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供物育成プロトコル

作者: 広育 春美
掲載日:2026/03/01

 はるか昔、もはや「昔」とすら呼ぶにはおこがましい、悠久の時の彼方。

 その果てしなき宇宙の深淵に、"バッド星人"と呼ばれる冷酷なる存在がいた。彼らは知性を持つ生命の芽吹く星々を次々と侵略し、滅ぼしていった。慈悲も憐れみも知らぬその意志は、ただ破壊のみを歓喜とするものだった。

 その暴虐から逃れるように、ランナウェ星の民は一隻の巨大な船に乗り込み、銀河の果てを目指して旅立った。10億にも及ぶ命が、祖なる星を捨て、新たなる安息の地を求めて暗黒の宇宙に身を投じたのである。


 ――時は流れた。

 幾千、幾万もの星暦が過ぎ去り、彼らはついに自らの故郷に酷似した惑星を見出した。その星は青く、美しく、そして水に満ちていた。だが、希望はすぐには現実とならなかった。豊富な水は同時に、彼らの体には毒ともなりうる微細な生命である微生物をも育んでいた。

 直接の移住は叶わぬと悟ったランナウェ星人は、代わりにその星を「食料星」と定め、食物を育む星とした。いつかこの星が自分たちのものとなる日を夢見て、恒星圏内の死星を改造し人工衛星を築き、衛星内部に居住地を建造した。その星の衛星軌道上を周回し、運命の時を待つことを選んだ。


 時が経つにつれ、食料星には命が芽吹きはじめた。だがその星の気候は変わりやすく過酷だった。小さな隕石の衝突ひとつで氷河期が訪れ、恒星の輝きがわずかに翳っただけで、生態系は脆く崩れ去った。

 そこでランナウェ星人はひとつの決断を下した。環境に適応できる、新たな生命を創り出すこと。かくして、彼らは体長10メートル以上にもなる巨大な生物の遺伝子を設計し、星に放った。新たなる王者としての存在は、食料星の至るところに広がっていった。

 だが、平穏な時代もまた、永遠には続かない。

 何億万年もの静寂を打ち破るように、かのバッド星人がこの恒星系に向かっているとの報が届いた。再び逃げるか、それとも……。民の多くは、もう後戻りはしたくないと訴えた。その声を受けて、ランナウェ星人はある策を講じた。己らを偽装し、バッド星人の目を欺く計画を。


 彼らは食料星を改造する計画を実行した。

 直径10キロほどの重力装置を食料星へと超速度で落下させ、その影響で星の生態系は壊滅的な変動を迎えた。洪水が王者の命を奪い、恒星の光が届かぬ暗黒の時代が訪れた。大型生物たちは次々に滅び去り、残されたのは、微細な生命と、しぶとく生き延びた小動物たちだけだった。

 数万年の時を経て、改造は成功をおさめ、二足歩行の知性ある生命が生まれた。自らの手で文化を築き、言語を生み、火を使い、星を見上げるようになった。


 完全冬眠の交代制の監視要員として目覚めていたランナウェ星人たちは、かつて議論にすらならなかった、ある案を検討した。この案はかつて否決され、強く反対された過去があった。だが今、かの倫理を重んじる者たちは皆、長い眠りについていた。その静寂の中で、目覚めていた少数の監視者たちは、この惑星の未来を見定めるため、かつての禁断に手を伸ばしたのである。バッド星人の遺伝子を二足歩行の生命体に埋め込んだのだ。

 実験は緻密に計画され、そして、驚くべき成果をもたらした。時間とともに、二足歩行の動物たちはバッド星人に似た攻撃性と創造性の二面性を発現しはじめた。時に争い、時に協力し、時に破壊をもたらし、同時に驚異的な文明を築きあげていった。

 食料星の時間で5万年が経過した頃、彼らの数は80億に達しようとしていた。だがそれは滅びの兆しではなく、むしろ繁栄の証であった。彼らは言語を超えて通信し、遥か宇宙へと手を伸ばし、ついには自らの手で宇宙船を造り出し、星の大気圏を超え、ついにランナウェ星人の住む衛星の表面にまで到達するに至ったのだ。

 彼らの姿は、ランナウェ星人に酷似していた。だが、まったく同じではなかった。彼らは新たな可能性を持ち、無限の未来を内包した、未知なる種として進化を続けていた。


 そして——バッド星人がやって来る。

 ランナウェ星人は知っている。バッド星人はこの食料星の微生物や病原体を嫌悪して滅ぼすだろう、そして二足歩行の生命体たちも全てを滅ぼすだろう。そして食料星は生物が宿らない静寂の星となる。

 そのときこそ、ランナウェ星人が地上に降り立ち、この星を真の故郷とするのだ。永遠の安息と、真なる幸福をその手に握るために。彼らは静かに、衛星の奥深くで、眠り、その時を待ち続けるのだった。


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