勇者パーティ追放
「ねえ……言わなくても解るわよね?」
俺に向かって厳しい眼差しでそう告げたのは、パーティメンバーの女性騎士。
彼女は腕を胸の下で組み、苛立たしそうに俺を見つめる。
真っすぐに伸びた長い金髪。その黄金の髪を所々彩る髪飾りは、全て魔力を有した魔法具だ。
なお、彼女の小さ……うぉっほん、なだらかな胸は、下から支えてもさほど変化はない。もっとも、その胸は重厚な金属鎧の下に隠されていて変化する訳もないのだが。
「え、えっと……それってやっぱり……?」
「ええ、そういうことです」
俺の言葉に応えたのは、純白の法衣を纏った女性神官。白い法衣に映えるは、漆黒の髪。女性魔術師同様に長いが、彼女はその髪を複雑に編み込んでいる。法衣に飾り気はほぼないが、それでも彼女の気品が損なわれることは一切ない。
なお、彼女の胸も……控え目だね。
「私たち全員の想いは勇者に向けられているの。そんな中であなたは……はっきり言って邪魔なのよね」
きっぱりと俺が邪魔だと断言するのは、最も小柄な女性。だが、実は女性陣の中で最年長……うぉっほん、俺は何も知らない。何も言っていない。うん。
彼女はいわゆる斥候だ。短く切られた髪は、彼女の活発さをよく表している。
そして、余計なお世話かもしれないが、彼女の胸もやっぱり……いや、余計なことは言わない方がいいな。
俺、あいつが胸の小さい女性が好みだって知っているからね。だから、そういう女性ばかり集まっていても不思議じゃないよね。口に出したりはしないけどさ。
俺の目の前に立つ、三人の女性たち。彼女たちは皆、俺と同じパーティのメンバーだ。
そして、傾向は違うものの揃いも揃って三人とも美女ばかり。
そんな美女たちに詰め寄られる俺。だけど、ちっとも嬉しくない。
「魔術師殿……あなたのことは、決して嫌いではありません。あなたの魔術師としての実力も、わたくしたちは高く評価しています。ですが……」
今。俺たちがいるのはよく利用する酒場。
いつもなら五人で利用するのだが、今日は一人欠けている。もちろん、意図的にだ。
「私たち、勇者が好きなの。愛しているの」
「わたくしたちの間で、既に結論は出ています」
「私たち三人……ううん、勇者も含めて四人でこれから活動していこうってね」
そう。
俺たちはいわゆる「勇者パーティ」ってやつで、勇者、騎士、神官、斥候、そして魔術師の俺。実にバランスの取れたいいパーティ構成だ。当然、勇者の仲間に恥じないだけの実力を、俺を含めた全員が持ち合わせている。
「私たちは全員で愛し合っていこうって決めた。でも……」
「あなたがいると、その……」
「邪魔なのよね、はっきり言って」
つまり、こういうことだ。
彼女たちは皆、勇者のことを愛している。そして、勇者もまた、彼女たちのことを愛しているようだ。
だから。
そんな相思相愛──男一人に女三人でも相思相愛と言っていいのか不明だが──の中に、俺という邪魔者。
邪魔者の俺は、今まさに勇者パーティから追い出されようとされているのだった。
◆◆◆
この世界には、勇者と呼ばれる者たちがいる。
世界のあちこちに存在する、聖剣。その聖剣に使用者として認められた者、それが勇者だ。
聖剣の能力は様々だが、その全てが極めて強力な力を宿していると言っていい。
いわく、海を割る。いわく、山を砕く。いわく、天を穿つ。
などなど。聖剣にまつわる伝説は数限りなく、実際の聖剣も伝説に劣らない──いや、伝説以上の力を宿している聖剣も実在するのだ。
聖剣の総数は、七振りとも七十七振りとも言われているが、その実数は不明。だが、少なくとも、現在は三振りの聖剣が確認されている。
その内の一振りが、我らが勇者の所有する『白帝剣バルディオス』である。
『白帝剣バルディオス』は、別名を『光の聖剣』という。文字通り、光の力を宿した聖剣であり、過去に確認されている中でも最も強力な聖剣とも言われているほどだ。
そんな『白帝剣』に選ばれた勇者。当然、その知名度は瞬く間に広がり、今では彼のことを知らない者などいないぐらい。
王国中央の貴族から辺境の庶民まで、彼の勇者の名声は広まっている。
その勇者と俺は、いわゆる幼馴染であり親友でもある。
俺たちが生まれたのは、とある辺境の開拓村。
家が隣同士で、物心ついた時には兄弟のようにして育った。
「いつか二人で冒険者になって、世界中を旅して回ろうな! そして、困っている人たちを俺たちで助けるんだ!」
幼い頃から、彼はよくそう言っていた。そして、いつも太陽のような笑顔を俺へと向けたものだ。
