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死に至る演算 ― 静寂の処刑人と、凍りついた明日

世界から音が消えた。  時速二百キロで疾走する列車の轟音も、その男が屋根の上に降り立った瞬間に霧散した。


 ジャック・ル・マジョール。  漆黒の外套を纏い、感情の欠落した瞳でこちらを見据えるその男は、存在そのものが「世界の拒絶」だった。彼が歩く一歩ごとに、空気中の魔力粒子が凍りつく。それは単なる魔法ではない。周囲の事象を強制停止させる、圧倒的な上位権限による**【強制終了キル・コマンド】**だ。


(……勝てない。この感覚、知っている)


 俺、真白悠真の脳細胞が悲鳴を上げる。目の前の男から放たれる魔力波形は、俺がかつて設計局の奥底で、効率のみを追求して描き、そして「あまりに救いがない」と破棄したはずの**【完璧なる管理代行者】**の理論モデルそのものだった。


「……何故、抗う。真白悠真」


 ジャックが口を開いた。その声は、俺がかつて自作した音声合成ソフトの初期設定と同じ、冷徹な響き。 「お前は知っているはずだ。この世界は、お前自身が『救いようのないエラー』として定義した人類を、清掃するために作られたのだ。お前が愛でようとしているその少女も、貨物室の異端児たちも、お前がかつて『排除すべきゴミ』として数式に組み込んだものだ」


 彼はゆっくりと剣を抜いた。光を一切反射しない、黒鉄の刃。 「思い出せ。この俺、ジャック・ル・マジョールこそが、お前が捨てた『正しい絶望』の姿だ。お前の過去が、今のお前を殺しに来た。……これは、お前自身が望んだ演算結果だ」


「……違うッ!」


 震える声を絞り出す。フィリップの傲慢な台詞ではない。俺、真白悠真としての言葉だ。 「俺は……あの時、確かに絶望していた。だが、この少女の指先の熱を、あいつらが齧った林檎の甘さを、俺は『無駄』だと切り捨てる数式を、今はもう認めないッ!」


「不合理だな。それがお前の欠陥だ」


 ジャックが地を蹴った。速い、という概念を超えている。  コンマ数秒の世界。俺の左眼にはシステムの羅列が流れ、右眼には王道の光が宿る。


「……上書きだ、ジャック! 過去の俺に、今の俺を裁かせはしないッ!」


 俺の手が、黒鉄の刃を「素手」で掴んでいた。掌から流れるのは、黄金の光。 「私の前で『正解』を語るな。その言葉、私の**【覇道】**においては禁句タブーだ!」


 俺の声が、フィリップのものへと変質していく。ジャックの瞳に、初めて微かな驚愕のノイズが走った。


『――臨界突破。真白悠真の記憶領域への不可逆的な侵食を開始。残存自我、58%……。悠真、あなたは今、自分自身の過去ジャックを否定するために、自分自身の根幹を焼き切っています』


(いいさ。全部持っていけ……。その代わり、この瞬間だけは、俺に彼女を守らせろ!)


 漆黒の翼と黄金の光。二つの絶望が衝突し、魔導列車の夜を白銀の爆辞へと変えていった。  それは、真白悠真が「過去の自分」から逃げるのをやめ、自ら生み出した怪物と戦い続ける地獄の幕開けだった。

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