第3話 目覚め
ずーとぼんやりした状態が続いていた。それが何時間、何日間だったのだろうか。
夢のようだった思考が終わり、目が覚めた。
「おや、目を覚ましたのね。」そんな声が聞こえる。
その声のした方に顔を向けると、私がどのような環境に生き返ったのか、その知識が浮かんでくる。私は縄文時代に生きていた一人の少年の体に転生したのだ。少年の知識と私の知識が混ざり合い、長時間かかって融合した。声の主は誰だ、必死に頭を巡らす。
「う。」それによって、私はどんな状況になっているのか理解できたのだが、頭痛もして、思わず呻く。
「大丈夫かい。」心配そうに顔を寄せてきた女性は母親のラムである。
「うん、平気だよ。」少年がそう言って、心配を打ち消すように、がばっと起き上がる。
少年の名はケン。家族に見守られ、二日ほど高熱にうなされ眠っていた。
「大丈夫かい?」ラムはそれでも心配顔だ。
「大丈夫だって。」笑いながらいうと、可愛い声が寄って来る。
「おにぃ。」末の妹のミイだ。やっとよちよち歩きを卒業したばかりで、ケンの胸になんとかしがみついてくる。いつも遊んでくれるケンが起きてくれなかったのでつまらなかったのだ。そのケンが起きた。ミイは嬉しさを隠せない。
「よし、よし。心配かけて御免な」優しく抱き寄せる。この子は不思議な子だった。
雨や嵐に敏感で、ミイが泣くと雨になる。何故か気象などに敏感なのだ。
そんなミイはハイハイをする頃になると、何故かケンに寄って来て甘えるようになった。
母親よりもケンの傍へ寄って来る。ケンも当然一番にかわいがるようになる。
家にいると、いつも膝上にいるようになっていた。
「兄貴」「あんちゃん」すぐ下の弟のイサと妹のレンもほっとした様子で寄って来る。
イサは8才、レンは6才だ。ちなみにケンは12で、長男として一家の支えになっており、彼が熱で床に臥せった時の一家の心配は深刻だった。
弟や妹たち全員を抱えるようにした。
「ケン、目覚めたか?」そう言いながら男が小屋に入って来る。
父親のサクである。外で作業していたが、中から嬉しい声が聞こえたので、見に来たのだ。
「ああ、お父。平気だよ。」
サクは確かめるように、息子に近寄り肩を両手で、がしっと掴む。
息子はそれをなんでもないと言いたげに、しっかりと受けとめる。
「うん、うん。心配かけやがって。」
「えへへ、ごめん。」
サクが安堵感を隠せないのは、愛息の快復を喜ぶともに、ケンが一家になくてはならないからでもある。
ケンは小さい頃より弓矢で遊び、いつのまにか大人をも凌ぐ腕前となっていた。当然、狩りでも大人顔負けの技を披露し、獲物を射止めてくれた。頼りになる存在なのだ。
ケンが居ると居ないとでは収穫が大きく変わる。父親はここの4軒ある集落のリーダーでもあり、一族の食糧と安全を図る責任があった。
サクの節くれだった太い指。武骨の指はどんな獣にも負けない力を持っていたが、弓矢を扱うのには不器用すぎる。
「俺が居ないと狩りはうまく行かない、いつまでも寝ていられない」ケンは強く思った。
神様との話を思い出す。
「争いのなかった縄文時代で暮らしたい」
縄文時代のような争いごとのないのんびりした生活を送りたいと言ったが、本当に現代文明とはかけ離れた遠い時代に送り込まれたようだ。
ケンという少年の身体に転生したことで、彼の12年の記憶と私の40年近くの記憶が混ざり合い、その結果熱を出し昏睡状態に陥った。
一つの人格になるまで高熱に意識を失っていたのだ。
目覚めた時には、家族とごく自然に会話ができている。縄文の言葉は現代とは大きく違っていたはず。それがごく普通に話が出来ているのは、ケンの人格が前面に出ているからだろう。サラリーマンの山崎航の人格は、知識は記憶にあるが、裏に回っているようだ。
そんな思いをしながら辺りを見ると、今いる場所は木と藁で拵えられた竪穴式住居。家とは名ばかりの掘立小屋と言える、ここに両親と4人兄弟で暮らしていた。
小屋を見渡しても家財となるのは何もない。中央に焚火をする火地炉と隅の藁と毛皮の寝床だけである。
火地炉には壺がある。
壺の文様には見覚えがあった。
縄を押し付けた文様。明らかに縄文土器。
私は紛れもなく、縄文時代に生まれ変わった。
リーマンの記憶を手繰ると、この文様は縄文の文明が最も繁栄した時期から大分、後の時代の様式のはず。つまり今は縄文文明が少しずつ衰えていき、人口減少に陥っていく時代だ。
遺跡の数が減少していることから、最盛期と比べ人口が半分に減少したのではないかと言われている。
その要因は地球が寒冷化し、氷河が拡大していたことにある。日本列島の森林では栗、ドングリなどが減少し、それを食していた獣も鳥も数を減らす。同じく川や海の魚も数を減ってしまい、縄文人は食糧難に陥り、人口が減った。
やがて縄文時代は終わり、弥生時代となる。
時代の変わり目は何時の世も庶民の暮らしは苦しい。
毎日の食糧さえも覚束ない、極めて厳しい現実があった。