そして。
「何か、すっげーかっけー剣を手に入れる夢を見たら、朝起きたら枕元にその剣があったんだー」
と、不思議そうに彼が一振りの剣──『白帝剣バルディオス』を俺に見せたのは十二歳の時だったか。
その後、当然のようにこの話は広まった。故郷の開拓村だけではなく、近隣の村々やその地方の領主にまで。
なんせ、聖剣を手にした彼は、生まれつきの正義感と、才能という土台の上に日々積み上げた努力によって、成人として認められる十五歳になるまでにいくつもの武勲を挙げたのだから。
ちなみに、彼の両親は引退した冒険者で、父親は魔術師で母親は剣士だったそうだ。
俺は幼い頃から彼の父親に魔術を教わり、彼は母親から剣術を学んだ。俺にも魔術師としての才能はあったようで、俺と彼は成人前から二人で故郷の村の周囲で様々な冒険をしたものだ。
なぜか、彼と一緒にいると色んな問題にぶち当たるのだ。村へ来る行商人の馬車が盗賊に襲われているところに遭遇したり、山に山菜を取りに行けば近隣にはいないはずの魔獣と出くわしたり。
時には、なぜか村の近くで迷子になっていた領主のご令嬢を保護したこともあったっけな。
ホント、彼と一緒にいると退屈とは無縁だったよ。
村の小さな神殿の司祭様いわく、「勇者とは様々な困難に立ち向かい、これを打破する者のこと。彼が聖剣の所有者となった以上、彼には常に試練が付きまとうだろう」とか何とか。
この言葉を聞いた時の彼は、いつものように太陽みたいな眩しい笑顔を浮かべてはっきりとこう言った。
「大丈夫! おまえと一緒なら、どんな試練でも乗り越えられるさ! 俺と親友のお前、二人が揃えば無敵だからな!」
実際、俺たちはいくつもの困難と遭遇し、それを全て乗り越えてきた。そして俺と彼が十五歳で成人と認められた時。
俺たちは冒険者となるために、故郷の村を旅立ったのだった。
◆◆◆
故郷を旅立った後、その地方の領都で正式に冒険者となった俺たちは、その後も様々な困難──司祭様の言うところ試練──に遭遇し、これを乗り越えてきた。
元より彼は正義感が強く、困っている人を見捨てることのできない性格だ。そんな彼が聖剣を引っさげて様々な問題や冒険者としての依頼を解決していけば、当然その名声は高まるばかり。
加えて、彼はいわゆるイケメンだ。
すらりとした均整の取れた長身に、優しくてさわやかな印象の美青年。これが彼の名声を更に押し高めたのは言うまでもない。
若い女性を中心に彼の人気はどんどん高まり、この地方の領主どころか王国中央にまで彼の武勇伝は届くようになった。
もちろん、俺も彼と一緒に精一杯活躍した。だが、どうしたって彼の方が目立つ。イケメンで高身長でさわやかで誰にでも優しく最強の聖剣所有者。これでモテないわけがないよな。
俺だって自分で言うのも何だが、それなりの容姿をしていると自負している。とはいえ、彼の隣に立つとどうしても見劣りするわけで。
彼が勇者として名声を高める一方で、俺はあくまでも「勇者の相棒の魔術師」という立場から抜け出せない。
もちろん、俺のことを評価してくれる人もいる。特に同じ魔術師からは、「若いのに優秀で将来が楽しみだ」なんて言われたりするのだ。
でも、やっぱりモテないんだよなぁ。
そんな俺たちは、領都から王都へと活動の拠点を移した。その過程で、何人か仲間も増えたのである。
言うまでもなく、それが彼女たちだ。
彼女たちは皆、彼に窮地を助けられ、彼に恋した。彼女たちを救い出した際には俺もいたのだが、俺には目もくれずだったな。
女性騎士が魔獣の群れに囲まれて孤立した時、その魔獣を魔法で薙ぎ払ったのは俺なんだけどなー。
女性神官が悪徳商人に騙されて妾にされそうになった時、悪徳商人の不正の証拠を暴き出したのも俺なのになー。
女性斥候が盗賊団に捕まり今まさに貞操の危機って時に、盗賊団全員を魔法で眠らせたのは俺のはずだよなー。
確かに先頭切って鉄火場に飛び込んだのは勇者だし、直接彼女たちを救い出したのも勇者だ。そんな彼に彼女たちが夢中になるのも解るっちゃ解るけどさ。
もちろん、彼女たちは俺へも感謝してくれたけど、やっぱりその目はいつも勇者に向けられていたな。
そして、彼女たちが仲間に加わって戦力が増した俺たちの快進撃は更に続いた。
俺たちの活躍は遂に王族の耳にまで届き、国王陛下と謁見までしたこともある。
その際、勇者と王女様が仲良くなった……なんてことはなかった。我が国、王子は三人いるけど王女はいないんだよね。
