氷結の魔女 3
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帝国は成り立ちから女性優遇の国と思われがちだが、実態は実力主義の国である。
故に、要人に男性が少ないのは単に女性の実力が高いだけなのだ。
勿論納得しない者もいる。
主に、貴族、豪商、元・王族など権力者だった者。
カグヤに言い寄っては振られ、権力や力で無理やり手篭めにしようとして全て返り討ちにあった挙句、領土や国を奪われた者たちと同類。
つまり、権力と血筋以外誇れるものが無い者とカグヤに振られた者だ。
またカグヤは教育制度や福祉など現代日本で学んだ知識の恩恵など民衆の生活の向上を公約として掲げ、税率を減らし、金を持っている領主、貴族の持つ戦力を縮小させる為、兵一人ごとに税金を掛ける様にしたのも彼らにとっては気に食わないことだった。
反して、貧しい思いをしていた国民達のカグヤの支持率は極めて高くなり、今まで贅沢の限りを尽くした無能な権力者が反乱を起こしたが彼らが雇う兵士は平民が大多数を占めていたため、戦力差がなんと帝国軍10:反乱軍1という笑える戦力差になった。
もとより、強力な戦闘力に火の大精霊の契約者である彼女はたった一人で国を滅ぼす力がある為、対抗するには、数や状況ではなく、彼女と同じ力量を持つ個の力が必要なのだが、先を見えない反乱軍は数の差を奇襲で埋めようと試みる。
結果はカグヤの高笑いと共に巻き起こった蒼炎に吹き飛ばされ全滅。
カグヤの凄いところは死者を出さず、(当然、怪我人多数)に内乱を鎮圧したことだろう。
後に残ったのはカグヤの蒼炎の恐怖に戦意を燃やし尽くされ、財産も権力も没収され覇気の無い無能な、元・権力者だけが残った。
反逆者の中でも無能な者はそのまま、とり潰された。
実力のある者は猶予として、重税を掛けられ牙も爪も取り上げられ飼い殺される事になった。
武闘派のこの惨状を見て、穏健派の反対勢力は搦手でカグヤや要人達を篭絡しようと試みる様になるが下手な男より男らしい五将軍剣の戦乙女や狩の戦乙女がいる中、自身やその息子を養子縁組や伴侶として差し向ける方法は勝機のない策にしか見えなかったが、長い目で反撃の隙を伺った。
そして、アキラというガリアに彗星の如く現れた男の登場によって、その時期は思ったより早く訪れた。
◆◆◆◆◆◆
~エレノア視点~
アニさんに指摘されるまでもなく、カグヤ様の留守という手薄になったこの状況に反逆者か国外からの刺客が来るのは予想されていました。
故に…
「ば、化物……」
「うぅっ……」
「がふっ」
「夜襲とは……睡眠不足で私の美容が損なわれたらどうしてくれるのですか?」
虫も寝静まる頃に宮殿内の内通者が手引きしてきた暗殺者達が夜襲を掛けてきました。
寝込みを襲えば、武闘派のアデーレ女史やアリアは無理でも魔術士である私なら勝機があるとでも思ったのでしょう。
確かに魔術師は無詠唱魔法が使えたとしても距離を詰められれば苦戦は必至でしょう。
事実、私も接近戦を苦手とします。
それは無詠唱魔法を使え、賢者にまで上り詰めた今でも変わらない事実……
しかし、アキラとの敗北によって私はより強くなったのです。
ズガァァ!!
