思い出の雪原 ~ある日の冒険~
小学生たちが、ちょっと不思議な冒険をする物語です。
10歳になったショウは、ある日変わった夢を見た。どこまでも続く永遠の雪原のただ中に、ただ立っている夢である。繰り返し見る夢を不思議に思い、図書館で雪原が載っている本を探した。そして、その雪原の本を見つけた。最初は、白熊や、アザラシ、ウサギ、尖った山や、流氷の絵が載っていた。しかしそれは、最初の数ページだけで、あとは真っ白だった。ショウは、そこで興味を無くし、家に帰った。
その夜、みんなが寝静まった後、ショウが目を覚ますと、そこは雪がちらちらと入り込む洞窟の中だった。いつもの夢とは違うとすぐに分かった。冷たさが顔と手足を刺し、寒さが全身を通り抜けた。洞窟の外は、一面の雪原だった。
後ろから声がした。同級生たちが、眠い目をこすっている。しっかり者のミサト、野球少年のケンタ、怖がりのチアキ、力自慢のトモヤ、変り者のマイ、真面目で大人びたテツロー。洞窟の外を見渡す。足が冷たい。ここはどこか、誰も分かっていないようだった。
「夢に見た場所だ」
ケンタがつぶやいた。
私もと、ミサトも同意する。他のみんなも頷いたり、同じだと口々に言う。じゃあ、みんな同じ夢を見てたっていうのか、そんなことありえない。
「これを見て」
マイが一冊の本をみんなの前に差し出す。
「これ、昨日ショウくんが見てた本。私も気になって、借りてきたの」
それは、あの雪原の本だった。
「ここは、この雪原の中なんじゃないかしら」
そんなわけない、みんなそう思っただろう、でもそうでないとしたら、僕たちはどうしてこんなに一面真っ白な冷たい雪原の中に来てしまったのか。
「とにかく洞窟の奥に行こう。このままでは凍えてしまうよ」
トモヤが言い出す。そういえば、今僕たちはパジャマを着ている。このままではすぐに凍えてしまうだろう。靴も履いていない。エアコンも、ストーブもない。
みんなで奥で固まって、夢が覚めるのを待った。洞窟の外から、時々ごうと風の音がする。洞窟の中に吹き込む雪が、入口に薄っすらと積もっていた。
「このまま、この夢覚めないんじゃないかな」チアキがふとつぶやく。
ミサトが怒る。
「そんなわけないじゃん。なんでこんなことになるわけ。普通の小学生として普通に真面目に生きてきただけなのに」
「ミサトうるさい」
ケンタが諫める。
「なんであんたは冷静でいられるわけ。このままだと私たち、死んじゃうんだよ」
怒るミサトに、ムッとするケンタ。テツローがそれを仲裁する。
「まあまあ2人とも。その、マイちゃんが持ってきた本読んでみない、何か分かるかも」
思いつきだったが、本の隅々まで見れば、何か分かるかもしれない。そんなわずかな希望を持って、僕たち7人は、食い入るように本のページを眺めた。
雪原の本は、確かに僕がみた本と同じものだった。最初の数ページだけいくつかの絵が載っていて、残りはすべて白紙だ。
「本なのに、ほとんどのページに何も書いてないのはおかしいよね」
僕が言うと、みんなが頷く。それに、説明書きもない絵だけの本というのも変だ。絵自体も、子どもが描いたように色塗りが雑で、売っているような本には見えなかった。
「これって、仕掛け絵本だったりするかな」
テツローが本の向きを変え、目をこらしたり、本を振ったりする。
「私も、白紙ばかりなのはおかしいと思って、白紙の裏を懐中電灯で照らしてみたけど、何もなかったわ」
マイは自分でかなり調べてはみたらしく、テツローがやることを期待しない目で見ている。
ケンタは早くも本に飽き始めていて、洞窟のもっと奥の方に首を伸ばしている。
「なあトモヤ、奥の方気にならねえ? ちょっと見てこようぜ」
トモヤはあまり気が進まない顔をしている。
「え~?嫌だよ僕、虫とか蛇とかいたら怖いし」
「蛇はこんな寒いときは冬眠してるんだぜ。大丈夫、何もいないよ……わかった、ショウはどうだよ、ここにいたって何もできないし、奥の方行ってみねーか」
正直、暗い洞窟の奥に行くのはあまり気が進まなかったが、結局は何か出る方法を探さないといけないんだ。僕は自分に頑張れと言い聞かせた。
「わかったよ」
ケンタはよっしゃ探検だと気合いを入れて、洞窟の奥へとずんずん歩いて行く。洞窟から入る雪明かりが案外に奥まで照らしており、暗いと思っていたところも少し目が慣れると難なく歩けた。
ケンタは最近、お父さんとキャンプに行った話をし出した。
「俺、父さんにいろいろ教えてもらったんだ。洞窟は水が流れてくるところがあるから、中で迷ったら水がどこから流れてくるか探せ、とかさ」
