ある日の非日常/1
「戸締り、よし……っと」
静さんが焼いてくれていたトーストを腹の中に納め、学校へ行く準備をする。
カバン、オッケー。財布、オッケー。携帯電話、オッケー。
――ナイフも、オッケー……っと。
ちなみに、このナイフは静さんの手作りだ。
俺の誕生日に静さんがくれた。
ケーキ用のナイフを縮めたような大きさで、綺麗な銀色の光を放っている。
さて、忘れ物も無さそうだし……そろそろ出るか。
「いってきます」
とんとん、と靴のつま先で床を叩いて家を出た。
◇◆◇
学校に行く準備をして、家を出る。
うん、今日も快晴。
ウチの学校の生徒も、皆元気に登校して――。
「……え?」
思わず素っ頓狂な声をあげてしまう。
――なんで、同じ学校の生徒がこんなに登校してるんだ?
普通の日なら当たり前のことだが、今日は違う。
今日は、夏休みが終わる一日前……八月三十一日のはずなんだ。
俺は今から委員会の仕事をしに学校へ行くんだが……。
俺が、日付を間違えてる?
まさかね。昨日の……八月三十日の記憶ならあるんだ。
第一、人の記憶が丸々一日分も飛んだりなんかするもんか。
(――馬鹿言うなよ。昨日は、あんなに素敵な夜だったはずだろ?)
「……っ!」
胸が、痛い。
何かに切り裂かれたような、鋭い痛み。
数秒続いたそれは、唐突に止まった。
……とりあえず、確認しないと。
一体今日は、何日なんだ?
正しいのは俺か?他の人たちか?
ポケットに入っていた携帯電話を見る。
『九月一日』
え。
『九月一日』
何度見ても、九月一日は九月一日だった。
……俺、昨日一日の記憶が無いんですけど。
委員会の仕事、サボったことになってるんじゃないだろうか。
「はあ……」
もしそうならコレは、非常にマズイ事態だ。
◇◆◇
「え、昨日の仕事はやってた?俺が?」
学校に着いて始業式が終わってすぐに委員会の先生に謝りに行くと、予想外の答えが返ってきた。
なんと俺はクソ真面目に委員会の業務に取り組んでいて、夜の八時までぶっ続けで机に向かっていたらしい。
「先生の手伝いもしてくれて、本当に助かったわー」とか感謝の言葉を貰ったけれど、いまいち実感が湧かない。
先生と別れて、教室へ生徒の波に飲まれながら戻る。
……俺は昨日、何をしてたんだ?
流されながら、ポケットの中に手を入れてナイフの柄を指で弄る。
物を考えるときは、こうするのが癖になってしまっている。
「むー……」
謎は深まるばかりだった。
◇◆◇
とりあえず家に帰って、いつものように焼き飯を作って食べる。
惰性で昼間を過ごす。
狸だか狐だかに騙されたような気さえして、やる気が起こらなかったから。
夕食は静さんと一緒に寿司を食べた。
そういえば、静さんと寿司を食べるのは初めてだった。
どうも、静さんはわさびが苦手らしい。
注文のときに、「わさびは絶対入れないでくださいね。ええ、絶対」
と店員さんに念を押していたし。
もうすぐ三十路だってのに。
……はあ。静さんを見てると、飽きないなあ。
俺の小さな悩みは、少しの間だけ忘れていられた。
こういう平穏な日々こそ、きっと俺が望むことなんだから。
◇◆◇
次の日も、その次の日も。
俺は何かとズレを感じていた。
知らないはずのことを知っている、という既知感が頻繁に起こるようになったからだ。
会話でも相手が口を開く時には何を言おうとしているのかが勝手に理解でき、誰かが怪我をするのを未然に防ぐことだってできた。
でも、何かが足りない。物足りない。
重要な何かが抜け落ちてる。
何故か、そう思った。
既知感と現実の境界が曖昧になってきている。
今、俺は……どっちを感じてる?
(こんな焼き増しされたような世界には、うんざりだ。――なあ、そうだろ?)
そんな声が、頭の中から響いてきた気がした。
と、唐突すぎる!
……投稿した今、反省中です。
こんな駄文を読んでくださり、ありがとうございました。
次はバトルパートです。
頑張りますので、気が向いたらぜひ読んでみてくださいね。