「ぎゃああああ!?」
「あら、まだ淑女の寝室に隠れ潜む 下衆がいましたの?」
後ろを振り返ると、何もない空間を突き破って生えた巨大な腕が襲撃者を殴り飛ばし、壁にめり込んでいます。
「な、しょ、召喚魔法!?、しかも一部分だけ召喚するなんて…」
解説ご苦労様。
そう、魔術士とは本来、研究者。
戦うという作業は使い魔に任せる。
転移魔法を使い、自然物や武器を呼び出し、魔物を作り出して戦うあの男のスタイルから着想を得たこの近接用召喚魔法。
腕や竜のブレス、翼に牙など、契約した魔物の一部分を召喚し、襲撃者を自動的に迎撃する魔法陣を私の空間に魔力で魔法陣を書き込み自動的に最適な魔物とその一部分の力のみを召喚して反撃させる術式。
実体は魔力のみで構成された魔物ですが、私の魔力を魔物という形に変えて迎撃する。
例え、私が察知できずとも私の魔力が形となって自動的に迎撃する。
「自身に無いものを他所から持ってくるのが魔術士という事、
後、淑女の寝室に無断で入る事の愚かさをその身に刻んで差し上げます。」
しかし、この程度の実力で私を襲うとは…
「くっくっく……わ、我らとて 将軍に勝てるとは思っていない…だが、これで任務は果たされた!!」
床にめり込んで私を化物よばわりした男が青い顔をし蹲りながら、負け惜しみをいっています。
うるさい、小虫ですわね。
「負け惜しみとは見苦しいですわね…」
「ははは、ガハッ……」
男の真上に竜の巨大な足を再度召喚し、床に踏み潰して黙らせます。
さて、負け惜しみと言いましたが、彼らの企みなら当たりが付きます。
現状、カグヤ様から政権を奪うには彼女に勝つのは必須事項。
しかし、勝機があるのは同じ、七英雄、それも戦いになるのは大精霊と契約しているアキラか、ロマリアの勇者くらいでしょう。
ロマリアとは諸外国での敵対勢力の急先鋒ですが、こんな回りくどい事をしなくてもカグヤ様、自ら滅ぼしにいけるでしょうし、ロマリアが誇る神殿騎士、異端審問官、暗部は今回の襲撃者の様にお粗末では無いでしょう。
となると、アキラとカグヤ様を仲違いさせ、殺し合わせる。
それも何時もの戯れではなく、本気の殺し合い。
あの二人を本気で怒らせる事態。
それは仲間、親しい者に害を成すことですね。
この二人の共通事項として自分の大切な者を傷つけられるくらいなら戦場を単騎で乗り込み一人で戦争を終わらせようとすることでしょう
カグヤ様とアキラは親しい者や子供、女性を傷つけるという行為は逆鱗に触れる行為でしょう。
国境線での戦いでも魔物や鉄人の七英雄には容赦しませんでしたが、女性兵士は拘束か睡眠、私も雪達磨にされましたが、傷つけようとはしませんでした。
この逆鱗、今回はアキラさんの逆鱗に触れるとなると、
彼の親友とも言えるアニさんが標的でしょう。
しかも下手人は帝国側…と。
これなら確かにカグヤ様とアキラの仲に亀裂を入れられますわね。
仲違いという事に関しては心情的には賛成したいところですが、その方法は許せるものではありませんね。
この足元で這いつくばっている小虫共は本当に、私の足止めというところですね。
本来なら急いでアニさんの下に駆けつけるべきでしょう。
ですが…
「これはアニさんの実力をみる絶好の好機ですわね。」
食客とはいえ、この国の来賓に取る行動では無いと重々承知していますが、私はこの襲撃を好機と捉えました。
「そうとなれば、早くアニさんの勇姿を見届けなくては!!」
間に合うかわかりませんが、急がなくては!!
◆◆◆◆◆◆◆◆◆
~暗殺者 視点~
アニ・スコールハートの暗殺
この冷戦によって戦場での功績を上げる道が断たれ、
婚約という搦手も望み薄だった穏健派の反カグヤ勢力にとっては
彼女を殺すことは戦争に持ち込める絶好の機会だった。
あの憎き、カグヤの快進撃を止め、その心まで虜にしたあの英雄アキラ。
戦闘狂の標的が彼奴に定まったときは帝国の猛者たちは胸をなで下ろしたが、搦手でカグヤを篭絡する至難さに気づいた穏健派の反カグヤ勢力は是れを好機と見た。
カグヤがダメならアキラを傀儡にすればとも考えたが、アキラを調べれば、権力欲が全くなく、国家に帰属しない男だった為、この二人を仲違いさせ、再び本気で殺し合わせる様に仕向ける事にした。
帝国側の一部の者の暴走として、アニという冒険者上がりの魔術士の小娘を殺害する。
食客として招かれた国賓を殺せば、あの甘ちゃんの英雄様の事だ、怒り狂い、戦争になるはずだ。
そうすれば、同じく仲間思いの女帝の事だ。
愛する者より、絶対に仲間、国を取る。
あの国境線の戦いは全くの互角、それも両者とも疲弊しきる程に実力は拮抗した。
勝つにしろ負けるにしろ、この好機を付けば、再びあの栄華を取り戻せる。
そう、信じアニの寝室に襲撃を掛けた。
別働隊は時間稼ぎと現場を混乱させる為に、五将軍や他の将校を襲撃している。
そして、アニの寝室を内通者から渡された鍵で開け、寝入る魔女を永遠の眠りにつかせようと扉に手を掴んだが…
ガチャガチャ…!!
扉が開かない。
おかしい、確かに鍵は開けたはずなのに……
(真逆、最初から開いていたのでは?)
仲間が忍び声で、意見する。
馬鹿な!
地位の低い冒険者とはいえ、奴らは警戒心だけは一流だ。
そんな無用心な真似、それも女性がするわけ…
ガチャリ
キィィィ
(いたよ! 無用心な女がいたよ!?)
内心ツッコミを入れる……
そして部屋を鍛えられた暗視で除くが……
標的がいない!!
馬鹿な!! 其れでは一体標的の魔女は何処にいる!!
寝室にいない……だとすれば、外出するとすれば…手洗いか?
