表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

52/60

観測者の残響 ― 漂白された回路、あるいは同期する鼓動

視界は、あまりにも澄み渡っている。


 フィリップが黄金の翼を広げ、ジャックの艦隊を文字通り「粉砕」していく様を、俺――真白悠真は、自らの意識の深淵から静かに観測していた。  かつての俺なら、今の状況をこう分析しただろう。記憶という「重し」を捨てたことで、精神の演算リソースがすべて「出力」に回された結果の、一時的な過負荷オーバーロード状態である、と。


(……だが、それだけじゃない。この感覚は、もっと根源的な……)


 俺の脳内アーカイブは、今や穴だらけだ。セラフィーヌと出会う前の冷徹な日常も、設計局で積み上げた功績も、霧に巻かれたように判然としない。  物理的な脳細胞から記憶が抹消されるたびに、俺という存在の輪郭は薄れていく。普通なら、それは「自己の消失」という恐怖を招くはずだった。


 けれど。  フィリップが拳を振るうたびに、俺の胸の奥で、失われたはずの記憶とは別の「熱」が脈動している。


『――悠真、バイタルチェックを継続。……奇妙です。記憶領域の欠損に比例して、あなたの「精神波形」がフィリップと完全に重なりつつあります。……これは、人格の切り替え(スイッチ)ではなく、二つの人格が同じ一つの『熱量』を共有し始めている証拠です』


 ジュージュの声に、俺は無意識に口角を上げた。  論理的にはありえない。設計員としての俺と、英雄としてのフィリップは、正反対の属性を持つように俺自身が調整したはずだったからだ。


(……そうか。俺がフィリップを作ったんじゃない。俺の中にある『こうありたい』という渇望が、システムの殻を突き破って形を成したのが、あいつだったんだ)


 ジャック・ル・マジョールの旗艦から放たれる、因果律を歪める拘束弾。  フィリップはそれを「そんなの効かない!」という、ただそれだけの確信で弾き飛ばす。  客観的に見れば、それは単なる妄信だ。だが、その妄信を支えているのは、俺の理性が導き出した「この世界の物理法則は、観測者の意志によって上書き可能である」という極限の理論だった。


「悠真……見て。フィリップが、空を書き換えてる……」


 地上でフィリップを見上げるセラフィーヌの呟きが、意識の奥底まで届く。  彼女の名前の響きだけで、欠落した記憶の穴が、名前の付けられない幸福感で満たされていく。  記憶はない。だが、彼女が「大切である」という結論だけが、消去不可能な読み取り専用データ(リードオンリー)として刻まれている。


(ジャック……お前が計算しているのは『過去の蓄積』だ。だが、今の俺たちは『今の意志』だけで動いている。……お前のシミュレーションが、俺たちの加速に追いつくことは、もう二度とない)


 俺は、意識の主導権を少しずつフィリップへと委ねていく。  それは退場ではない。  俺の理性が、フィリップの熱狂の「裏付け」となり、不確定な奇跡を確定した現実へと固定するための、静かなる共闘だ。


 二つの人格が、一つの「願い」へと収束していく。  俺たちの鼓動が、ラ・シテ・デュ・ゼニスの大気を震わせ、システムの深部へと共鳴を広げていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