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虚構の断罪 ― 漂白される境界、あるいは生存の証明

網膜に焼き付いた残像が、現実の風景を侵食している。


 偽りの「理想」を自らの手で粉砕したあと、俺――真白悠真の視界に広がったのは、叙情的な色彩を失った「剥き出しの世界」だった。空は灰色に淀み、風は乾燥した情報の断片を運んでくる。システムが提供する心地よい幻想を拒絶した代償は、このあまりにも冷徹な、生の質感の欠如だ。


(……これでいい。これが、俺たちが選び取ったはずの不自由な現実だ)


 身体が重い。一歩踏み出すごとに、神経系が過負荷オーバーロードを訴え、思考回路に激しいノイズが走る。  先ほどまで隣にいた「完璧なセラフィーヌ」はもういない。代わりに、泥に汚れ、服を破き、必死に息を切らしながら俺の肩を貸そうとする、不完全で、騒がしくて、愛おしい本物の彼女がそこにいた。


「悠真、しっかりして! ここはもうすぐ、ジャックの『再編』によって論理的に消去される。立ち止まってる暇なんてないんだから!」


 彼女の声が鼓膜を震わせる。その乱暴な口調、予測不能な語気。それこそが、どんな高度なシミュレーションにも再現不可能な、魂の指紋だった。


『――事象確定。偽装空間の崩壊を確認。……悠真、あなたのバイタルは深刻な低下を示していますが、精神基盤の「解像度」は回復しています。皮肉なものですね。安寧を捨て、死に近づくことで、あなたは再び「人間」としての輪郭を取り戻した』


 ジュージュの淡々とした報告を聞き流しながら、俺は周囲の風景をスキャンした。  ジャック・ル・マジョール。彼は、アンドレのように世界を「リセット」しようとしているのではない。彼は世界を「管理可能な資源」へと最適化しようとしている。そこには、俺という設計員としての過去も、フィリップという英雄としての未来も、あらかじめ決められたスロットしか用意されていない。


(……だが、奴は計算を間違えている)


 奴は、人間が自ら進んで「不便な真実」を選ぶ可能性を、統計的な外れアウトライアーとして処理した。  セラフィーヌというノイズを消し去ることで世界を安定させようとした。だが、そのノイズこそが、俺という計算機を駆動させる唯一の燃料だということを、奴は理解していない。


「……セラフィーヌ。すまない。俺の勝手な『理想』で、君を消しかけた」


「……謝るなら、今度美味しいものでも奢りなさいよね。記憶がないからって、踏み倒そうとしたら承知しないんだから」


 彼女は俺の手を強く握った。その痛み、湿り気、血の通った熱。  それらが、俺の脳内に溢れる灰色のコードを鮮やかな色彩で塗り替えていく。    俺は立ち上がった。  脚の震えは止まらない。視界は依然として混濁している。  だが、俺の胸の奥には、アンドレの神殿さえも焼き尽くしたあの「意志」が、静かに、そして激しく再点火されていた。


「……行こう。ジャック・ル・マジョール。奴が掲げる『新秩序』という名の牢獄。……その設計図を、俺たちの手で根本から書き換えてやる」


 風景が流れていく。  かつて愛した設計図はもうない。  だが、この手には、次に引くべき線の確かな感触が残っている。


 俺たちは、崩れゆくアルカディアの境界線を越え、地平線の彼方に蠢くジャックの鋼鉄の牙――その本陣へと歩みを進めた。    記憶はなく、明日への保証もない。  ただ、隣で呼吸する少女の存在だけを座標にして。    真白悠真は、自らが生み出した呪縛を断ち切り、真の「再構築」へと挑む。

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