第6話 弓の練習
ツムは大人たちがケンの弓の上手なことばかり褒めたのが面白くなかった。
「俺だって一生懸命走り回っていたのに、ケンばかり褒められている」そんな思いで宴会を見ていた。
子供の頃から、駆けっこ、木登り、相撲、川遊びなどなんでも競いあった。
体格も力勝負もほぼ互角、手先の器用さも負けなかった。
「歳は一つ下でも同じだ。ケンに負けていない」
だが、弓ではどうにも勝てない。狩りの成果は弓に負うことが大きい。
大人は子供の遊びなんてどうでもいいのだ。狩りに行って、獲物を捕って来るかどうかだ。
獲物を真っ先に捕まえても、矢が当たっていたなら、一番褒められるのは矢を放った者だ。
「俺も弓が上手くならないと大人になれない」
「ケンなんて、獲物を一発の矢で仕留めている。大人が褒めるのも当然だ。ああ、俺なんか獣を追いかける事しか出来ない。このままじゃ、だめだ」
だから、ケンに弓を教わることにした。
翌朝、二人で原っぱに行く。昨日の狩りは大漁だったから、数日は狩りに行かないですむ。二人は今日一日弓の時間とした。
「いいか、何度も言うけど、弓を使う時は一定のリズムで行くんだ。呼吸に合わせて、急がず焦らず、的を射抜く気持ちを持て。」
「でも狩りでは急がないと、獲物が逃げてしまうじゃないか」
「ここの的は動かない。動かない的に当てられないで、動きまわる獲物に当てられるか」
そう言われるとぐうの音もでない。自分なりに呼吸を整え、弓を構える。
「まだ早い。呼吸が上がっていては手も定まらない」ケンから直ぐに注意が飛ぶ。
いつもならすぐに反発するのだがここは我慢する。言われた通り、よりゆっくりと動作する。
弓を引き、矢を放つ。
「お、当たった。」今まで、3回に1度ぐらいでしか当たらなかった。
「いいじゃないか。その調子だ。」
その後も試すが、いつもよりよく当たった。やはり、ケンから教わった方がうまく行った。
ケンにも昨日の狩りで弓が上達している自覚はあった。
山崎航の知識から、重力、空気の抵抗などの科学知識を得ていた。今まで経験から矢の動きがどうなるか分かっていた。それが科学的裏付けがあると分かって、より自信を得たのだ。
重力で自然と矢が落ちる。空気の抵抗で矢が曲がる。知識として分かったのは大きい。
実際に矢を放つ前に、修正でき、獲物に当てられた。
弓そのものについても考えることがあった。
昨日、森で弓を引いたが、思ったより弾力がなく、矢の勢いが足りないと感じた。
弓は竹を割って、節を落とし、弦を張っただけの極めて簡単な作り。
「竹だけの弾力では、強く張れない」と思った。
現代の弓は竹と木を張り合わせて作られている。材質の違う物を合わせることで、強くてしなりのあるしかも長く使える弓ができるのだ。
「もっと弓を改良できないか」
ただ縄文のこの時代には、石しか道具になる物がなく、竹や木をうまく加工できない。
竹は石斧や黒曜石のナイフで縦に簡単に割れる。後は節を取り、目的の大きさに削って行けばよい。
しかし、木材は割れないし、無理に割ろうとすれば、思わぬ方向に裂けてしまう、砕けてしまう。
「どうしようかな」
できるだけ、森でまっすぐな物を探す。杉やイチイ、タモ、マユミ、ハゼなどの木が良かった。
適当な太さの木を取って来て、少しずつ削っていく。
「鋸、鉈でもあればなあ」と思わずにいられない。鉄のないこの世界では削るのは困難そのもの。能率が悪い上に、削った面は凸凹で、ざらついている。
「鉋でもあれば、きれいになるのに」ぼやきが続く。
あまりに初歩的な問題に直面して笑うしかない。
「俺に知識はあっても、工具もないし、経験もない。ないない尽くしのこんこんちきだあ!」半ばやけっぱち。
それでも一日かかって、どうにか一つの弓をこしらえた。
「竹製よりは強いようだが、何か折れそうだな」
竹と木を張り合わせるのも至難のことだ。
「この時代の接着材は膠なんだよな。動物の毛皮を煮て作るそうだが、土鍋で上手く取れるかな」
とりあえず、接着するのは諦めて、竹と木の弓を蔓で巻き付ける。
「お、意外と強くなった」矢を放っても、前よりは遠くに飛ぶようになった。
「まだまだ、改良するところはいっぱいあるな。ただ、弓を改良するのは今後も続けないといけないな」
今後使ってみて、持ち運びや使い勝手、なにより耐久性を確認しないとならない。
「弓ひとつを作るのも大変なことだ。でも狩猟が上手くいかないと、すぐ食糧難だ」
生きるために食料確保が最優先の時代だった。それには狩り、そのために弓が重要、そして道具が必須。
道具の素材には鉄が最適だ。
石しか道具として使えないでは今後も困るだろう。
山陰地方には磁鉄鉱を母岩とした砂鉄がよく取れ、「たたら製鉄」と呼ばれる製法により、日本刀が造られた。しかし日本には鉄鉱石の産地そのものが少なく、鉄の鉱山は存在してない。
「この辺りで鉄が取れるとしたら、秩父地方だな。いずれ鉄器が必要になったら見つけに行かないとならないな。」そんな独り言が漏れるのも無理はなかった。