考えれば昼間にアレだけ飲み食いしていたのだ。
……手洗いの為に目が覚めて部屋を出たとしてもおかしくはない。
時間稼ぎを行っている別働隊が作り出した時間を無為にはできない。
仲間を引き連れ、急いでトイレに向かう!!
それにトイレなら好都合!!
最も隙の出来る無防備な瞬間だ。
少なくとも男なら用を足す瞬間は完全な無防備!!
どの生物にとっても最も無防備な瞬間だ。
しかし、トイレへと向かう最中。
厨房からいい匂いが漂ってきた。
こんな時間に?
料理人が下ごらえする時間では無い
なのに、食堂に仄かに明かりが就いている。
どちらにせよ、任務の妨げになる以上、始末しようと食堂を覗き見ると……
「……わぁぁぁ鯛茶漬け完成~です。」
標的が寝巻き姿(狼の着ぐるみ?のようなフードパジャマ)で鯛茶漬けを作りパチパチと無表情で、しかし、どことなく嬉しそうにパチパチと静かに小声で拍手していた。
「……ふふふ、アキの故郷のSUSHI職人が食べるとされる店には出ない
幻の裏メニュ~ 鯛茶漬け
東洋の食材が揃う帝国にて遂に完成を見ました!!」
実際にはアキラの言っていた緑茶はなかったので、鯛の出し汁を使った鯛の出汁漬けご飯なのでが、この場にそれを突っ込める者はいない。
しかし、ゴマの風味と鯛の出汁が香ばしい匂いをだし、アニの無表情な顔からヨダレが出ている。
その光景に襲撃者達はズッコケそうになった。
手洗いでも無ければ、暗殺を察知した訳でもなく、夜中に隠れて夜食を作っていたのだ。
昼間にアレだけ、食べておいて未だ足りないのか?
と思ったが、食事も暗殺の隙に変わらない。
遠距離から毒付きナイフを投げてもいいが、致命傷にいたらず、毒が回る前に解毒されかねない。
「……いただきま~す。」
一瞬で近づき、一気に心臓か頭を狙って絶命させる。
「ハフハフ…ほ、ほへははかはか…」
この距離なら一足で狩れる!!
眼で仲間たちに合図を送り、一斉に飛びかかり、遅れて仲間が援護(保険)に即効性の痺れ薬を塗った黒い短刀を投げる。
最後の晩餐も途中だがこの距離、この短刀の雨ならどんな術師でも反応できま━━━━!!
「な!?」
襲撃者の動きが止まる。
それだけでなく、襲撃者を追い越し飛んでいったナイフが空中で動きを止め、床に落ちる。
無詠唱魔術!?
咀嚼しながら魔術を行使した!?
時間が止まったかのような錯覚に襲われる中、一人もちゃもちゃと、夜食を放ばるアニ。
もちゃもちゃと、食事を放ばる犬耳フードを来た魔女が振り返る。
「ほんはひほうほふはいはっひほ、はんひへひはひほへほ?」
*訳:そんな素人臭い殺気を、感知できないとでも?
食べてから喋れ!!と襲撃者は動かせない口に変わって目で訴える。
ずず~と最後の一口を掻き込み…ホクホク顔の魔女。
しかし、彼女の纏う魔力だけは命の存在を許さないとばかりに凍てつく冷気を放つ。
そのギャップに身震いする。
この気配には覚えがある。
嘗て、同じようにカグヤに奇襲をかけた者たちにカグヤが見惚れる様な笑顔で放った蒼炎の魔力…
あれと同質の力が目の前の少女から放たれている。
冷気なのに、火傷したかのような熱さを感じさせる殺気が襲撃者を襲う。
投擲を行った者も分が悪いと悟り、背後に振り返るも食堂の出口はいつの間にか堅牢な氷で塞がれているのに気づく。
退路が完全に絶たれていた。
「……食事中に話しかけるのは別にいいんですよ。
食事談義が食事をより美味しく食べれるスパイスになる時もありますし……
しかし、魔女の食事の邪魔する者は何人たりとも、それが神であろうと許しません。」
逆鱗
彼らは死神の逆鱗に触れ、戦争を起こし、カグヤを始末する為に逆鱗を触れに来た。
そうではない…彼らは既に彼女の逆鱗を踏んでいたのだ。
そして思い知る。
アキラやガコライが口で文句を言いつつもアニが食事を集るのを止めさせない事を…
七英雄の捕縛に貢献し、カグヤが一目置き、国賓として招いた本当の理由を…
何故、ロマリアが魔女と呼ばれる術者を魔族同様に怖れ、脅威と見做しているかを。
彼女にとって味方とは、美味しい食べ物をくれる人
彼女にとって敵とは、食事の邪魔する者
襲撃者達は愚かにも後者を選び、死神の逆鱗ではなく、恐ろしい魔女の逆鱗を触れる。
「……氷結の魔女たる所以…その身に教えてあげる。」
暗殺者にも広がる勘違いの輪。




