お前が産め!
「離婚して貰う」
ジュダルは金髪を後ろで束ねた青年で、整った顔立ちに似合わず、どこか子供っぽい口調だった。白いシャツの襟元には金の刺繍が施され、貴族らしい気品を漂わせている。
「はい、いいですよ。さよなら」
アルネはすぐに立ち上がった。艶のある黒髪を肩で切り揃えた女性。表情は変えず、まるで天気の話でもするかのように答えた。
「ちょ、待て。なぜ離婚されるのか知りたくないか?」
「息、臭いから喋らないで欲しいです」
「っ」
ジュダルが言葉を詰まらせたその瞬間、派手な声が響いた。
「ちょっと! 息子ちゃんに何てこと言うの?! あなたが離婚されるのはね、いつまで経っても子供ができないからよ!」
ロザリアは派手な化粧を施した中年の女性で、真紅のドレスに身を包み、金のアクセサリーをこれでもかと身につけていた。ジュダルの母親であり、何かと口を挟まずにはいられない性格だ。
「まだ結婚して3ヶ月ですけど」
「もう3ヶ月でしょう! 私が嫁いだ時は、すぐ妊娠したわよ」
「それは、すぐ妊娠したんじゃなくて、妊娠したから急いで結婚したんでしょう」
「ガフッ」
ロザリアが盛大にお茶を吹き出した。
ここはクロイツァー伯爵家の居間である。
「ママ、鼻からお茶が出てるよ」
「息子ちゃん、これは鼻からお茶が出てるのではない。新しい洗顔方法よ」
「さすがママ! 最新の美容方法にも詳しいね。それに比べて、アルネ! お前は、全く努力しようとしない」
「美容に気を遣っても、見せる相手がいないので。離婚したら、すぐにエステに行きますわ!」
「お前は! 少しは! 反省しないのか」
「何を?」
「子供ができないことだ」
「なぜ?」
「子供を産むのが、お前の仕事だからだ!」
「仕事もロクにできないあなたが言うのですか? 仕事の成績は、いつも下の中ですよね? 自分では出来てるつもりなんですか?」
「息子ちゃんに、何てこと言うの?! 息子ちゃんは世界一立派なのよ。
女は子供を産んで一人前なのに。産んでない、あなたが偉そうに。この出来損ないの嫁め!
あなたなんか、家から出ていきなさい。新しい嫁を貰って後取りを産ませるわ」
「女は、お前達の道具じゃない」
「家の継続が女の仕事だわ」
「だったら、お前が産め!」
「はあ? 私は、すでに息子ちゃんという世界一素晴らしい男児を産んでるのよ? 今さら何を言ってるの?」
アルネは静かに立ち上がり、居間の空いた床に向かって手をかざした。
「もう1人、産んで貰います」
その声は冷たくも凛としていて、空気が一瞬で張り詰める。
「我、ソロモンより継承されし契約者アルネ。
序列12位の公爵、シトリよ。我に答えたまえ。この者たちを、孕むまで交わらせよ」
床に淡い光が走り、複雑な紋様が浮かび上がる。魔方陣が回転しながら輝きを増し、空間が震えた。
「いいだろう」
低く艶やかな声が、魔方陣の中心から響いた。次の瞬間、光が弾け、ロザリアとジュダルの体に吸い込まれていく。
「な、なにこれ……!?」
ロザリアが目を見開き、ジュダルと顔を見合わせる。
「息子ちゃん!」
「ママ!」
2人は互いの衣服を引きちぎって裸になると、合体した。
「そこは、お尻よ! ひいいいい」
「ママ、どこに挿れたらいいか、わからないよ!」
「もう少し上よ! あなたが産まれてきた場所よ!」
「覚えてないよ!」
混乱と叫びが渦巻く中、アルネは腕を組み、満足げに頷いた。
「ふむふむ。産まれる子の名前は……オシリーナにしましょう」
夕暮れの光が差し込む中、アルネは居間のソファに腰かけ、クッキーをつまみながら薬草の本をめくっていた。ページの端には、彼女の細く整った指が添えられている。
