プロローグ
新学期スタート
~とある教室?~
とある教室……
黒板に、木製の机、掃除用具のロッカーが済みに置かれ、天井の白熱電灯が照らす一室。
アキラ達から見れば、郷愁に駆られる日本の学校の教室。
ここに、導かれ、光をあてられた三人の女傑が集っていた。
「……召喚成功。 お久しぶりですね テファさん、アニさん。」
伊達メガネを掛け、ビジネススーツを着込み何時もの三つ編みを解き、長い髪を半分に折りたたみ後頭部に櫛を挟んだ美女。
ギルドマスターのリィーンが教壇に立って何時もの営業スマイルでアニとテファニアを迎えた。
「あの ここ…どこですか? 私なんで学生服に着替えているんですか?」
椅子に腰かけながら挙手してリンに訊ねるのハーフエルフのテファニア。
彼女の格好も何時もの身体の起伏や線を隠す修道服では無く、
白いブラウスに、赤いミニスカートだ。
突然の状況に困惑しながらも、状況の把握に努めようとするのは流石は一流の冒険者だ。
「………(もきゅもきゅ)」
そして、彼女の隣で無言でクッキーを食べる氷結の魔女 アニ。
此方は困惑せず、通常運転での行動だ。
動じないという意味ではテファと同じだが、
彼女の場合、あまり周囲の状況に関心を示さないだけだろう。
彼女の恰好も何時ものとんがり帽子、ローブとマントの姿ではなく、
海軍が着る水兵服の上着にミニスカートという異様な格好だ。
拉致され変な格好に着替えさせられているという異常事態で、こうまでマイペースを貫く姿勢は大物と感じさせる。
しかし、このような状況下でも自分のペースに持ち込めるのは彼女だけでは無い。
「アニさん? 何故、私が子供達の為に焼いたクッキーを食べているんです?」
アニが食べていたクッキーを見て、即座にクッキーが入った皿を取り上げるテファ。
彼女が食べていたのは、テファが子供達の為に焼いたばかりの動物クッキーだったのだ。
この謎空間に来るまでは教会でクッキーを焼いていたのだが、いつの間にか此処に呼ばれ?
焼いていたクッキーはアニが勝手に奪ってパクついていたのだ。
「……焼きたてだった。 冷めては味が落ちるから今、食べるべきだと判断した。」
そう言いながら、返してと、手を差し出す魔女。
「あの、これは教会の子供達の為に焼いたクッキーなんです。」
「……美味しかった もっと頂戴?」
話が通じない。
クッキーの食べかすをほっぺに付けながら、可愛く頂戴?と首をかしげる。
コレがアキラなら文句を言いながらも、少しだけ分けるだろう。
ガコライなら、何を言っても無駄と諦めるだろう。
しかし、今回は相手が悪かった。
「駄目です。」
「………!?」
バッサリだった。
聖女は魔女に屈しなかった。
アニは一瞬だけ眼を見開いたが、直ぐに消え入りそうな声で呟く。
「……お腹が減って死んじゃう…」
「『診断』しても健康そのものですし、さっきバクバク食べてましたよね?」
治療士且つ懺悔を聞くシスターに嘘は通じなかった。
「……それで、何で此処に呼び出されたの?
