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岩山から落ちて  作者: 寿和丸


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第2話 転生

少し不思議な回です。お楽しみください。

神と名乗るその言葉を私は素直に受け入れた。

目の前の存在があまりに人間離れしていて、怪しい奴が扮しているとはとても思えなかった。

あの山から落ちて、無事であるはずがない。それなのに私は生きている。意識、思考を持っている。

目の前の存在が私を無傷に救ってくれた。神として受け入れるしかないだろう。


「神様がなんでこんな所に?」と思わず言ってしまう。私はまだ山の近くにいるとばかり思っていた。

「お前たちの世界に、時空の歪みができ、他の世界と結合する事態となったのじゃ。その歪みを直そうとして、力を振るったら、お前の登っていた山近くに影響が起きてしまってのう、お前までも巻き込んでしまったのだ。」

「神様の力に巻き込まれた?では、私は山から落ちたのではないのですか?」山から落ちた時の恐怖はまだ覚えている。

「山から落ちたのは間違いない。が、ついでに時空の狭間にも入ったのじゃ。」

「時空の狭間ですか?では、私は死んだのではないのですか?」

「いや、時空の狭間に落ちた者は命を失う。それが原則じゃ。」

「というと、今の私はどうなっているのでしょうか?こうして生きています。元の世界に戻れるのですか?」少しだけ希望が湧く。

だが、次の神の言葉で落胆した。

「狭間に落ちた時点でお前は死んだことになる。元の世界では既にお前は死んだことになっている。お前が元の世界に戻った時点で、お前は命を失い消去されることになる。」

何とも残酷なお告げだ。私は今もこうして生きているのに、元の世界に行くと消去されるというのか。

その説明にもなぜか疑いは持たなかった。神様が言うならそれは本当なんだろうと思えたのだ。

山全体を揺らすほどの力を持った存在なのだ。その言葉に疑いなど持ちようがなかった。でも私はこうして立っており、考えてもいる。私は生きているはずだ。

だったら、今の私はどうなる。

「それでは私はこのまま此処にいるのですか?」

「いや、私の力によってお前を巻き込んだのだ。お前の好きな世界に行かせてあげる。」


何と神は、私を巻き込んだことに責任を感じ願いを聞き取ってくれるようだ。

「それなら、元の世界に戻りたい。生き返ってやり直したいです。」

元の世界に戻って、一からやり直したかった。不幸なこともあったが、その不幸をあらかじめ分かっていれば、事前に備えておけたはずだ。できるなら失った幸せを取り戻したい。

だが、神はそんな願いをまたしても壊す。

「お前の生まれた世界に、行けるには行ける。ただ、お前は元の世界で一度死んでいる。お前が生きて戻ることは大きな矛盾が生じる。矛盾をなくすために、お前は生まれた時点からやり直すことになる。それでよければ、元の世界に戻してやる。」