テーブルには食べ終えた夕飯の皿が並び、湯気の立つお茶が香りを漂わせていた。
その穏やかな空気を、玄関の扉が乱暴に開く音が切り裂いた。
「っ、なななな何をやってる、お前たち?!」
バルドランが帰ってきた。灰色の髪を後ろで束ねた壮年の男で、軍服の上着を脱ぎかけたまま、目の前の光景に凍りついている。
「あひいい……お帰りなさい、あなた」
ロザリアは頬を紅潮させながら振り返った。髪は乱れ、化粧が半分、落ちている。
「ふうふう……お帰り、パパ」
ジュダルは息を切らしながら、腰を振り続ける。
「ただいま。って、違うだろ! 離れろ!」
「子供ができるまで離れられないのよ」
「なに言ってるんだ……お前、自分の歳いくつだと思ってる?」
「頑張って産むわ」
「はなし通じないよ……って、嫁! 居たのか!」
「お帰りなさい」
アルネはお茶を一口すすりながら、静かに微笑んだ。
「ただいま! って、違うだろ! 何ゆったりしてる! 夫が義母と交わってるんだぞ!」
「まあまあ汚い絵面ですよね」
「そういうことじゃない! そっちじゃない! 人の妻と息子を馬鹿にしやがって!」
「ああ、仲間外れにされて怒ってるんですね。わかりました」
アルネは静かにお茶を置き、ゆっくりと立ち上がった。まるで刺繍の糸を選ぶような、優雅で冷静な動きだった。
「我、ソロモンより継承されし契約者アルネ。序列9位の王、パイモン。我の声に答えよ。
ジュダルの体を“オメガ”に、バルドランの体を“アルファ”に作り替えよ」
オメガとは次代のアルファを産みやすい器であり、アルファとは優秀な能力を持つ者である。
オメガは男であっても妊娠・出産できる。
床に再び魔方陣が浮かび上がり、金と青の光が渦を巻く。
「承った」
低く響く声が空間を震わせ、魔方陣の光がジュダルとバルドランの体に吸い込まれていく。
「な、なんだ、これは……体が……熱い……あああっ!」
バルドランが額を押さえ、よろめきながらその場に膝をついた。顔が赤く染まり、額には汗が滲んでいる。
「早速、ヒートを起こしましたね」
ヒートとは発情期のことだ。
アルネはそう言って、再びソファに腰を下ろし、あくびを1つ。膝の上に刺繍枠を広げ、淡々と針を進め始めた。
10ヶ月後。屋敷の一室に、2つの産声が響いた。
ロザリアは高齢出産の末、静かに息を引き取った。
ジュダルはその傍らで、内股になってモゾモゾと落ち着かない様子で座っている。尻が痛いようだ。
腕の中には、赤子が2人。片方はくるくるとした金髪、もう片方は黒髪で、どちらも小さな手を握っていた。
「名前は、オシリーナとオシリーネにしましょう」
アルネは窓辺に立ち、淡く微笑んだ。陽光が彼女の髪を照らし、刺繍の入った旅装が風に揺れている。
バルドランはジュダルを見つめ、目をハートにしていた。
「後継の誕生、おめでとうございます。
では、私は離婚して出ていきますね。さようなら」
「待て! お前、嘘ついたな。『子供は夫婦が手を繋いで寝れば、自然にできる』などと……!」
「ククク……ようやく気づいたようだな。そうさ、お前に処女を奪われるはおろか、キスもしたくなかったのさ。ククク……」
アルネは、悪魔より悪魔な顔で答えた。
「くそう……!」
「もう子供が産まれたのだから、良かったではありませんか。それでは、さようなら」
アルネは軽やかに一礼し、扉を開けた。
「待て! 誰が育てるんだ?」
「テメーダヨ」
振り返りもせず、アルネは一言だけ残して去っていった。
もちろん金目の物は全部、持っていった。
□完結□