洞窟は全面、堅く黒い岩壁で、水も生き物もいそうにない。ケンタの自慢を聞きながら歩くうちに、とうとう行き止まりまで来てしまった。
「ちぇ。木の棒とか木の板とかあれば、火を起こせたかもしれないのにさ」
そんなにうまくいくわけないだろと思ったが、心の中に留めた。自分も不安で、もしかしたらと思う気持ちはわかる。
諦めて洞窟の出口へと戻ってくると、マイとテツローが何やら真剣に話していた。
「おかえり。何かあった? 」
トモヤがこちらに声をかけて、初めて二人は僕たちが戻ってきたことに気付いたようだ。
「いや、何もなかったよ」
ケンタにミサトが食いつく。
「何もなかったよじゃないでしょ。どれくらいの距離まで行ったのかとか、水とか木とか……ほんとに何もなかったの? 」
黙るケンタの代わりに答える。
「うん、ずっとここと同じ岩壁で、たぶん100mもないくらいかな、行き止まりだったよ。この先はどこにも通じてなかった」
みんなが静まりかえる。ケンタが、ここにいたみんなは何を話していたのか聞き返す。どうやら、本の白紙のページを埋めれば帰れるのではないかという話をしていたらしい。
「みんながどんな夢を見たのか詳しく聞いてみたんだ。僕は雪原の中で、どこかに行こうとしている夢が多くて、マイちゃんは雪原で何かを捕まえようとする夢、チアキちゃんは雪原で何かが足りないなと周りを見ている夢で、ミサトちゃんは雪原の中で山を探している夢だったんだって。だから、僕は仮説を立てたんだ。『この本は、残りのページを探している』、ってどうかな」
こんどはケンタと僕が唖然とする番だった。テツローが言っていることは、本が意識を持っていて、ページを探すために僕らをここにつれてきたということだ。
「な、嫌なこというなよ。冗談きついぜ」
ケンタは普段はオカルトが好きだが、それでも受け入れられないらしい。チアキは顔をこわばらせている。
「それで、どうしたら良いと思ってるの」
自分の声がひどくぶっきらぼうになってしまった。
マイがゆっくりした口調で説明をする。
「私、この本を借りてきて、家でいろいろ調べたって言ったけど、そのときに、鉛筆で白紙のページに印をつけたの。ほんとは図書館の本だからよくないんだけど。でもそのページを見ても、書いたはずの印がついていないの」
「つまり? 」もったいぶった口調の彼女に、僕は先を急がせる。
「つまり、この本は現実の本じゃない、あくまでもこの夢の世界に存在している本なのよ。もしクレヨンを持っていなくても、この本に絵を描く方法があるかもしれないわ」
どうやら、この本は魔法の本で、絵を描く特別な方法が必要らしい。しかし、その方法もわからないし、いつまでこの洞窟にいないといけないんだろう。
「そういえば、こんなに外は雪が降っているのに、ほんとうならもっと寒いんじゃない? 」
僕の疑問に、ミサトが答える。
「そう思って、私少し外に出てみたのよ。確かに雪は冷たいけど、ほんとうなら足がかじかんで赤くなるはずなのに、全然ならないのよ。じっと雪の上で止まっていても、確かに寒いんだけど、震えるまで寒くならないのよね」
ミサトはお父さんが雪国出身なので、毎年お爺ちゃんとお婆ちゃんの家で雪で遊んでいて、そのときと比べて絶対おかしいと言い切った。
そこでテツローが提案する。
「もし、ミサトが、この雪原にありそうなものを想像して、この本に念を送ったりしたら、ページに絵を描けないかな」
「やってみる」
ミサトは本を受け取り、身体の前で抱きしめ、目を閉じて集中する。みんなが息をつめて見守る。ミサトがまぶたを開く。
「どうかな」
本をめくる、絵の最後のページの次のページには――――
僕は、その本の絵が、どこかで見たことがあるような気がしていた。
しかし、ずっと思い出せなかった。
今思い出した。
僕が小学校低学年のときに、夏休みに行った温泉旅館の近くの骨董屋で、変なノートを見つけた。表紙は無地で、中は真っ白で、閉じ方が変なノート。
店主が言ってたのは、古い家の奥から出てきたもので、状態がよかったから捨てるよりかはと安く買い取ったらしい。
僕はそのときに絵を描くのが好きで、その変なノートをお父さんに買ってもらって、誕生日に買ってもらった北極の図鑑の写真を色鉛筆で写生して、それをクレヨンで塗っていた。
でも、10ページも描かないうちに飽きてしまって――――
絵の最後のページの、次のページには、雪だるまが描かれていた。
「すごい! 僕の仮説が当たった! ミサト、すごいよ! あれ」
ミサトの姿はどこにもなかった。
「ミサト? どこに行ったの怖いよ」
怖がるチアキを、マイがなぐさめる。
