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フィンネルの紅剣  作者: 楠楊つばき
Episode 1 紅の剣
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07.精霊時間

 "フィンネルの紅剣"とラグリは一階のリビングで休んでいた。

 ネーセルは二階の研究室に籠っている。

 颯瑪はすでに夢の中。

 夜更けは静まり返る。大半の人は夜早めに店を閉じ、朝早くに仕入れに行くからだ。


「……静かだな。宿舎にいたときはまだ騒いでいるアホがいる時間だ」

「ここには警備する人がいませんから。皆、自警をしなくてはなりません」

「街に代表者はいないのか?」

「長ですか? 残念ながら、この街にはいません。金の亡者もいませんから、権力を持つ方がいません」

「よく、そのような体制で何も起こらないな」

「ええ、これでも昔は窃盗や強盗が絶えませんでした。現在は商業関係のグループや自警団がいますので、彼らが統治しているようなものですね」

「自警団とは弱弱しい響きだな」

「王都と比べないでください。ワタリは物流が中心です。軍隊にお金を出せません」

「……王都」

 "フィンネルの紅剣"は初耳だと顔を強張らせた。

 そしてラグリは紅剣の表情で悟った。紅剣は忘れていることを。"フィンネルの紅剣"が活躍した戦争のきっかけさえも忘却していることを。


「先日から不思議でした。やはり、あなたは自身の名だけでなく、なぜ剣であるのかも知りませんね」


 目を伏せたラグリは自嘲していた。顔をひきつらせ、胸に手を置く。もう片手で服をつかみ、深くこうべを垂れた。


「我々は武器でもなく、人でもない。……矛盾していますよね。物でも人でもない。人型をとれても、完全な人ではない。内側は空っぽだもの。武器から離れると人型はとれなくなって――」


