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空白のモノローグ ― 漂白された世界と、雨の旋律

焚き火のぜぜらぎが、思考の隙間を埋めていく。


 聖地ラ・シテ・デュ・ゼニスの崩壊から三日が経過した。かつて高度なアルゴリズムが支配していた白亜の都市は、今や遠い地平線の向こう側で、黒い煙を上げるだけの墓標と化している。


 俺――いや、この肉体の主であった「真白悠真」という個体は、依然として致命的なデータ欠損アムネシアの渦中にあった。  昼間、フィリップが振るっていた蒼き魔力の熱量は、今の俺の指先には微塵も残っていない。ただ、冷えた皮膚の感覚と、濡れた土の匂い、そして隣で眠る少女の規則正しい呼吸音だけが、俺を現実に繋ぎ止めていた。


(……俺は、なぜここにいる?)


 自問自答しても、返ってくるのは無機質なシステムエラーの残響だけだ。  設計者としての知識。アンドレと共に描いた世界の青写真。それらはすべて「不要なキャッシュ」として、あの館と共に破棄されてしまった。  今の俺の脳内は、まるで雪が降り積もった後の平原のように、真っ白に漂白されている。


『――スリープモードを解除。悠真、あなたのバイタルは安定していますが、精神の「一貫性」は依然として危険域です。……皮肉なものですね。あれほどシステムからの自律を望んでいたあなたが、今はシステム(私)のサポートなしには、自分の名前すら定義できないなんて』


 宙に浮く通信盤、ジュージュの声が闇に溶ける。  こいつが創造主の監視端末であったという事実さえ、今の俺には「どこかで読んだ報告書」のような、他人事の感触しかなかった。


「ジュージュ。……俺が救ったこの世界には、これから何が起きる?」


『アンドレという統括プログラムが失われたことで、世界の因果律は「自由」という名の「カオス」に突入しました。管理されていた幸福は終わり、明日からは不条理な事故や、不公平な死が再び始まります。……それが、あなたの望んだハッピーエンドですか?』


 答えに窮する。  俺の「空白」に、かつての同僚たちが蔑むように笑う幻覚が混ざる。  完璧な管理を壊し、剥き出しの荒野に人々を放り出した俺の行為。それは果たして、救済と呼べるのか。


「……悠真、起きてたの?」


 不意に、隣で毛布にくるまっていたセラフィーヌが身を起こした。  彼女の瞳には、焚き火の赤い光が映っている。  記憶のない俺を、彼女は献身的に支え続けてきた。野草を煎じた薬を作り、汚れた外套を洗い、俺が「誰でもない恐怖」に震える夜は、ただ静かに手を握ってくれた。


「……悪い、起こしたか。ただ、少し考えていた。俺という人間の中身が、これほどまでに何も残っていないことが……少し、怖くてな」


「バカね。中身がないなら、これから美味しいもの食べて、綺麗な景色見て、いっぱい詰め込めばいいじゃない。……それに」


 彼女は俺の、傷だらけの手を両手で包み込んだ。  その熱。フィリップが燃やした極光よりも、今の俺には、この微かな体温の方がずっと「リアル」だった。


「あんたの記憶がなくても、私の記憶にあんたは全部残ってる。……だから、心配しないで。私が、あんたの『証拠』になってあげる」


 その言葉は、どんな高精度な論理回路よりも深く、俺の空白を埋めた。    システムログ風の思考が、一瞬だけ止まる。  風景を叙情的に描写する機能が、俺の内側でささやかなエラーを吐き出した。  理由はない。ただ、彼女の睫毛に溜まった焚き火の光を、ずっと見ていたいと思った。


(……そうか。俺が守りたかったのは、この「不合理」な熱量だったんだな)


 設計図には載らない、一ミリグラムの重さもない、恋という名のノイズ。  それだけが、漂白された世界の中で、鮮やかな色彩を持って存在していた。


『――事象記録:真白悠真の精神ログに「微小な幸福感」を検知。……理解不能です。記憶を失い、未来の保証もないこの状況で、なぜあなたのバイタルはこれほど穏やかなのですか?』


「……計算できないのが、俺たちの特権だからな」


 俺は空を見上げた。  雲の切れ間から、今まで見たこともないほどに不規則で、歪で、美しい星空が覗いていた。    第24話。  管理された星座は消え、名もなき星々が夜を飾る。    王道の輝きの裏側で、一人の男が「人間」を学び直す、静かな再編の旅路が続いていく。

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