち腐れとなるからだ。とはいえ、それだけであったらラグリはネーセルに心酔しなかったであろう。


「まずはここ一帯に防御膜を。馬車の周りに爆風が届かないようにしてくれ。あとこの位置に目印を。戻る時に楽になるさ」

「かしこまりました」

「じゃあツェードくん、お留守番していてね~。猫ちゃんも」

 

 ネーセルはそう言い、猫を撫でた。

 すると猫は「ふにゃあ」と気持ちよさそうに鳴く。危険は察しているようだが、暴れず騒がず大人しくしているようだ。


「……帰ってこいよ、姐さんも颯瑪も」

「うん。ツェードも気をつけて」

「……? おう」


 そしてネーセルと颯瑪は馬車を離れた。




 ネーセルの体が浮き上がる。ぼさぼさな白髪はなびき、質素な衣服の裾がはためく。

 術者を守るようにして作られた膜の中は、まるで風が吹いているようだ。水泡が何度も回転している。

 言葉を発する必要はない。動け、という意志だけで澄んだ水が生まれて術となる。

 ただ膜の中で倒す、という手法には時間がかかる。一度に大量の相手を巻き込んでしまえば効率は上がるだろう。そのメリットを考慮すると、必要となるのが彼――颯瑪だ。


(……僕は穴を突けばいいのか)


 その瞬間一陣の風となる。追風に乗っているような高揚感の中、颯瑪は剣を振るう。一閃は爆弾にあたることなく対象を真っ二つにした。

 狙うのは主に足。遠距離攻撃ができないものを足という移動手段をつことで無力化させる。

 痛みでもだえ鳴く声を颯瑪は聞き流した。気に障ったら相手の声帯をつぶすか、あるいは首と胴体を切り離せばいい。


「大きいものはよろしくお願いします。剣だけでは太刀打ちできないんで」

「はいよ。ラグリが言うにはライオンやチーターも混じっているようだねぇ。一体どこからやってきたんだか。王国にいるような動物ではないさ」

「……流通経路は」


 会話をしながら颯瑪はまた動物をほふった。今度は猫だ。首輪のついた猫は灰をかぶったかのような毛色をしている。


「颯瑪くんは心当たりあるかい?」

「まあ少し」


 ネーセルの標的は大型のものや移動速度が早いものだ。馬、ライオンなどを主に狩る。

 肉食動物の餌となる動物が人間以外にもいるというのに、奴らは颯瑪達を狙う。草食動物や普段人間に友好的であるものも例外なく襲ってくる。


 度々聞こえるとどろきは頭上から聞こえきた。紅剣が爆発覚悟で遠距離から燃やし尽くしているのだ。

 ネーセルと颯瑪がやっているのは、いわば残党狩りである。二人の後ろには非戦闘員がいるため、どうしてもこの場所を死守しなければならない。後ろに通してならない。


(数が多いよ。一騎打ちだと効率が悪くなりそうだ)


 颯瑪はネーセルの攻撃に巻き込まれなかったものを選んでいた。

 動物たちは率先として颯瑪とネーセルを標的として襲おうとする。多少知性のあるものなら二人がここを防衛ラインとして守るように戦っていることに気付いてしまうだろう。颯瑪とて人間だ。風の加護を借りたとしても、出せるスピードには限界がある。


(まずい……こんなに追い詰められたのも久しぶりだ。わくわくするなあ)


 冷静さを表に出していても、心は弾んでいた。思わず頬が緩む。ネーセルが隣にいることを意識していなければ、快哉かいさいを叫んでいたところだろう。


(……全滅させればいいんだよね)


 目つきを変えた颯瑪。

 同時に風の流れも変わった。流れはこちらにある。風が颯瑪の味方になろうとしている。


「颯瑪くん! そっちに行った!」

「白き風 我凄む日よ 願い訊け 万籟(ばんらい)のため 吹けよ木枯らし」


 ――風解。

 その言葉を紡ぎ、颯瑪は素早く剣で横にいだ。

 すると目に見えないはずの風が色づいて見えた。緑色に染まったそれは線を描くようにして流れていく。


「壊れろ」


 それが合図となり、向かってきていた動物達が一瞬で灰となる。毛も皮も肉も骨も跡形残らずなくなり、灰がその場所に落ちた。そうしてできた灰も風に運ばれてどこかへ消える。

 風の加護。風を宿して生まれた青年は魔法使いのようだった。


「……ネーセルさん、どうかしましたか?」

「いや、見慣れないと思ってね」

「そうですか? 僕が生まれ育った里では大半ができたことですよ」

「わーお。いくさしゅとする民族なんだねぇ。ビックリ仰天さ」

「争った歴史はありません。……なにせ、人の目にはつかないところに里がありますからね」


 息を切らすことなく、舞うように剣で切り裂いた。切断された部分から灰と変わっていく。

 颯瑪の功績により、次第にネーセルとラグリにかかる負担が減っていった。

 ラグリは防御を放棄していた颯瑪に術をかける。薄い膜が颯瑪の体を包んだ。


 礼を言わずに颯瑪は突き進んだ。

 敵を倒すために。

 

 風は彼を守ろうとする。だが彼に戦いを呼び込んでくるのも風なのだ。

 颯瑪はそのことに気付かない。

 風は――いつか真実を突きつける。



     *   *   *



 ――早くおいで、万籟颯瑪。いいや……サツバ=セルヴァント=コルグレス。

 世界のどこかで誰かが笑う……。



 


普段よりも少ない文字数ですが、颯瑪の本名を出せたので満足。

紅剣の本名はいつになったら出てくるやら。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