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因果の磨耗 ― 砂の城の設計図、あるいは静かなる消失

月光が、剥き出しになった大地の傷跡を照らしている。


 ジャック・ル・マジョールの要塞が去った後、東の聖域には重苦しい沈黙が降り積もっていた。勝利の余韻などどこにもない。あるのは、ただ破壊された日常と、説明のつかない不気味な違和感だけだ。  俺――真白悠真は、村の端にある廃屋の屋根に座り、自身の右手をじっと見つめていた。


(……やはり、辻褄が合わない)


 先ほどの戦いで放った「次元断裂」。あれは、アンドレが構築した世界の理を力ずくで書き換えるための、究極の修正プログラムだ。論理的には、ジャックの放った抹消弾を相殺し、事象を「正常」に戻したはずだった。  だが、俺の脳内にある失われたはずの「設計員」の残滓が、執拗に警告を鳴らしている。


『――システム・ログ解析終了。悠真、認めたくない事実ですが……。あなたが世界を「再構築」する度に、この世界における「最大級のノイズ」の存在確率が減衰しています。……つまり、セラフィーヌのデータが、あなたの魔力によって削り取られている』


 ジュージュの無機質な声が、夜の静寂を切り裂く。  俺は屋根から飛び降り、階下で眠る彼女の元へと向かった。  セラフィーヌは、安らかな寝息を立てていた。だが、毛布から覗く彼女の指先は、月光に透け、まるで淡い霧で形作られているかのように曖昧になっていた。


「……セラフィーヌ」


 その名を呼ぶ声が震える。  俺が世界を救うために振るう「王道」の力。それは、アンドレの管理社会という強固なシステムを破壊するために、俺自身を「破棄コード」に書き換えた結果生じた副作用だ。  俺が奇跡を起こす度に、世界はより「正しい」形へと修正される。そして、システムにとっての最大のバグであり、最大の不確定要素である彼女は、「正しくないもの」として世界から排斥されようとしている。


(俺が彼女を守ろうとすればするほど、俺の手が彼女を消していくというのか……)


 風景が、歪んで見える。  かつてアンドレが言った「誰も傷つかない結末」という言葉が、呪いのように脳裏で反転する。俺が選んだ「自由な明日」は、彼女という犠牲の上にしか成り立たない砂の城だったのか。


『警告:真白悠真の思考ループが「自己否定」に陥っています。……悠真、落ち着いてください。ジャック・ル・マジョールはこの事実を知っていました。奴は、あなたが自滅するのを待っている』


「……わかっている。奴の狙いは、俺の精神基盤を揺さぶり、再構築のプロセスを暴走させることだ」


 俺は彼女の傍らに膝をつき、その透けかかった手をそっと握った。  感覚が薄い。まるで、実体のないホログラムに触れているような絶望感が、俺の胸を締め付ける。  彼女は、俺を救うために何度も俺を見つけ出してくれた。記憶を失う俺の隣で、ずっと笑ってくれていた。それなのに、俺が手に入れた「力」が、彼女の存在そのものを消去しようとしている。


「……バカね。そんな暗い顔して」


 不意に、セラフィーヌが目を開けた。  彼女は俺の苦悩をすべて見透かしたような、優しくて、どこか寂しげな微笑を浮かべる。


「聞こえてたわよ。私が消えちゃうかもしれないって話。……でも、いいの。あんたが自由に空を飛べる世界を作ったのは私なんだから。その代償が私だって言うなら、喜んで払ってあげるわ」


「そんなことが、許されるはずがない……! 俺は、君を守るために――」


「守られてるわよ、ずっと。……ねえ、悠真。記憶がなくても、あんたの心はちゃんと覚えてるでしょ? 私たちが、何のためにここまで来たのかを」


 彼女の言葉が、冷徹な論理の壁を打ち砕く。  俺は、彼女を抱きしめた。実体があるのかさえ疑わしいその身体を、壊れ物を扱うように、だが決して離さないという意志を込めて。


 再構築の代償は、あまりにも残酷な形で突きつけられた。    夜明けは近い。  だが、その光が彼女を完全に消し去ってしまう前に、俺は「システムの穴」を見つけ出さなければならない。  たとえそれが、俺という存在そのものを完全に消滅させることになったとしても。

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