 パチパチパチ。

 どこからか拍手の音が聞こえる。

 紅剣はすぐに臨戦態勢をとった。

 ラグリは「また来たんですね……」と視線を落とした。


「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン♪ ……お呼びじゃないって言わせねぇ♪」


 緊迫とした雰囲気の中、場違いな明るい声が響いた。

 地面から生えてきた土人形は笑みを絶やさない。先日来たものとは違い、幾分身長が低い。


「うわ、そこの赤い奴って"フィンネルの紅剣"じゃん。噂にたがわぬ火の意志で、王であり頂点」


 今回の土人形は少年をモチーフにされていた。一言一言が心を(えぐ)る。


「頂点とかさ……俺だけがいればいい。テメェ目障りだ、消えろよ」

「……っ!?」


 土でできた槍が足元から伸びた。

 紅剣は咄嗟にかわすも、休む暇なく数十本畳み掛けられたため着物の裾が破れた。破れた個所は赤い粒子となる。

 これ以上受け手に回るのは不利だと、紅剣は赤い粒子を体にまとわせて宙に浮く。

 土の槍は赤い粒子に阻まれた。


「ヒャハハハ、強いねアンタ。次も耐えてみろよ!」


 土人形が手のひらを紅剣に向けた瞬間、ラグリが動いた。

 反撃に出ようとした紅剣の火はラグリの水によって相殺される。


「テオ……お前」


 相殺されても、紅剣自体は消えていない。

 土人形のそばにラグリがいる。広範囲の攻撃ならばラグリを巻き込んでしまう。

 紅剣はラグリを睥睨した。

 ラグリはただ紅剣の視線に耐えた。

 土人形が生み出した土の塊は紅剣を取り囲み、握りつぶそうとする。


「あたいは……フィンネルと再会するまで負けない。邪魔しないで」

「な、なにを……して!? ひゃっ」


 ラグリに消された火は水を水蒸気に変えた。

 紅剣は土の塊を圧倒的な力で跳ね返し、そして近くの柱を蹴った。

 赤い炎をまとった紅剣はラグリに肉薄した。紅の炎はラグリの腹部を蹴りあげ、すぐさま蹴り落とす。

その過程で、ラグリという人型を作っていた水分子が反応を起こした。


「いやあっ」


 短い悲鳴と共にラグリは気化した。こうなってしまっては、ラグリは暫く水の力を扱えなくなる。

 紅剣は何もなかったかのような顔で後ずさり、土人形との距離を取った。


「仲間割れ? 同族殺しなんて、やるねー"フィンネルの紅剣"」

「あんな臆病者と仲間になった覚えはない」

「別にさー、キミに用があるわけじゃないんだよねー。ラグリがいないと、ちっとも意味ねぇ。あ゛ーダルっ」

「生憎あたしもお前に用はない。今すぐ帰れ」


 土人形は体勢を低くした。


「帰れ、って言われて帰るようなタマじゃねぇんだよ。やってやろうじゃねぇか。……来いよ」


 火と土。二つの属性がぶつかり合う。

 力は互角。

 火が攻めると、土は殻の中に籠って火をしのぐ。自身も壁に同化してしまえば、火が入り込める空間はなくなった。

 土が攻めると、火はそれ以上の力で相殺した。物理的に火は土を受け止められないため、部屋の中を飛び回りながら反撃の瞬間を待った。


 両者は息を上げることもなく接戦を繰り広げる。

 紅剣は火。土人形は土。彼らの体を動かすのは己の属性と同じ力だ。息切れという概念もスタミナという容量もない。どちらが上手く使えるかに勝敗はかかっている。


「……土のくせに、あたしと張り合えるとは想像していなかった」

「あん? テメェ舐めんてんの? このクライム様が火なんかに負けるもんかよ!」

「お前の力はお前の主の力だろう。お前の主はさぞかし高等な人形師だろうな」

「へへっ、ったりめーだ」


 土人形――クライムは笑いながら紅剣に向かって石つぶてを飛ばす。

 その石つぶてを紅剣は火で撃ち落とした。


 二つの力がぶつかっているというのに、部屋は綺麗なままだ。

 紅剣の火で燃えることもなく、クライムが生み出す土は床を汚さない。

 それが彼らの能力の特徴だった。


「……おっと。……チッ、時間切れかよ!」


 突如クライムの片足がもげた。人型から土へと還りつつあったのだ。胴体もボロボロとこぼれ、やがて顔も無くなった。前回と同じように完全に崩れた。


 静寂を取り戻し、紅剣は息を吐いた。己の炎を隠し、地に足をつける。

 気持ちはまだ高ぶっている。隠さなければ、今にも火が暴れようとしていた。


 火で上昇した気温が下がり始めていた。

 凝縮した水は一か所に集まり、人の形をとる。やがて水色から肌色へと変わった。


「ありがとうございます、"フィンネルの紅剣"さん」

「礼はいらない。成功したのは偶然だ。何を恐れているかは知らぬが、次以降、姑息な手段は通じないと思え」

「……あなたがフィンネルと戦場で功績をあげている間、私は静観を決め込んでおりました」

「まるであたしのせいだと言いたそうな口ぶりだな」


 紅剣に睨まれ、ラグリは頬を染めた。


「ああん、ぞくっとするぅ」

「もう一回蒸発してこい!」

「ごめんなさい、冗談デスヨ。追いかけるよりは追いかけられる方が好きです」


 数本の火をまとったナイフがラグリの服をかすめた。水で構成されている服の一部がジュワっと溶ける。


「私、いじめられるの大好きです! あわわわわわわ、話がそれました。……"フィンネルの紅剣"は幾多の勝利をもたらしました。そこで問題です。戦場の敗者はどうなるでしょう?」

「興味ないな」

「……でしょうね。あなたは無敗でした。王都ヴェインが一度も敵の手に堕ちなかったのは、あなたのおかげでしょう。しかし、あなたは凱旋がいせんしませんでしたね」

「フィンネルがいたから、あたしはあの街にいた。恩などいらぬ。恩を与えたいとも思わない。もしも、あの街が焼け野原になっても、あたしには関係ない」

「それが関係あります。大ありです。フィンネルさんは本来、あちらの――敵国の生まれです」


 数秒の沈黙後、紅剣は何事もなかったかのように話し始める。


「……知っている。……嫌な流れだ。一度滅ぼされかえた国が攻勢に出るのか。向こうはこちらを負かすかもしれん。将来、大国になるかもな」


 眉をひそめ、紅剣は手のひらに小さな火を召喚した。

 両手に一個ずつ、計二個。赤色と青色だ。当初赤は青よりも大きく勇ましい。だが、どんどん小さくなって最後には消える。対照的に青はだんだん大きくなっていく。


「ラグリ、二国が再び戦争になる可能性はあるか?」

「国境付近の駐屯軍は何度かいざこざを起こしています。即開戦の可能性は低いと思われます。ですが……」


 ラグリは青い髪をかきあげた。もったいぶらせているのか、あるいは発言をためらっているのか。


「所属不明の工作員がいるという情報を耳にはさみました。その意味では軍の壊滅は痛手です」


 二人は会話に気を取られ、パタンと扉がとじられたことに気付くのが遅くなった。


「やあやあお二人さん、お揃いで。こんな時間に何を話しているのかね?」

「ネーセル様……」


 時間はいつの間にか動き始めていた。


「精霊時間で密会なのかね。"フィンネルの紅剣"――」


 名を呼ばれ、紅剣はネーセルを仰ぎ見た。


「大戦の英雄がこの時代、この場所にいるとは、いやはや頭が勝手に下がってしまう」

「……ネーセルといったか。錬金術師・ネーセル。噂はフィンネルから聞いたことがある。お前が作ったものも何度か試しているぞ」

「褒められて悪い気はしないさ……と、言うつもりはないんだった。ちと、頼みたい用事があってね。報酬ははずむよ。やっていい仕事さー」







精霊時間以外にも呼び方はあります。

なぜ人間には体感できないのか、誰かが少しずつ明かしてくれます。

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