第4話 狩り
朝になって、サクが狩りに行く準備を始める。
「お父、俺も狩りに行く。」
「昨日起きたばかりじゃないか。まだ寝ていろ」
「いや、大丈夫。いっぱい獲物を狩ってやる」力強く拳を上げる。
「そうか。無理をするなよ。」サクは嬉しそうに言う。
息子が寝込んでいた時も、狩りに行っていたのだが成果は少なかった。
ケンはこの集落でも小さいながら一番の弓の名手だ。子供ながら大人顔負け、いや大人以上の腕前なのだ。
少し心配ではあるが、息子が加わってくれるのは、嬉しい限りだ。
そんな話をした後、小屋を出てケンは驚く。
目の前に雄大で美しい山が聳えていた。見上げるだけで心が打たれるような、神々しさが感じられる。富士だ。しかも噴火をしている。
山崎航の記憶では、富士はこの当時、噴火と溶岩流出を繰り返し、山を成長させいる最中のはずだ。
フォッサマグナと呼ばれる日本列島を二つに分ける大地の溝、昔そこは海の底だったが、フィリピンプレートが押し寄せて、いくつもの山地や平野を作った。そして箱根や伊豆などの火山などと共に、古富士が誕生する。それは100万年前の話で、古富士などの小さな山を覆い被さるようにして今の富士がある。
普通、山は単独では存在しない。ただ、富士はその成立の源が海の底、かつ、周りの山を飲み込んで大きくなったことから、ほぼ単独峰の姿になった。
記録に残っている火山活動は、平安時代の貞観年間と江戸時代の宝永年間に噴火だけだが、縄文のころは盛んに火を噴いていたのだ。
その山の姿に思わず畏怖を覚えてしまう。
「何だ。富士に驚いているのか。」サクはケンが富士を見て固まっているのを見て不思議がる。
「いやあ、なんか久しぶりで。やっぱり富士は大きいな」まだ、この世界に慣れてなかった。それを誤魔化すように言う。
近所の小屋からも大人たちが出て来る。
「お、ケンか。病気が治ったのか」
「良かった、これで今日の狩りは大丈夫だ」
隣人の大人たちの声にも安堵の色がある。
「今日の狩りはうまく行きそうだ」
男たちもケンに期待大なのだ。
ウサギやアナグマ、あるいは山鳥などは森では弱い動物だ。いつも周囲の警戒を怠らない。
小さな音やちょっとした異変がすると、さっと身を翻す。ほんの些細な木の枝の揺らぎ、他の動物の鳴き声、人の足音、これらにいつも気を配ってないと生き残れない。小動物はいつもびくびくしながら、生きている。
だから、下手な矢を放っても、矢が届く寸前に、獲物はこれを察し、身を翻し、逃げていることが大半なのだ。
集落の大人たちは矢が外れることを前提にして、獲物を追いかけまわし、疲れさせ、弱った所を槍などでなんとか仕留めるのが普通だ。しかしこのやりかたは取り逃がすのも多かった。
ところがケンは違う。ケンは獲物が次にどのような行動をとるか、なんとなくだが分かった。
矢が届く寸前に、ウサギが横に体を躱すことも、コジュケイが飛び立つことも、どの方向に逃げるかも、ある程度読めた。
だから、ほんのわずか矢の方向を変え、獲物が逃げ去る方に向けて放つ。そうすると、ケンの矢は空を切ることはほとんどなかった。
この技が他の者たちには真似できないのだ。
勿論、誰もがケンにどうやって、獲物の逃げ先が分かるのかと聞いてくるのだが、教えても理解できない。
ケン自身どうやって獣の気持ちが分かるのか分かってないのだから、上手く伝えられない。結局、「ケンは弓が上手い」と言うことに落ち着いた。
集落の者達6人で森に入る。皆、無言で足音なるべく立てないようにし、身を屈めるようにして歩く。
しばらく進むと、一人の男が、手振りで示す。1匹のウサギが草を食んでいる。
ケンはゆっくりと弓を構え、落ちついて矢を引いた。
ウサギとの距離は20m弱。少し遠いが外す位置ではない。
ウサギもなんとなく危険を察したのか、食むのを止め、周囲を見回し始めた。
矢を放った。ウサギは矢音に食づいたのか、体を翻す。だがその躱した所に矢が命中。
「やった。」大人たちが一斉に駆け出す。
名手のケンでも、めったに急所を射ることはない。獲物は矢が刺さった状態で逃げ出すことが多い。大人たちは手負いの獲物を全力で追いかけ、捕まえる役割なのだ。
ところが着いた時、大人たちは互いに顔を見合わせる。
ウサギは即死だった。ケンの矢はウサギの首元に見事に突き刺さっていた。
大人たちは余りのケンの余りの手際にただ、唖然とするばかりだ。
「ケン、急所を狙ったのか?」
「うん、なんとなく当てられそうだから、狙ってみた。」
「す、すげえ」大人たちはただ呆れ、がやがや言っている。
それを破るように「次、次の獲物だ、先に進むぞ。」サクが元気よく言った。
次の獲物はコジュケイだった。これも1羽でのんびりと藪の開けた所を歩いていた。
距離はさっきのウサギより近い。だが的は小さく、難易度は増している。
まして鳥は矢に驚いて、遠くに飛び去ってしまい、もう二度と手が届かなくなる。
それでもケンに獲物を諦めるつもりなどない。
さっきと同様、弓を構え、矢を射るまで流れるような動き。
「ヒュ」空気を裂く矢の音。それを感知して飛び立つ鳥。
だが、その首に見事にケンの矢が突き刺さる。
大人たちが駆け寄り、見事な手際に唖然とするまで一緒だった。
その後にもアナグマと山鳥を1本の矢だけで仕留めた。
「こ、これも。1発か。凄い、凄すぎるぞケン。」
「ケン、寝込んでから上手くなってねえか?」
「本当だ。病気になって神が宿ったようだ。」
大人たちは、あっけにとられ、冗談ともやっかみともつかないことを言い合う。
それからも順調に狩りを続ける。
流石にイノシシにおいては一発で仕留められず、怪我しながらも逃げられる。だが、大人たちが取り逃がしはしなかった。
久しぶりの大漁だった。




