東の聖域への境界線 ― 激突、蒼き王道と漆黒の静寂!
「ガアアアアアアアアアッ!」
時速二百キロで夜を切り裂く魔導列車『リヴァイアサン号』の屋根。 吹き荒れる暴風の中、私は黄金の輝きを放つ左拳をジャック・ル・マジョールの黒鉄の刃に叩きつけていた。 火花が散るのではない。概念と概念が衝突し、周囲の空間がガラスのようにひび割れ、虹色の魔力が大気へと漏れ出していく。
「おのれ……処刑人ジャック! 貴様の剣には『意志』がない! そんな冷え切った鉄屑で、オレの魂を斬れると思うな!」
「意志など不要。必要なのは、演算結果に従った『清算』のみだ」
ジャックが漆黒の翼を羽ばたかせ、後方へと跳んだ。 彼が着地した車両の屋根が、瞬時に漆黒の「静寂」に侵食されていく。 「禁じられた領域を展開する――【静止する終焉】」
瞬間、世界から色が失われた。 列車の走る音さえも吸い込まれるほどの、絶対的な静止空間。 その中では、私の放つ蒼き魔力さえもが、凍りついた氷像のようにその場に固定され、崩れ落ちていく。
「何っ!? 魔力そのものを停止させただと!?」
「逃げ場はない、フィリップ。この領域内では、あらゆる『運動』は無効化される。心臓の鼓動も、思考の火花もな」
ジャックが音もなく滑るように接近してくる。 一歩、彼が近づくごとに、私の身体が鉛のように重くなっていく。 内なる悠真の意識が「もうダメだ、計算上の生存ルートが完全に断たれた」と絶望の淵で震えているのが解る。
(……黙って見ていろ、悠真。計算で勝てないのなら、**【奇跡】**で塗り替えるまでだ!)
私は、腰に下げた『王の証』を強く握りしめた。
「セラフィーヌ! カイト! 目を逸らすなよ! これから見せるのが、絶望を燃料にして燃え上がる、王の真骨頂だ!」
「フィリップッ! 死なないでよ、あんた!」
階下から響く彼女の叫びが、凍りついた私の回路に「熱」を流し込む。 そうだ。彼女はノイズだ。システムの予測を常に裏切り、私に「不合理な勇気」をくれる、世界で唯一の変数だ。
「咆哮せよ、オレの魂! 書き換えろ、世界の理! 限界突破――【王道覚醒・極光の叛逆】!!」
ドォォォォォンッ!! 私の身体から、蒼を通り越して純白に近い極光が爆発した。 ジャックが展開した「静止する終焉」を、内側から強引に食い破り、熱波が夜空へと突き抜ける。
「馬鹿な……!? システムの停止命令を、力技で上書きしたというのか!?」
「力技ではない! これは**【愛】**の力だ! 理屈で語るな、処刑人! オレは今、最高に『生きている』と感じているのだからな!」
光を纏った私は、一閃の流星となってジャックの懐へと肉薄した。 迎撃に放たれた彼の漆黒の斬撃を、私は避けない。 左腕でその刃を受け流し、右拳を彼の胸部装甲へと叩き込む。
「喰らえ! これがニートたちの夢と、ヒロインの願いを乗せた一撃だ! 【不撓不屈・新世界への鉄槌】!!」
黄金の光が炸裂し、列車の屋根を激しく波打たせる。 ジャック・ル・マジョールの身体が、漆黒の羽を撒き散らしながら、夜の闇の向こう側へと吹き飛ばされていく。 「……見事だ、フィリップ。だが、その輝きが……お前の『自己』を焼き尽くしていることに、いつか気づくだろう……」
闇に消えていく彼の最期の言葉は、呪いのように夜風に溶けた。
「……はあ、はあ……。やった……のか?」
膝をつき、激しく息をつく。 視界が白く霞み、左腕の感覚が消失している。 ジュージュが悲鳴のような警告音を鳴らし続けていた。
『警告:真白悠真の記憶中枢に深刻なダメージ。重要ログ『幼少期の風景』が破損。……王子様、やりすぎです。あなたは今、世界を救う代わりに『自分』を捨てましたよ』
(……構わん。彼女が、笑っていれば……)
ふらりと倒れそうになった私の身体を、階下から駆け上がってきたセラフィーヌがしっかりと受け止めた。
「フィリップ! バカ、大バカ! あんな無茶して……! でも、すごかったわよ、今の!」
「フッ……。当然だ……。オレは、王だからな……」
強がりを言いながら、私は彼女の胸の中で意識を手放しそうになる。 ふと前方を見れば、夜明けの地平線に、巨大な浮遊島を擁する光の都市が見えてきた。
「見ろ……セラフィーヌ。あれが、東の聖域……アルカディアか……」
「ええ、そうよ。あそこに行けば、きっとあんたの……ううん、フィリップの記憶を取り戻す方法だってあるはずだわ!」
魔導列車は、朝日を浴びながら「自由の地」へと滑り込んでいく。 だが、私の右目から流れた涙が、黄金色に変質していることに、彼女はまだ気づいていなかった。
第一話から続いた「逃亡」は、ここで終わる。 そしてここから、真白悠真という存在を失いゆく「偽りの王」の、真の孤独な戦いが始まるのだ。