もしもこの国に王女がいたら、勇者のことを見初めたかもしれないな。まあ、第一王子の王太子と勇者、そして俺の三人は結構仲良くなったけど。
同じ年頃の男同士ってことで、妙にウマが合ったんだ。
俺たちが男三人で馬鹿話で盛り上がっていると、いつも女性陣が不機嫌なんだが……それぐらいは我慢しろよ。相手は俺だけじゃなく、王太子殿下なんだしさ。
まあ、王太子殿下を前にしても、勇者への気持ちが揺るがないのだから、そこは褒めるべきかねぇ。
◆◆◆
とまあ、俺たちは王都でいつくも実績を積み上げ、名声もどんどん高まった。
それに合わせ、勇者や女性陣にはいくつも縁談が舞い込んだりもした。何故か、俺にはそんな話は全然なかったけど。
ちなみに、勇者と女性陣はどんな縁談にも応じなかった。それだけ、お互いの気持ちが強いからだろうな。
そんなこんながあり、今に至るわけだ。
俺は女性陣からパーティを脱退してくれと迫られた。そして、俺はそれに応じることにした。
確かに、勇者と女性陣の関係を思えば俺は邪魔者でしかない。戦力的にも俺がいなくても大丈夫だろう。勇者の奴、最近は剣術だけじゃなく魔法も使えるようになったし。しかも、あっという間に俺と同じレベルの魔法まで覚えやがって。そもそも、勇者とは人智を越えた存在なのだが。いや、そういう存在だからこそ、勇者と呼ばれるのかもしれないな。
何にしろ、俺がいなくても問題あるまい。
そう判断した俺は、女性陣の要請を受け入れパーティから脱退することにした。
◆◆◆
「俺に黙ってパーティから抜けるなんて、何を考えているんだよ?」
パーティを抜けた翌朝。俺は王都から旅立とうとした。
勇者のパーティを抜けた以上、俺がここに留まる理由なんてない。他の冒険者パーティに加入することもできただろうが、少なくとも今はそんな気分じゃなかった。
探せば俺を受け入れてくれる冒険者パーティもあるだろう。だけど、俺は勇者以外とパーティを組む気にはなれない。
確かに勇者パーティからは抜けたが、別に勇者のことが嫌いになったからじゃないしな。
だから俺は黙って王都を去ることにした。どこか別の土地で、しばらくはのんびり暮らそうと思って。
幸い、金は充分にある。これまで勇者パーティの一員として活動してきたのだ。金銭面の不安は一切なかった。
だから、しばらくはどこかでゆっくりしよう。そう思い、女性陣から脱退を迫られた翌朝、夜が明けきる前に定宿を引き払ったのだ。
そして宿の外へと出た時。そこに彼は待ち構えていて、俺に問いを投げかけてきた。
「彼女たちから聞いたのか?」
「ああ。理由はあいつらも知らないみたいだったが、な」
ふむ、どうやら自分たちから俺に抜けろと言い出したことは、勇者には告げなかったらしい。
まあ、そのことは正直どうでもいい。どんな理由にしろパーティを抜けると決めたのは俺だしな。
「どうして抜ける?」
再び勇者が問う。その問いに俺は答えなかった。
「はぁ……どうせ、彼女たちが何か言い出したんだろ? 最近、何かとうるさい……いや、重いんだよな、あいつら」
ん? 彼と彼女たち、もしかしてあまり上手くいっていないのか?
てっきり俺は、彼と女性陣の想いが通じ合っているものとばかり思っていたのだが。
がりがりと頭を掻きながら、勇者は俺から視線を逸らす。
「俺がちょっと他の女の子と会話するだけですぐに機嫌が悪くなるし……場合によっては、相手の女の子を睨みつけることもあるし……感じ悪くて依頼主と上手く交渉さえできない場合も少なくないんだよ」
勇者パーティという名だけあって、このパーティのリーダーは彼だ。冒険者のパーティとして活動する以上、どうしたって各種交渉は必要となる。
その際、交渉相手が女性ということもあるだろう。中には彼と自分の娘を引き合わせようと、交渉の際に娘を同席させる商人や貴族もいたし。
交渉とまでいかなくても、冒険者として各種依頼を受ける時に、その窓口が女性ということだってある。
更に言えば、食事の際に店の女中と言葉を交わすことだってあるだろう。
そんな時も、パーティの女性陣は面白くないらしい。
ああ、そりゃ勇者に「重い」って言われるのも無理ないわ。
「彼女たちのことは置いておいて、だ。おまえ、どうしても抜ける気か?」
「そうだな。もう今のパーティを続けるつもりはない」
たとえ勇者と女性陣が、俺が考えていたほど想い合う関係でなかったとしても。
もう俺は彼女たちと一緒にやっていくつもりはない。
あれだけはっきりと邪魔って言われたんだ。そりゃ無理ってものだろ?
