16.新しい仲間?
館を出た三人と一匹を待っていたのは馬車だった。
御者のツェードは乗客を見ても何も言わない。どこか疲れているような目で馬の様子を確認する。口笛を吹き、意識的に颯瑪を見ないようにしていた。
「やーん、サヤカだけの王子様~」
「…………」
おかしいのは颯瑪の周囲だけだった。彼の隣に見知らぬ茶髪の少女がいる。ウェーブがかかり、ふんわりとした髪は可愛らしい。毛先の遊び具合も、まるで触ってくださいと言っているようだ。健康的な肌色と丸みを帯びた体は大人の色気に近い。全体的な幼さは残るものの、いつかは花開くだろう。 そんな少女は颯瑪に無視されても果敢にアタックしていた。沈黙がおりないよう、自ら話題を切り出している。
遠巻きで観察していた二人は口を開いた。
「あいつ誰だ? ラグリの知り合いか?」
「いえ、私も知りません。あの茶髪の方は一体誰なのでしょう」
「なんというか、可哀想だな。全く相手にされていないぞ」
「颯瑪さんに色恋を期待するなんて……」
「あれって色恋なのか? あたしには、無視されてわんわん泣いているいじめられっ子のように見えるが」
「いじめ……ではないですよ? ……多分」
「どれも推測の域を出んな」
紅剣とラグリは、やや離れたところでひそひそ話をしていた。結論が出なかったため、紅剣はネーセルにも話を振る。
「ネーセル、あれはお前の知り合いか」
「いいや。初対面だねえ。颯瑪くんの彼女かな~」
「敵ではないのか?」
「私が聞いてくるさ~」
にやついた顔で言うネーセルは楽しそうだ。手をヒラヒラと動かしながら颯瑪に近付いていく。
「颯瑪くん、仕事はどうだったかい?」
「はい。ネーセルさんの言う通りでした。むしろ当たりすぎて怖いくらいですよ」
茶髪の少女がネーセルの視線に怖じけずいて体を震わした。そっと颯瑪にしがみつく。
まるで子兎のようだねぇ、と思いつつもネーセルは顔に出さない。明るめな声で言葉を紡ぐ。
「そうかいそうかい。で、隣の子は?」
「さあ、知りません。道中に置いてってもいいですか?」
「はい?」
颯瑪以外の頭上に雷が落ちた。おい、何言ってんだよ! と誰かの心の声が聞こえる。
思わず聞き返したネーセルの声もひっくりかえっていた。眼鏡の位置を直し、再度問う。
「もう一度聞くよ、颯瑪くん。その子は誰だ」
「ですから、知りません。さっきから付きまとわれて嫌気が差したところです」
まさかそんなことを言われることを想像していなかった茶髪の少女は、くりくりとした大きな目をぱちくりさせ、颯瑪の服を引っ張った。
「うー、ひどい。私の王子様あ」
王子様だって!? と、二発目の雷が落ちる。
二人の間に流れる甘ったるい雰囲気。咳払いをする者もいれば、視線をそらす者もいる。堂々と体の向きを変えることによって二人を視界に収めないようにした者もいた。
「にゃあん?」
猫だけが現状を理解できていない。天使のような愛らしい仕草で癒された者多数。
「……あの二人一緒に捨ててもいいか? 反論は受け付けんぞ」
ジト目で紅剣が提案した。また契約者と離れることになることを歯牙にもかけない。最悪剣だけを持っていけばいいだろう、と投げやりに考えているのかもしれない。
「気持ちはわかるが抑えて欲しいさ。颯瑪くん、その子どうするつもりだい? まさか連れて行く、なーんていうふざけたことは言わないよね?」
「ネーセルさん。どうして僕、怒られているんですか? この子は勿論――」
「サヤカは王子様についていくの! この愛は誰にも引き裂けないんだから! 運命の赤い糸は切れないの!」
「黙れクソガキ」
少女の心にダメージを与えたのは紅剣だ。背筋を伸ばし、真っ向から少女の視線を受け止める。非難をこめた目で見られているとわかり、少女の耳まで真っ赤になった。
「なっ!? なによ、ちんちくりん。その赤い髪、全部抜いてやるんだから」
「抜けるものなら抜いてみろ。お前がそんなことする前に、あたしがお前の髪を燃やしてやる。いいざまだな人間」
「それでもサヤカはいく!」
「黙れ。さもないと一生喋れないようにしてやろうか」
「……っ!?」
一発触発の雰囲気。
どうやらこの渦中に自ら体を突っ込むような猛者はいないようだ。ラグリは強く頭を横に振り、颯馬は視線を泳がせる。
ネーセルは疲れた顔で紅剣と少女の間に入った。
「二人ともそれぐらいにしようじゃないか。えーっと君、サヤカっていうのかな。悪いが私達は帰らなければならないんだ。サヤカくんにも家族がいるだろう? ご両親が心配しているんじゃないかな」
「……無理だもん。誰も家にいないから、だから……サヤカを助けてくれた人は王子様なの……」
「泣き真似をして同情を誘うつもりか小娘」
「"フィンネルの紅剣"、口をはさまないでほしいさ。君が口をはさむと話がややこしくなるんでね~」