「同じ人生を繰り返すのですか?違うことは出来ないのですか?」

「一度決まった人生だ。その人生を変えられない。」

なんと残酷。あの不幸は避けられないのか。

私はここで躊躇してしまう。

元の世界には嬉しいこともあったが、もう繰り返したくない不幸もあった。


私は3年前に妻を失っていた。高校の教師として、金持ちでもないが貧しくもない、平凡な暮らしをしていた。恵まれているとは思えなかったが、不幸とも思わなかった。

彼女にも欠点があり、それは私も同じだ。美人でもないし、私だってハンサムではない。お互い頭だって良いとは思えない。

口喧嘩なら何度もした。それでも私を理解してくれていたのは妻だけだ。私のような者と一緒に暮らしてくれた。

子供は造れなかった。検査してみると私も妻も子供ができにくい体質と分かる。

不妊治療を受けようとも考えたが、二人で検討中に治療そのものが何か自然に反するように思え、決断できなかった。

「手術をして卵子を取り出し、試験管の中で受精するなんて、ちょっといやだわ」妻の言葉だった。

「無理して、子供を作るより、自然にできることもあるだろう」とお互いに慰め合いながら、生きてきた。


そして、結婚して15年目になって妻が体調を崩した。

病院で診察を受けたら、癌に冒されていて、末期であり、もう手の打ちようのない状況だった。

当時の医療は患者に本当の病気を教えなくてもよく、私は妻に「胃に穴があいている。単なる胃潰瘍だよ」とだけ告げる。

本当のことを言って妻を落胆させたくなかった。

「薬を飲んでいれば治るから、がんばれ」そんな気休めを言う。

今は患者に本当のことを伝え、人生の最後を患者の願い通りの生活を送ってもらう考えだ。

その考えも一理ある。

だが、目の前の妻に、何の疑いもなく私を信じてくれる彼女に、本当のことなど言えなかった。

騙してでも、妻には不安も心配もしないで、生きて欲しい。それだけだった。

そして、妻が入院して3週間目、死と向き合う。ベッドに何も言わない妻があった。

私は何もしてやれなかった悔しさと、ただ、悔恨を繰り返し、涙しか出ない。

「なんで、もっと多く一緒にいなかった。もっと楽しい思い出を造らなかった。もっと旅に出て、面白い所に行かなかった。」悔やみしか湧かない。

そしてもっと早く、病院に連れていけば、早期に癌が見つかり、妻は死ぬことはなかったのではないか。悔しさだけが残る。


神に改めて聞く、「元の世界でまた同じ人生を繰り返すのですか?」

「ああ、全く同じ人生だ。」

妻と結婚して、また妻の死と向き合うのか。

「それでは元の世界はいいです。」

山に一人で登るようになったのも、寂しさを紛らわせるためだ。寂しいから山に登って、そこで死んだ。だったら、同じ人生など嫌だ。

「ではどんな世界がいい?希望の世界に、特別な能力も付けてあげるぞ。」

そう言われて考え込んだ。


流行りの異世界転生のように、魔法の世界で魔物と戦い、世界に平和をもたらすのもよい。それとも中世ヨーロッパの世界で、領主となり、美しい女性と結婚。はたまた、統合司令官として宇宙海賊に臨み、撃ち沈める。何しろ神様から特別な能力を貰えるというのだ、やりたいことなんでもできる。普通の人なら夢は広がるだろう。

だが。私は何も望みはなかった。妻の死を忘れたくて、山に一人上り、孤独を紛らわしていた。山で死んでもいいなと思ってもいた。死に場所を探していたとも言える。

そこで、山から落ちて死んだ。

「いや、同じ人生を繰り返すなんて、もう嫌です。このまま此処で居させてください」


だが、神は非情だ。

「お前をここに置いておくのは邪魔になる。いやなら、強引に追い出す。」

「どこに追い出すのですか?」

「適当な世界に放ってやる」

私を邪魔だと言う神によって、適当な世界に放り込まれる。それも困る。

そして、考えた。どうせ行くなら、訳の分からない異世界より、風習の異なる外国より、日本が良かった。

しかも争いの少ない平和な時代が良い。人によれば戦乱の時代を生きるのは躍動してワクワクすると思うが、それは体力にも知能にも自信のある人。私が実際に身を置くとなれば、怖くて仕方ない。戦乱の世界では、いつ人に裏切られ、寝首を刈られるかもしれない。そんな世界で生きるのは御免だ。

私はやっぱり、平穏な時代に行きたかった。

ならば、現代の日本に近い世界が良いのか?いやそれだと妻のことを思い出すだろう。

いや妻のいない世界に戻って何が楽しいのか。現代社会と正反対な時代に行きたい。

そして出した答えが「縄文時代に行かせてくれ」だった。


教師をしていて知りえたことだが、縄文時代は1万年も続き、日本各地に1万か所もの遺跡が発掘されているが、出土した人骨には争いの跡がないのだ。獣に傷つけられた人骨は見つかるが、武器のようなもので傷つけられた骨は見つかってない。

何より、戦闘で使う武具が見つかってない。

未開ではあるが、平和な時代と思えた。

そこで、獣や魚を狩り、苺や栗を集めてのんびり暮らしたい。

「未開の時代に行こうというのか。良いだろう、お前には頑健な体と、いくつかの能力を与える。」

それが神との最後の会話だった。


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