「ふーん。で、これからどこへ行くつもりなんだ?」
「特に考えていないが……まずはのんびりできる場所に行こうかと思っている」
「のんびりできる場所か……それもいいな。そういや、王都の南に温泉が湧く町がなかったか?」
「ああ、確かにあったな。小さな町で、過去に一度だけ通り過ぎたことがあったはず」
何かの依頼で王都の南方へ出かけた際、小さな温泉町を通り過ぎたっけ。あの時は急ぎの依頼だったからただ単に通り過ぎただけだった。帰り道は別の街道を使ったし。
「じゃあ、決まりだな! まずはその温泉町へ行こうぜ!」
ん?
あれ?
よく見れば、勇者はしっかりと装備を着込んで旅の荷物も準備していた。
もしかして、こいつ……
「おまえ、俺と一緒に来るつもりか?」
「当然だろ? おまえと俺が別々の道を行くはずがないだろ?」
いつものように、太陽みたいに笑う勇者。
ははは。こいつ。子供の頃から全然変わっていないな。
「…………彼女たちはどうするつもりだよ?」
「んー……放っておけばいいんじゃね? 俺に黙っておまえを追い出そうとした奴らなんて知ったこっちゃねえし」
…………何だよ。こいつ、知っていたのか。
「ま、手切れ金代わりに有り金や余った装備品も全部置いて来たし、別れの手紙も置いて来た。もう問題なし!」
「…………いや、問題ありまくりだろ……」
……ああ、こいつはこういう奴だった。
勇者とか言われるようになっても、根っこの部分は子供の頃から全く変わっちゃいない。
こいつは……勇者は子供の頃から基本的に人懐っこく、誰にでも優しく礼儀正しく接するが、一度嫌いになった相手にはとことん冷たい態度を取る。
もっとも、こいつが誰かに対して怒りを覚えるなんてことはほとんどないのだが……今回はその数少ない例外のようで、女性陣はこいつの逆鱗に触れてしまったのだろう。
ちなみに、彼の逆鱗は自分を含めた誰かが大切にしているものを馬鹿にしたり、汚したり、踏みにじったりすること。
今回の逆鱗は…………間違いなく「俺」、だよなぁ。
こいつが怒る時は、静かに怒る。怒りが増せば増すほど静かになる。こいつはそういう怒り方をするんだよ。
「おまえが何を言おうが、俺はおまえについていくからな! それに約束しただろ? いつか二人で冒険者になって世界中を旅して回ろうなって」
にっこりと笑いながら、拳を掲げる勇者。
そうだった。俺は勇者と約束したんだった。
「……そうだったな。思い出したよ」
「あ、ひでぇ。俺は忘れたことなんてないのに」
顔を顰めつつも掲げられたままの彼の拳に、俺は自分の拳を軽くぶつける。
「んじゃ、改めて俺とおまえの旅の始まりだ!」
「まずは温泉でしばらく休養するけどな」
「おう! 休養も大事だからな!」
俺たちは肩を並べて歩き出した。まずは王都の南、温泉の湧き出る町へ行こう。そこでしばらく休養したら、再び旅をしよう。
どうせまた、様々な困難が待ち構えているだろう。そればかりは勇者と共に歩む以上、避けることはできない。
だが、避けられないなら突き破ればいいだけだ。
俺と勇者の二人なら、どんな試練や困難だって突き破れないはずがない。
こうして。
俺と勇者は改めて旅を始めることにしたのだった。
◆◆◆
「なあ、やっぱ男二人だと華がないじゃん? どっかで女の子を仲間にしようぜ!」
「あのなぁ……それが原因でパーティが崩壊したんだって解っているか? さてはおまえ、全然懲りてないだろ!」
「えー、いいじゃん、いいじゃん!」
「駄目だ。仲間にするのなら、男限定!」
「じゃあ、次はおまえの好きなおっぱいの大きな子にしよう」
「………………………………それなら、まぁ」
……………………いいかも知れない…………かな?
その後、ひょんなことから行動を共にするようになった女性狩人──胸が大きい──が、やっぱり勇者に潤んだ瞳を向けるようになったのは…………まあ、お約束という奴だろう。うん。
……………………悔しくなんかないやい。




