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フィンネルの紅剣  作者: 楠楊つばき
Episode 2 開戦の足音
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13.脱出

 あれから数日たった。食事がなくても生きていける。結界を破ろうと何度か挑戦してみたが失敗し続けた。ただずっとここに留まる訳にはいかない。依り代から長時間離れられないというのが痛手だ。長時間離れた場合暴走したり己の力に溺れたりする。それを防ぐための手立てが依り代に戻ることである。


 何度日が昇って、何度日が沈んだか。

 考えるのも飽きた。

 助けに来てくれるだろうか?


(いや、今までの自分だったらむしろ助けなんて望まなかったはずだ。弱くなったものだな)

 

 投げやりに力を使ったら消耗が激しいだけだ。


「……はぁ、……はぁ」


 乱れる呼吸も力の使いすぎのせいだ。

 壁を叩いても事態が変わるわけもなく。

 哀願しないことが最後の矜持だったかもしれない。

 ついにラグリは俯いたまま何も話さなくなった。


 紅剣は唇を噛み、負の連鎖となる思考を中断させた。

 どうすればいいと思考を巡らしていると、突然扉が開いた。


「出ろ」


 無機質な声が耳に入った。



     *   *   *


 

 部屋の外も中もあまり変わらなかった。術が発動せず、己を構築する粒子に戻ることができない。まるで人間になったみたいだ。手枷にも力を封じる呪いがかけられており、いかに自分達が恐れられているのか紅剣は思い知った。

 抵抗せずに紅剣とラグリは兵士につれられて回廊を歩いた。道中何度も視線を感じたが、すでに慣れたことなので気に留めなかった。


 連れられた大広間は大勢の人間が控えていた。階段の上に玉座があり、その席には誰も座っていないが、近衛兵らしき人物が数人控えていた。周りには武器を手にした兵士たちが壁沿いに直立していた。

 荘厳とした雰囲気に紅剣は息を呑む。


 背中を押され、紅剣とラグリは中央に立たせられた。

 すると数人の兵士が二人に近づいた。友好的ではない雰囲気に、咄嗟に紅剣は構えようとする。しかし、手枷が付けられた状態では上手く感じがつかめない。

 剣呑的な雰囲気をまとった紅剣よりも、無防備なラグリへと周囲の視線は移った。その瞬間、紅剣とラグリの視線がかち合った。

 一人の兵士がラグリに向かって剣を振り下ろした。


「……隙ありっ」


 そう叫んだラグリは兵士の横に回り込み、脇腹に蹴りを入れた。鎧姿の兵士にはあまり効力はなかっただろう。だが蹴られた兵士は剣を振り下ろす瞬間に蹴られたため、体勢を崩してしまい剣から手が離れようとしていた。すかさずラグリは兵士の剣を奪おうとしたが、盲点だった。――手枷がついていたのだ。

急遽足で器用に剣を得た。

 これで一人は無効化できた。


「一人だけ無力にしたって何も変わらないぞ、ラグリ」

「承知しております。人型である以上、四肢を使って戦うしかありません」

「そうだな……」


 睨み合いは、どこからか聞こえてきた手拍子で打ち切られた。


「はいはい、そこまでそこまで。フィンネル様のお通りだよっ」


 紅剣とラグリが通ってきたものとは違う扉から一人の男が入ってきた。彼が身につける鎧は周囲の一般兵のものとは少し違っていた。白銀の鎧には幾つか煌びやかな紋章がつけられ、赤いマントがひらひらと舞う。


「フィンネル!?」


 フィンネルという言葉に真っ先に反応したのは紅剣だった。そわそわと周囲を見渡し、フィンネルの姿を見つけようとする。


「どこ――」

「「「フィンネル様!」」」

 