「…………ふん」
苦虫を潰したような顔で紅剣はそっぽを向いた。
ネーセルは一息おいて、話を戻す。
「颯馬くん、彼女の言い分に間違いはないかい?」
「知りません。彼女が勝手についてきただけです」
「う……王子様ぁ、サヤカを捨てないで……」
ぶわっと泣きそうになるサヤカ。援護している者がいないため、すすり泣き始めた。冷たい視線の中、今度は声を上げて涙を流す。
「みんな風当たりが強いさ。もっと歓迎しよう……ね」
「ネーセル様。私の発言を許してください」
そう言ってラグリが腰を折り、小さくお辞儀をした。
「私にはネーセル様が一番彼女を受け入れることを拒んでいるように見えます。彼女は恐らく、この国の人間です。王国に無傷で入国できるとは限りません。これはあくまでも私の考えです。あなた様がだした結論でしたら、私は無条件で従いましょう」
「う~ん、ラグリは騙せなかったねぇ。サヤカくんは自分自身を守れるかい? 今更一人ぐらい増えたところで何も変わらないさ。私は君を受け入れよう。……さあ馬車に乗った乗った! 二人も救出できたことだし、帰るよ」
暗い雰囲気を打破しようとネーセルが声を張り上げる。出された結論に反対する者はいない。
「……ネーセル、あたしは疲れた。少し外の空気を吸ってくる時間はあるか?」
「もう外にいるよ?」
「万籟、一人にして欲しいという暗喩だ。わかれ」
「まあ時間はあるさ。というよりもうすぐ夕方だしねぇ。夜国境を超えるのは、このメンバーでは辛いだろうね。明日の早朝、馬車で帰ろうか。ラグリ、警備は頼むよ」
「かしこまりました、ネーセル様」
* * *
夜空に星がまたたく。満天の空を埋め尽くす星は数えてもきりがない。適当に星をつなげて星座をつくると、寂しさが襲ってきた。昼間はだんだん短くなっていく。時間の流れを感じて、またいっそう寂しくなった。
「――フィンネル」
今日あったことは全て己の糧になるだろう。情報も得られた。フィンネル家の宝剣。それが紅剣の本来の姿だ。
「あたしをクレハって呼んでくれた、あいつは誰だ?」
銀色の光をまとった金髪の人間。あれがフィンネル本人ではないことを薄々勘付いてはいた。ただそれを認めたくなかった。
「大切な人はフィンネルだけだ。……万籟は現契約者。ラグリは同族。ネーセルはラグリの契約者。それだけだ。彼らとは親しくなれない、そんな気がする」
片膝を地面につけ、視線を低くする。そして植えてあった花を手折った。茎はポキリと簡単に折れた。花弁を握りつぶすと、花びらが手についた。
「なあ万籟、お前はどうするんだ?」
紅剣は後ろに声をかけた。
「ばれていたんだね……」
「ネーセルあたりに様子を見てこいと言われたんだろう?」
「そうだよ。僕が君に興味があるのは、君が珍しい存在だから」
「……お前もあたしの心を否定するんだな」
「心? 武器にそんなものはないよ」
「お前は……フィンネルとは違う。あいつはそんなこと言わない」
「僕はフィンネルじゃないよ」
「ああ、わかってる。あたしが言いたいことは、そういうことじゃなくて、もっとこう……」
突然紅剣は立ち上がり、両手の指をわきわき動かす。つり上がった眉も、歯を見せるように口を開けて話す様子も、鈍感な颯瑪に考えていることを伝えるには足りない。
「あーもう、お前って意味わからん! 何を言いたい! 何をしたい! そういうことを表現してくれないと、あたしだってどうすればいいかわからないだぞ。お前はあたしの契約者だ。お前が望むことは何だって叶えてやる」
「んー、僕は興味ないかな。君が剣であるから契約した。剣でなければ、僕にとって君なんてどうでもいい存在だよ」
「ふん、言ってくれるなお前……」
「本当のことだからね」
「ったく、お前といるとあたしの調子が狂う。とにかくお前の意志がないならば、好き勝手に行動するつもりだ。だがまあ……一つだけ約束して欲しいことがある」
「いいよ。一つだけなら。もっと多くなくてもいいの?」
「お前が約束を守る奴には見えないからな。一つだけ、なら守れるだろう?」
「それもそうか」
「……約束といっても契約の一種だ。もしもお前にとってあたしが"必要不可欠"な存在になったとき、名前をくれ。"フィンネルの紅剣"ではない、新しい名前をくれ」
「君の名前って"フィンネルの紅剣"じゃなかったんだ……」
「やめろ。これ以上とぼけると殴るぞ」
「とぼけてなんていないんだけどなあ」
「どこを蹴られたい。腕か? 足か? 首か? 頭か!?」
「うわー、どこ蹴られても痛そうだね。僕無事かな」
「こっちは殺す気だぞ!」
「や~め~て~く~れ~」
紅剣と颯瑪の微妙な関係はまだまだ続きそうである。
登場人物と同時投稿です。