「きっと帰ったのよ。大丈夫、彼女は夢が覚めただけよ」
トモヤが次にやると言い出す。
「もしミサトがまた変なところに行っていたら、早く行って助けないと。本を貸して」
トモヤが本を抱えて、数秒目をつむり、それから本を置いてページをめくる。
新しいページには、ペンギンが描かれていた。いつのまにか、トモヤの姿も消えていた。
次に手を上げたのはケンタだ。本を抱えて、目をつむる。
「かっこいい絵になってるといいな」
新しいページに、シャチが描かれていた。ケンタも、姿が消えていた。
僕は、持っていた疑問を口にした。
「ねえ、残りのページって何ページあるの。後4ページで、本当にこの本は満足するの? 」
4人が静まりかえる。
「残りは、あと26ページある」マイが答える。
少しの沈黙。
「でも、考えていたって仕方がないじゃない? ここにいても、どこにも行けないんだもの」
3人がここから実際にいなくなったことで、チアキはこの方法で脱出するという希望がわいてきたらしい。
「今度は私がやってみてもいい? 」
テツローがチアキに本を渡す。
チアキは本を抱えて目をつむる。
次に目を開けて、開いたページには、氷河から氷の塊が落ちる景色が描かれていた。
チアキの姿は消えていた。
「僕もチアキちゃんと同じ考えだよ。いまここから脱出する方法はこれしかない。なら、本が満足するかどうかは、今話していても仕方がない。次はマイちゃんがやってみて」
テツローが本をマイに渡す。
マイは納得しない表情をしながらも、頷いて、本を受け取り、同じように身体の前に抱えて目をつむる。
目を開けて、ページを開くと、黄色いベストを着た人が氷の穴に釣り糸を垂らす様子が描かれていた。
マイの姿は消えていた。
「次は、ショウだよ」
テツローが本をこちらに差し出す。
僕は気が進まなかった。
「いや、テツローが先にやってよ。僕もすぐ後から行くから」
テツローは、不思議そうな顔をした。
「ずいぶんうかない顔をするんだね。ここから出られるのに」
彼は、こちらを見て、こちらの答えを待っている。
僕は諦めて、この本に描いてあった絵は自分が描いたものであること、この絵は骨董屋で買ったノートに描いて、ノートはそのまま、まだ家のどこかにあるだろうことを話した。
「そうすると、骨董屋で買ったノートは実は付喪神ってやつで、僕らはそれにからかわれたのかな」
古いものには神が宿るらしい、漫画やアニメの話みたいだが、いまの状況に当てはまっていた。テツローは、僕の心情を読み取ったらしい。
「ショウ、君がこのことでみんなを巻き込んだと思っていることはわかるよ。でも、君が夢から出られないと、みんな心配するよ。もしノートが、君を恨んでいるなら、君をこの世界に閉じ込めるかもしれない。だから、君が先にやって」
テツローの意思は堅かった。僕がいいといっても、テツローは頑として順番を譲らなかった。僕は、根負けして、本を手に取り、目をつむった。
少しでも本が楽しい気持ちになれるよう、スキーをする風景を描いたつもりだ。
目を開け、本を置くと、その瞬間、自分の部屋の天井が見えた。時間はまだ12時半だった。僕は少し怖い気持ちになり、そのまま布団をかぶり、寝てしまった。
翌朝、学校に行くとみんながいた。しかし、テツローだけがいなかった。
「テツローがいないけど、今日は休みなのかな」
思ったよりもか細い声が出た。
「テツロー? 誰それ」
「俺も知らねー」
ミサトと、ケンタは知らないと言う。僕が何度説明しても、2人は困った顔をするだけだ。
隣のクラスに行き、トモヤとマイとチアキにも聞いた。3人とも、テツローの名前は聞いたことさえないと言う。
どういうことだ、テツローだけ出てこれなかったのか? じゃあ、何で僕だけ彼を知っているのだろう。僕のせいなのか?
放課後、一直線に家に帰り、お母さんに昔のあのノートがどこにあるか聞く。
「ああ、あのノートね。リビングのテーブルに置きっぱなしになってたから、確か使い終わった教科書と一緒に段ボールの中よ」
急いで自分の部屋へ走り、押し入れにある段ボール箱を開ける。教科書と教科書の間に、あのノートが挟まっていた。
ノートを開ける。最後の絵には、笑顔の少年が描かれていた。間違いない、あのテツローだ。
―――「手製のノートで、表紙には名前が書いてあったんだけど、それじゃ売れないから表紙だけ代えたんですよ。もちろん、買い取るときに許可は取ってます。ご本人が、せっかく作ってもらったノートだったけど結局使わなかったから、誰かに使ってほしいということで」―――
教えてもらったその名前は忘れてしまったけど、たぶん今ならわかる。