転移か召喚魔法だと思うけど…戦時下や魔物の大発生でもない限り呼び出すのは不本意……」
硬い意志を見せ、身体全体を使ってクッキーを守るテファにこれ以上は無駄と判断したのか、
アニは早々に諦め、事の原因であるリィーンに話を切り出した。
冒険者ギルドに登録している者でBランク以上のレベル、ランクを持つものは徴兵義務が課せられている。
その際、危険度や非常時に応じて依頼の仕方が変わる。
通常のギルドや支店、出張所での依頼書から受注するのでは無く、
配布されているギルドカードを通し、依頼文書が浮かび上がるか、念話で依頼、招集、徴兵を受けるのだ。
しかし、今回の様に前もって念話等でも連絡もなしに
それも召喚、転移での招集は拉致にも等しい行為であり、やり過ぎである。
ギルドカードの登録方法が、魔物や悪魔など、被召喚対象に行う契約と酷似していたのはこの為かと
魔女としての知識がアニの頭を駆け巡るが、おやつを食べれなくなったこの状況では、
食に対する怒りの方が強い。
非常招集だとしても、戦争や魔物の大発生の様な緊張感をリィーンから感じさせない
このような茶番じみた事をされる意味が分からない。
さっさと帰ってアキラかガコライに集りに行く方がよほど有意義だ。
そう、思った時だった。
「ロマリアが動きました。
…分かっているだけでも『神獣の使徒』『異端審問官』『傾国の魔女』『神剣の七英雄』
以上、4名のロマリア遊撃部隊がガリア王立学園に新入生、留学生に紛れてやってきます。」
何時も通りの糸目に細めた笑顔で依頼内容を語るリィーン。
その内容に息を飲むテファニア
面倒くさい事に巻き込まれたとため息をつくアニ
三者三様の反応をしつつも事態は深刻だった。
暗黒大陸での魔王討伐に成功した勇者一行がガリアに来る。
其れは冷戦のこの状況を壊すに足る事態だった。
◆◇◆◇◆◇◆
「……彼らは以前もアキラさんの調査で御忍びでガリアに入国してたのを私たちは掴んでいますが、
結局、アキラさんを討伐する意志も無く、その必要性も無いと判断して帰った為、放置していたのですが今回は少々要向きが違いますね。
戦争が目的か知りませんが王立学園に編入したいと申し出てます。 其れもアキラさんとルーさんのクラスへの編入希望です。」
千年前の魔王の転生体にして、死神の七英雄と呼ばれる アキラ。
魔王の母体と目される、闇の大精霊 ナミ。
十字教の女神である 光の大精霊 ルー。
ロマリアにとっては彼らの内、誰か一人でも手を出せば世界戦争に発展する。
しかも、非公式だが人形師の七英雄と、悪魔使いの七英雄がアキラと行動を共にし、
最強の七英雄と称される『蒼炎の戦女神』カグヤもガリアに時々現れる。
一歩間違えれば、ガリアは地図から消え失せる事態になりかねない。
その為、王立学園の新学期が始まる前に生徒、教師陣に腕利きの冒険者や騎士等を登院し、
戦乱を未然に防ぐ必要があった。
そして白羽の矢が立ったのが、神学、魔法学の学問に精通し
……かつ有能な人材である彼女達であった。
アニは普段はアレだが、魔女と呼ばれる高位の術師であり、薬学、魔法学、占学にも精通している。
テファニアも精霊学、神学、白魔法学など高い教養を持っている。
加えて二人ともAランクに匹敵する実力者な為、勇者一行と万が一戦闘に成っても、少なくとも逃げおおせる程には実力はあり、
アニに至っては打倒する可能性すらあった。
「貴女達は生徒……もしくは教職員として王立学園に潜入任務を行ってもらいます。任務内容は生徒の守護、勇者一行の牽制。」
王立学園の生徒は有事の際、戦力として数えられる。
しかし、その護衛ともなると、相手の強大さが見て取れた。
「仕事や休暇で遠征していた貴女達二人以外の仲間もこの任務を既に受けています。ガコライさんは清掃員として、ノエルさんは剣術の補充講師、カサンドラさんは錬金術の助教授として就いてもらっています。」
本来なら、戦争の要因たるアキラを一時的に他国へ遠ざけるか、教師業を一時、休ませればいい。
勇者一行の留学も国際的事情等で断ってもいいのだ。
こんなクエストは成り立たない……
しかし
「今回の依頼人は……ギルドからの要請だけではありません。 依頼人は……」
その名を聞き、彼女達は覚悟を決めた。
……世界を巻き込んだ新学期が始まる。
◆◇◆◇◆◇
テファ
「ところでこの格好は一体?」
リィーン
「カグヤさんとヨシツグさんの趣味だそうです。
マリアさんの協力の元、召喚の術式に手を加え、魔力糸による自動装備、着替えで纏わせました。」
アニ
「……任務中の学食の食券と、早弁の許可が欲しい。」
リィーン
「検討して置きます。」
……王立学園の食糧事情の命運を巻き込んだ戦いも幕を開ける。