 フィンネルを讃える声が広間で飛び交う。

 場違いだったのは明らかに紅剣とラグリのほうだった。


「フィンネル様、この度は多大な成果を上げられたそうで」

「フィンネル様っ」

「ご帰還を心待ちにしていました!」


 声をかけられ、男は笑みを浮かべながら手を振った。軽い足取りで赤いカーペットの上を歩き、紅剣とラグリに声をかける。


「フィンネル様とはオレのことだっ!」


 決めポーズをした男を見て、紅剣は無表情になった。


「君たちを傷つけるつもりはなかったんだ。ごめんね」


 フィンネルと名乗った男は手を合わせて謝罪した。笑顔で謝るという行為は紅剣の神経を逆なでた。

 感動の再会だと思ったラグリは二人に気をつかい、一歩引く。


「気持ちが入っていない謝罪など要らんな」

「えー気持ち込めてるよ。ごめんね、こちらの手違いで。オレ様が帰ってくるまで君たちの身柄を拘束したのも失礼だったかな? でもいいよね。オレ様との仲でしょ?」


 男は紅剣の髪に口付けた。

 直後、紅剣の回し蹴りが風を切る。


「っ、危ないね。照れちゃったのかな?」


 間一髪男は紅剣の攻撃をよけた。たたらを踏むも、すぐに平然と話した。部下に見守られている中、失態を犯してはいけないというプライドが彼をそうさせたかもしれない。


「あたしに……"フィンネルの紅剣"に触れるとは良い度胸だな。覚悟は出来ているのか?」

「はははっ、何の覚悟が入るのかな? だ・か・ら、オレ様との仲でしょ?」

「ふざけるな。言いたいことがあるなら言え」

「君こそ、フィンネル様に逆らうのかい?」

「お前はフィンネルではない。フィンネルの名を汚すな」


 男の顔から笑みが失われる。表面上はニコニコしているつもりかもしれないが、眉がぴくぴく動いている。紅剣の真正面に立ち、余裕がないようだ。

 紅剣もおくすことなく男を睥睨した。刺がある言葉を放ちながらも、上から目線を保つ。

 根負けしたのは男の方だった。男は肩を落とし、頬を膨らませる。


「嫌だなー、もう。確かにオレ様は君が言う"フィンネル"ではないよ。フィンネルの血は引いているけどね。遠い遠い親戚。帝国に血を連ねるフィンネル家の一員さ」

「遠まわしに言うのはやめてくれないか。完結に述べろ。何のために、あたしを連れてきた」

「そんなの決まっているだろ、契約だよ契約。"フィンネルの紅剣"って名乗るからにはオレ様と契約してもらう。そのつもりで"フィンネルの紅剣"って名乗ったんでしょ?」


 フィンネルの紅剣は現在の称号ではない、という現実を突きつけられ紅剣は押し黙った。

 言いくるめられるにはいかないと言葉を探す。


「……切れ者だな、お前。そう理屈で固められても無理なものは無理だ。あたしはフィンネルと契約破棄後、別の者と契約した。その契約は守られている」

「ふーん、じゃあ君の現契約者を殺せばいいんだね?」

「たとえ契約を破棄されても、新しい契約を結ぶことはできない。このような己の力を封じられた空間では契約を結べない」

「…………あー、ヤダな君みたいな芯のある子。フィンネルは何故君みたいな子をふところに置いていたのかね。オレ様だったらもっと扱いやすい子を手に入れる。そうすれば歯向かったりされないし。でもね、もう――生かしておけないかな」


 男が剣を抜いた。豪奢なその剣は安い物とは違った輝きを放っていた。刀身に埋め込まれた紅い宝石は人を惑わし狂わせる。

 紅剣は目を見開き、まるで有り得ないものを見たかのように剣を指差した。


「その、剣は……っ!」

「これ? フィンネル家の宝剣だよ。カッコイイよねー。手入れもよくされてる。君と契約するって言ったら、家から頂いたよ」

「フィンネルの剣ッ」


 紅剣の目が鋭く光った。闘志を燃やしていることが、その赤い目から伝わってくる。

 男が手にしている片手剣は紅剣にとって馴染み深い品だった。

 粒子に戻れないこの状況で人間の姿は不利だ。斬られても人間のような血は流れないだろうが、どうなるか確信を持てない。


「……なんだ、揺れているぞ!」

「まさか地震なのか!?」


 足元がぐらついた。

 地震という現象はあるが、滅多に起こらない。我を忘れかけていた兵士を男が制するも、地震はなかなかおさまらない。

 人間がざわめく一方で、紅剣とラグリは己を縛っていた何かが薄れていくのに気付いた。火と水の粒子が二人の元に戻っていく。力の循環を取り戻した二人は声を躍らせた。

 

「"フィンネルの紅剣"さん!」

「……ラグリ、これは……」


 ラグリは目をつぶり、意識を集中し始めた。するといとも簡単に手枷が壊れた。

 男が「そんなはずはない!」と叫んだのを筆頭に、傍観していた兵士達が慌て始める。


「ようやく解放された。少々暴れても文句言わないよな?」

「私も、お痛が過ぎたと思っております。せっかく招待されたのですから、楽しませてあげましょう」


 火と水が優雅に舞った。



     *   *   *



 火は勢いよくぶつかり道を切り開いた。

 水はその後を付き添うように行く。

 二人は笑っていた。笑顔を取り戻していた。


 舘にいた兵士のほとんどは魔法が使えない、または魔法の対策を怠っていた者達だった。

 腰抜けは火を見ただけで尻尾を巻いて逃げた。

 

「どけ!」

 

 猛々しい雄たけびを上げながら紅剣は自身をかえりみもせずつっこんだ。

 ラグリも力添えした。水の壁が二人を外敵から守っていた。


 "フィンネルの紅剣"。その名は、その称号は飾りではない。

 火をまとう剣。そう形容したものもいるらしいが実際は違う。"フィンネルの紅剣"とラグリはその属性そのものだった。爆ぜろ、と唱えれば爆発が起きる。溢れろ、と唱えれば人体が保有している水の割合を増やす事だって出来る。

 だからこそ機械や武器として崇拝された。


 


 "フィンネルの紅剣"は目的地を決めず荒らしていた。当初の目的は脱走だったはずなのに、いつすりかえってしまったのだろう。木造建築であれば木を燃やしながら進んでいけたかもしれないが、そういう手は使えない。

 力に酔っていた。戦場にいるときのように見境なく。

 剣をかざす必要はない。剣はただの入れ物だ。

 紅剣が通った道は焦げつき、生命は焼き殺される。

 火の王であるために、その力は喜ばれた。

 館にいた誰もが忘れていた。王国の軍を壊滅させたのは誰であるのかを。



 

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