棄却された聖域(サンクチュアリ) ― 偽神の演算と、王の慟哭
「――ハッハッハッハ! 見ろセラフィーヌ、この見事なまでの『無彩色』を! 色も、匂いも、迷いもない。これこそが、数式を愛した臆病な設計員が夢見た、永遠に壊れない箱庭の姿よッ!」
新秩序政府の中枢「ラ・シテ・デュ・ゼニス」。その内部は、かつてアンドレが支配した幻想的な宮殿とは対極にある、冷徹なまでの機能美に支配されていた。 だが、オレの豪快な笑い声とは裏腹に、オレ――真白悠真の精神は、視界に入るあらゆる構造物に「既視感」という名の毒を流し込まれていた。
(……間違いない。この壁面のハニカム構造、魔力伝導率の最適化アルゴリズム、そして市民を『リソース』と定義する基本プロトコル。これは、俺がかつて設計局の暗い部屋で、絶望と共に書き殴り、そして棄てたはずの……プロジェクト・ゼニスの残骸だ)
かつての俺は、争いも不平等も、すべてを徹底した「管理」によって消し去ることができると信じていた。人間という曖昧な不確定要素を排除し、世界を一つの完璧なプログラムに置換しようとしたのだ。だが、その結末が「感情の死」であることを悟り、俺はその設計図をサーバーの最深部に封印したはずだった。
『――事象解析。王子様、あなたのバイタルに異常なスパイス(動揺)を検知。……皮肉な結果です。ジャック・ル・マジョールの正体、それはあなたが捨てた「プログラムの亡霊」です。アンドレが世界を再構築した際、その「穴」を埋めるためにシステムが拾い上げた、あなたの負の遺産そのものなのです』
浮遊するジュージュの声が、いつになく重い。 つまり、ジャックは俺自身の「影」だ。俺がかつて正しいと信じた冷徹な理性が、形を持って俺を殺しに来たのだ。
「悠真……? さっきから、自分の手をずっと見つめて……。あんた、また一人で変な深淵に潜ろうとしてない?」
セラフィーヌが不意にオレの手を握った。彼女の指先にある小さな傷跡、必死に走ったせいで乱れた吐息。そのすべてが、ジャックが否定し、かつての俺が「無駄」だと断定した『生』の証だった。
「……セラフィーヌ。オレは、最低の男だったのかもしれない。この冷たい世界を作ったのは、他でもないオレ自身の……臆病な心だったんだ」
「そんなの、知ってるわよ。あんたがバカで、臆病で、そのくせ変に理屈っぽいくせに、最後には全部投げ出して無茶苦茶にする男だってことくらい」
彼女はオレを突き放すように笑った。
「でも、そのおかげで私はここにいるんでしょ。あんたが『完璧』を捨てて、私という『バグ』を選んでくれたから、私たちは今、こうして手を繋いで地獄を歩いてる。……そうでしょ、フィリップ!」
「……フッ、全くだ。貴殿の前では、オレの論理などただの児戯に過ぎんッ!」
悠真としての後悔が、フィリップとしての闘志へと反転する。 オレは再び前を向き、通路の最深部――論理の玉座へと続く巨大な光の扉を見据えた。 そこには、俺自身の「かつての理想」が、ジャックという冷徹な偽神の姿で待ち構えているはずだ。
「ジャック・ル・マジョール! 貴様の正体は、オレが棄てた昨日までの絶望に過ぎんッ! 貴様が『正しい世界』を望むなら、オレはあえて『間違った明日』を叫ぼうッ!!」
オレは右腕を突き出し、蒼白き魔力を限界まで励起させた。 かつての俺が書いた「管理のコード」を、今、この瞬間の「情熱」で上書きするために。
「顕現せよ、過去を葬る叛逆の一撃――【王道再生・零式崩壊】!!!」
爆轟と共に、光の扉が粉々に砕け散る。 その奥、漂白された玉座に座る「俺自身の影」を見据え、オレは史上最高の哄笑を上げた。 「さあ、デバッグの時間だッ! 貴様の演算を、オレたちの愛という名のバグで、木っ端微塵に破壊してやるッ!!」




